【9】 世間の誤解


「ちょっと、あなた」

「私ですか?」


 エステルが次の授業の教室へ向かおうとしていたところ、上級生女子3人に呼び止められた。


 この学院の学章には、小さな宝石が一つ付いているのだが、学年によってその宝石の種類が違う。


 呼び止めてきた上級生女子たちの学章には、サファイアがついている。

 ルイスの学年はサファイアだ。

 つまり、一つ上の学年だとわかる。


「そうよ。ちょっとこちらへ来なさい」


 ぐい、と手を引っ張られ、人気のない階段の踊り場へ連れて行かれる。


 ――なんだろう? ちょっと雰囲気が怖い。


 逃げたかったが、別に人がまったく通らないところへ連れ込まれたわけでもないので、とりあえず話を聞くことにした。




「あんたね。カンデラリア様とルイス様の邪魔をするんじゃないわよ」


 ……。


「はい??」


「年下だからってお二人に甘えて! 美術部でお二人について回ってるでしょう! いつもいつもお二人の間に割ってはいって!」


 ……あー……えっと。

 美術部の油絵グループのことを言われているのか。


「別にそんな、割って入るだなんて……」


「むしろあなた、ルイス様にべったりでしょう! カンデラリア様がルイス様とご一緒できない時もあるじゃないの! カンデラリア様がお可哀想!!」


 エステルは困った。

 そういえば、おふたりは付き合っているとの噂があった。


 部活だから関係ない、と思ってルイスとカンデラリアと共に行動していたが、まさかこんな苦情を言われるなんて。


 だいたい、エステルにしたら、ルイスのほうがついて来る状態なのだが。

 そして遠巻きにカンデラリアもついてくる。

 結果、二人についてこられている。


 言い直すと、エステルがスケッチ場所を決めると、その二人も彼女の近くでスケッチを始める状態なのだ。


 それなのに、わたしにどうしろと!?


 年齢も身分も上の二人についてくるな、とは言えない。かといって目の前の上級生女子にそんな訳を伝えても、信じてもらえると思えない。


 どう説明しようかと悩んでいたその時、凛とした美しい声が踊り場に響いた。


「誰が、可哀想ですって……?」


 その声に、上級生女子たちが振り返る。


 その先に立っていたのはカンデラリアだった。

 

「カンデラリア様!!」


 カンデラリアは、上級生女子を押しのけ、エステルの前に立ちふさがった。


「あなた達、下級生を寄ってたかってこんなところへ連れてきて、怯えているじゃないの。しかも私のことを話していたわよね? 何故私の事で、あなた達がこの子を責めているのかしら?」


 カンデラリアは怒っていた。


「す、すみませんカンデラリア様! 私達はルイス様とカンデラリア様の仲をその子が邪魔していると思って……」


「私とルイスは、ただのクラスメイトで同じ部員、同じ委員なだけよ。あなた達の思い込みと勘違いで可愛い後輩に迷惑をかけないでちょうだい。あとね。この子の家は伯爵家だって知っているのかしら? あなた達よりも家柄は上なのよ。こんな事をして良い相手ではないわ」


 ……可愛い後輩。

 

 エステルは、そのカンデラリアのその言葉、そのキリっとした顔に感動した。

 

 カンデラリア様、ステキ……。


「す、すみません」


 カンデラリアにペコペコする上級生女子たち。


「誰に謝っているのかしら? エステル=クラーセン伯爵令嬢に謝ってください」


「な、内情も良く知らずに……。クラーセン伯爵令嬢、申し訳ありませんでした」


「あ、いえ。誤解が解けたようでよかったです」


 大事に至るようなこともなかったし、ちょっと誤解があって文句を言われただけのようだったので、エステルもその場でサクッと謝罪を受け入れた。


 上級生女子たちは立ち去った。


 カンデラリアとその場で二人になったエステルは彼女にお礼を言った。


「カンデラリア様、ありがとうございました」

 

「ふふ、あらぬ誤解よね」


 と、カンデラリアが優しい笑顔で言った。


「誤解……なのですか? 私も実はルイス先輩とカンデラリア様はお付き合いされているか、お家同士でお話がすすんでいるのかな?、とは思ってました。ただ、部活動というのもあって、あまり気にせず、一緒に行動させてもらっていたのですが……ご迷惑を、おかけしてましたか?」



 ――なんだと。


 実は、一つ下の階で、スタンバっていたルイスがいた。

 上級生女子に連れて行かれるのを見て、別の階段から回り込み、助けるタイミングをはかっていたのだ。

 カンデラリアにそのヒーロー役を奪われたうえに、カンデラリアと付き合っていると思われていたことにショックを受けて、ルイスはその場で固まった。



「あら、いやだわ、エステルまで。そんなの全くないわよ。だからこれまで通りよろしくね?」


 ふふっと、笑うカンデラリアは、その時のエステルにはまるで女神のように見えた。


「はい! あの……カンデラリアお姉様、と呼んでもいいですか……」

「あら、まあなんて可愛いの。もちろんよ……」


 階段上から、女子二人のラブラブな会話がさらに、階下のルイスに追い打ちをかける。


 そんなにすぐに仲良くなれるものなのか!?

 女子同士だからか!?


 オレは今、寸差で、ものすごいチャンスを逃したのではないだろうか。

 いまのを助けていれば……エステルは……。


 ……悔しい!!


 その夜、ルイスは悔しさのあまり眠れないという経験をしたのだった。













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