「住宅の内見」は メタバース内でお願いします。

越知鷹 京

運命の扉

【 第一章: メタバースの内見 】


は、メタバース内でお願いします」と、不動産業者の田中 “ファントム”一郎さんは言った。彼の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。メタバースでの内見は、まだ新しい経験だったからだ。



俺たちはVRヘッドセットを装着し、メタバースの世界に足を踏み入れた。目の前に広がるのは、現実世界と変わらない美しい家だった。しかし、これは全てデジタルで作られたものだと思うと、感動がこみ上げてきた。



「「すごっ!?」」



婚約者の千尋と声が被った。彼女とは、学生の頃から 付き合い始めて もう10年以上になるが、こんなことは 本当に久しぶりのことだった。


「これって、実物と寸分たがわず、ってことですよね!」


「はい。こちらのデータは、実際の建物を3Dスキャナーで取り込んでおりますので、そっくりそのまま、といっても過言ではないかと思います。たぶん」


語尾にさらりと不安になる事を言ってくれているが。まぁ、3Dスキャナーなら間違いないだろう。


千尋がドアノブに触れると、自動で玄関の扉が開いた。



「うぉおおお!!!」



と、めちゃくちゃ興奮していた。


内見を終え、リビングルームに立っていると、突如として部屋の一角に光る扉が現れた。それは、まるで時間を超える扉のようだった。俺は、迷わずその扉を開けた。



【 第二章: 時間の扉 】


その瞬間、俺たちは 過去の世界に 飛ばされた。そこは、まだこの家が建つ前の風景だった。そして、その風景が次々と変わり、基礎地が打たれ、木材が立てられ、あっという間に家が完成したのだ。


その様子に感動した千尋が「家って、こうやって建てるんですね!」と田中さんへ話しかけた。彼は「あ、はい! 知らんけど!」と嬉しそうに応えていた。


嬉しそうに話す2人をみて、俺だけが、何所か、遠い場所に置いていかれた気がする。付き合い始めた頃は、本当に、よく笑い合っていたのに。


触れられない、デジタル映像のような思い出が…。

とおい過去が、そこにあったんだ。


最近では、生活習慣の不一致から、よく喧嘩をしていた。


たとえば、


「妻が手料理を振舞えば、旦那は黙って食器を洗うものなの!」とか、

「トイレは座ってして!」とか、


まったく理解できなかった。


「なんだよ、それ!」と 反抗してもいいのだが、

ずっと一緒にいたいから、我慢だ、がまん。


我慢がまん。我慢がまん。



そうやって、我慢に我慢を重ねてきた結果、私は胃潰瘍で入院してしまった。

こんなになるまで、自分の身体と喧嘩をしちまったのさ…ふっ。



【 第三章: 未来への旅 】


扉は再び現れ、今度は未来の世界へと俺たちを導いた。そこでは、この家がどのように変わり、どのように使われていくのかを見ることができた。


俺たちそっくりのアバターが この家に住み、次第に子供ができ、家族ができる様子が描かれていく。


結婚を迷っていた俺は、後押しをされている気がした。

やはり、ここは男の俺から言うべきだ。


「ちひろ。あのさ…。こんなこと、俺から言うのもなんだけどさ。やっぱり『お試しの結婚生活』じゃなくてさ――」「結婚しよ! これ見せられたら、しなきゃ駄目だよ!」逆に、妻からプロポーズをされた。


ちょっと、男前すぎん?


自分では不釣り合いだと思っていた、千尋。

めっちゃ、かわいい千尋。


オッドアイに憧れて、

片目だけ、紅色のカラコンを入れている、千尋。


たまに、命令口調で「ギアスっ!」とか叫んでいるけど、かわいい千尋。


まぁ。

ちょっとムカつく時もあるが、やっぱり好きなのだ。


俺は、ふたつ返事で答える。

なんだか、ふいと憑き物が落ちたような気がした。


***


この驚きの体験を終え、俺たちはメタバースから現実世界に戻った。

田中さんに感謝の言葉を述べ、家を購入する決意を固めた。


……ただ、残念なことに。駅から3分と書いてあった この物件。じつは15分も掛かる、と実際に行ってみて 気づかされたのだ。でも。


これは、ただの内見ではなく、時間を超えた冒険だったな。


そして、それは。コロナ禍をともに過ごした、

現代の 新しい生活の 始まりを告げるものであった――。



◇ 了


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