契約なんてお断りだ!~部屋の内見へ行ったら人外の同居人がいた~

蒼田

第1話

「こちらになります」


 僅かな資料とタブレットを持った男性がドアノブに手をやる。

 ここは新しい仕事場から少し離れたマンションの三階。

 新しく借りる部屋の内見に少しドキドキするのは急な転勤に俺がまだ慣れていないからかもしれない。


 他に幾つか回ったけれどしっくりくるところは今のところなし。

 今日で決まればいいんだけど......、というよりも決まらないとそろそろ不味い。


 僅かに金属がすれる音が聞こえてきた。

 徐々に扉が開いていく。

 緊張しながら扉を眺めていると誰の手も入っていないような空気が漂って来る。

 いや、やけに清浄すぎる気がするが……比較的新しいマンションというのはこういうものなのだろうか?

 このマンションは警備も万全で下には警備員さんが常駐している。

 キッチリしている……ということだろう。


 三十年前にダンジョンが発生してからというものの、危険がより身近になった。

 過去にはダンジョンブレイクという災害が起こったこともあった。

 今の所町で魔物が歩いているようなことはない。

 しかしひ弱な一般会社員の俺からすれば警備員さんがいるかいないかは超重要であったりする。


「どうかされましたか? 」

「あ、いえ。今行きます」


 促された気がして少し駆け足で中に入る。


「おお。思ったよりも広いですね」

「はい。この部屋は事前にお話したように1LDKですが……、狭めの賃貸になります」


 説明を聞きながらキッチンとリビングを覗く。

 当然と言えば当然だけど何もない。

 これは買い足さないといけないな……ん?


「加えてこちらになりますが……」


 声の方を向く。

 すると俺の視界は一気に闇に遮られた。


 ★


 さっきまでとは違いじめっとした空気が鼻を突く。

 

 い、一体なにが起こったんだ?!

 犯罪?! 拉致?!


 いや落ち着け俺。

 床がまるで地面のようにごつごつしているし、車に乗っている感じではない。

 閉じていた目をゆっくりと開く。


「……ここは」

「ダンジョンです」


 隣で男性がにこやかに言う。


「………………は? 」

「いえ、ですからここはダンジョンです」

「ッ! ダンジョントラップ?! まさかあのマンション、まるまるダンジョン?! 」

「いえ違います。ここは、私達がいた部屋の先にある部屋ダンジョンです。こちらの部屋をご契約していただけるとこちらのダンジョンもついてきます」

「なっ! 」


 初耳だ。


「……1LDKの部屋じゃなかったのかよ」

「1LDKですよ? 一つの生きているリビングダンジョン、キング付き」

「……キング? なんだその不穏な単語は」

「さてこちらのダンジョンですが――」


 俺の指摘を無視して、


「まずはあちらをご覧ください」


 彼は説明を始める。

 ここから出る手段もないため渋々彼の指示に従い奥に目をやる。

 奥からはギィギィと声が聞こえてくる。

 初めて受ける威嚇に俺の体が硬直した。


「あちらはゴブリンになります。こうして……、ギャッ! 、倒すと僅かですがドロップアイテムを得ることが出来ます。定期的にこのダンジョン内の魔物を一定数に保つために魔物がリポップ致しますので、ちょっとした副業に探索者は如何でしょうか? 」

「……や、やらねぇよ! 」

「続きまして――」

「いやもういいって」

「ダンジョンで魔物を武器等で倒すとよごれてしまうそんな悩みはありませんか? 」

「俺はそもそも探索者じゃ――」

「あるでしょう。しかしこのダンジョンなら問題ありません。少し歩いた……、こちらに回復の泉がございますのでこちらで汚れ落としが可能でございます」

「いや回復の泉で汚れを落とすな! 」

「もちろん本来の使い方をされても結構! 泉に体を浸せばみるみるうちに傷や疲労が回復していきます故! 会社から帰って来た貴方に至福の時間をお約束いたします」


 回復の泉のお湯を使って商売を始めた方がゴブリンを倒すよりもいいんじゃないかと思ったが口には出さない。

 口に出すと更に彼をやる気にさせかねないからな。

 にしても本当に人の話を聞かない人だ。

 出口さえわかればすぐに出ていくんだけど……、教えてくれる雰囲気はない。


「では最後にとっておきを、ご紹介いたしましょう」


 帰りたい。猛烈に帰りたいが、このダンジョン脱出のカギを握る彼が奥へ行く。

 ふざけているようだがここはダンジョン。

 彼について行かないと俺の命が危ない。

 彼はゴブリンを難無く倒していたが、そのゴブリンだって俺にとっては脅威以外の何物でもないからな。


「では」


 地面が紫色に輝く。

 光が円を描いたと思うと角のようなものが出てきた。


「Guoooooooo!!! 」


 赤い瞳を俺に向けて口を大きく開けると、空気が破裂するような咆哮を放つ。

 う……。

 お、おもい。立っていられない……。

 けれどこのまま地面に伏しているわけにはいかない。

 ゆっくりと顔を上げる。まずは何が出たのか確認して逃げないと。


「………………ヤギのような頭に蝙蝠の羽根……まさか……」


 ――悪魔。


 姿は本に乗っている悪魔そのものだ。


「ご紹介いたしましょう。こちら同居人の魔王様です! 」

「………………は? 」

「驚くのも無理はありません。実際私も目にした時は驚きましたので。しかし!!! 何と彼は住み込みでこのマンションとダンジョンを守ってくれるとの事! 思えばダンジョンの出現により安全性が問われる時代。これほどまでに心強い味方はいないでしょう。そこで!!! そこで、私は貴方にこの物件を再度おすすめしましょう! ダンジョンに加え全てを癒す回復の泉に格安物件魔王付き。……如何でしょうか? 」

「誰が契約するか!!! 」


 時々チラチラ魔王様とやらがこちらを見て来るが、全力で拒否をした。

 結果今回の賃貸契約は見送るということになり俺の部屋探しは振出しに戻った。


「……この前は大変な目にあった。けど今度こそ」


 拳を握り、意気込む。

 もう時間がない。

 けれど出来るだけいい物件を探――。


「おや? お客様ではありませんか。奇遇ですね」

「む! あの時の小僧か! 」


 ……すぅ………………はぁ………………。


「エプロン姿の魔王がエコバック持ってるぅぅぅ~~~!!! 」


 平凡でありふれた会社員の俺だけど、この日を境に日常が激変することになる。

 全くもって勘弁してほしい。


 ———

 *マンション三階にダンジョン......。不思議空間ですね!


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契約なんてお断りだ!~部屋の内見へ行ったら人外の同居人がいた~ 蒼田 @souda0011

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