【8】小動物しか描かない美術部員②



 2人が課題を持って、美術室に戻ると部長が出迎えてくれた。


「やあ、おかえり二人共。ちゃんと時間どおりにもどってきたね」


 ただ、その部長の向こうに――


「あら、おかえりなさい、ルイス君」


 カンデラリア=ジョンパルト公爵令嬢がいた。


「カンデラリア様。どうしてこちらに」


「ああ、彼女は今日から入部してくれたんだよ」


  アート部長は部員が増えたのが嬉しいのかホクホク顔で答える。


「改めて、カンデラリラ=ジョンバルトです。よろしくお願いします」


 カンデラリラは、フフ、と柔和な微笑みを浮かべてカーテシーした。


「は、はわ……こ、公爵令嬢さま……」


 エステルはその美しさと身分に恍惚とした。


「そうですか、よろしくお願いします」


 一方ルイスは、慣れもあって淡々としていた。


 その次の部活動からカンデラリアもクロッキー組に加わる事にはなったが、彼女はその美しさから、ほとんどの美術部員から、モデルを頻繁に依頼されることとなる。


 エステルも、カンデラリラの美貌の虜となり、模写会に参加するようになった。

 しかし、その横でルイスだけは、エステルを毎回、描いているのだった。




 しばらくはそんな日々が続いたある日。


「なんで毎回毎回、私を描いてるんです!? カンデラリラ様の模写会ですよ!?」

「お前が描きやすかったから」


 秋になる頃には、エステルもルイスに慣れてきて、ナチュラルに口を利くようになってきていた。

 しかし、ルイスは描きやすいから、の一点張りだった。


「ふふ、いいじゃない。部活なのだから好きなものを描けば良いと私は思うわ」


「そうだね、好きなものを描けばいいと思うよ」


 そしてアートもカンデラリアも好きなものを描けば良いとあっさり言い放つものだから、エステルはルイスを放置せざるを得なかった。


 その結果、ルイスから『くれてやる』と自分の絵を渡され続け、次の春が来る頃には自分の屋敷に、エステルの肖像画があふれていた。


 そのうち油絵の筆を持ち始めたルイスは、非常に写実的でありながらも小動物的なエステルの雰囲気を損なわない、彼にしか描きあげられない『エステル』を量産していった。


 そして、その絵のエステルは、本人が気にしているソバカスをものともしない、可愛らしさであった。


「あの、さすがにもう受け取れません……数が多すぎて」

「そうか。ではオレの部屋に飾るけど構わないか」

「え、それが何か? ご自分の作品を自室に飾られるのは別に断ることでは」

「オレの部屋が、お前の絵だらけになるのだが」


「……私を描くのをやめればいいんじゃないんですかね!?」

「おまえが描きやすいからしょうがない」


 ルイスにしてみると、せっかく合法でエステルを見つめられるこの手段を手放すわけにはいかなくて、内心必死であった。


 エステルは、戸惑っていたし、本音を言うとやめてほしかったが。

 彼女も自分が描きたいと思ったモチーフに関しては貪欲なところが自分にはあると思っていた。

 その為、他人の創作意欲を削ぐ言動は控えたかった。


 だが、自分の絵が、男子の部屋に飾られまくるというのは、抵抗を感じて結局、絵を渡され続けるという状態は維持された。

 

 *****



 帰宅後、エステルは部屋に飾った自分の肖像画をため息まじりに眺めて一人呟いた。


「絵の中のあなたは、ソバカスがあっても、とても可愛いのね」


 自室で自分の肖像画に思わず語りかけたエステルはずっと不思議な気分だった。


 昔、ソバカスを指摘して暴言を吐いてきた相手が、自分の絵を描いて渡し続けてくる。

 しかもその絵に描かれているエステルが、自分より可愛いのでは?、という疑問が浮かぶ以外は、すばらしい出来だ。


 その肖像画の前でエステルは小首をかしげていたが、ひとつの結論にいたった。


「――ルイス先輩はきっと美化しないと我慢ならない気質なのね」


 そういえば、ソバカスが許せないと言ってた。たしか。


 そう思うと、なんとなく納得できた。


 美しさにこだわるのなら――そうか、だから初見で私のソバカスが許せなかったのね。私のソバカスは本当だけれど……正直、失礼な人よね……。


 あ、いや、そういえば……。


『そ、そばかすも化粧で隠してもこないし、おまえは、は、はしたない。だから今のままでは愛することは……な、ないだろう』


「そっか……」


あの時、彼はこの肖像画の自分くらい綺麗になれと言いたかったのかもしれない。


「……こんなに可愛らしくは、なれないなぁ」


 やはり侯爵家の王子様。

 理想が高くていらっしゃるのだろう。


 初見での彼の印象のもと、エステルはルイスの行動をそんな風に曲解するのであった。


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