ルイス3年生。

【5】 氷の貴公子(火属性)は部活に入る。

 ルイスとエステルの接点がなくなったまま1年経ち、また新しい春を迎えた。


 ルイスは小等部3年生、エステルは小等部2年生となった。


 ルイスは、エステルと彼女の入学当初に距離を置こうと思ったものの、結局のところ、ずっとエステルのことを忘れられずにいた。


「どうやったら、頭から追い出せるんだ……」


 無言で校庭に咲き誇る花々を物憂げに眺めるルイス。


 そんな彼を見てうっとりする女子が増加中だった。

 彼は同学年や低学年女子、また一部の上級生女子からも、いつのまにか絶大な人気を誇っていた。


 その透き通るようなアイスブルーの瞳にサラサラと流れる銀髪の髪。

 端正な顔立ちに、男子の中でも背丈は高い方であり、成績も常に学年1位、運動会や文化祭での活躍も、毎年、目を引くものがある。


 そして嫡子でなくとも、侯爵家の生まれであるという血統の良さ。しかもそれを鼻にもかけない……ともなると。


 女子に人気が出ないわけではなかった。

 氷の貴公子とか影で呼ばれているようだった。


 それを聞いた時のルイスの反応は――


「……オレ、火属性なんだが?」


 気にするのはそこかよ、だった。


 ついでに説明をすると、この世界には魔法が存在する。


 簡単に説明すると、基本的に、火水土風闇光聖魔、という8つの属性に加え、スキル魔法や、自動的に発動するパッシブスキルというものまで結構様々だ。


 それはともかく、もともと彼は優秀な男子ではあったがその実、エステルに良く見られたいという強い欲求が彼の男子力をさらに磨いてしまっている。


 だが、その男子力は、本命エステルには今のところまったく引っかからないのである。南無。



 そのように、学院で注目の的の氷の貴公子(火属性)ルイスではあったが、彼の周り――人間関係は意外と騒がしくはなかった。


 ありがちにファンクラブができたりとか、ラブレターが毎日のように送られたりとか、そういうのはなかった。


 なぜなら、彼の近くには貴族女子の頂点、公爵令嬢であるカンデラリア=ジョンパルトがいたからだった。

 カンデラリアは今年に入ってから、ルイスと同じ役回りの学級副委員長になった。


 つまりは、カンデラリアがルイスとよく行動を共にしており、他の女子を寄せ付けないのである。

 他の女子もカンデラリアが傍にいるので、なかなか近づけなかった。


 彼女と公認カップルのように思われつつあるなど、ルイスはつゆほども知らなかった。



 ***



 春の季節は、部活動勧誘が活発になる季節でもある。


 小等部1年は、学校に慣れるためという名目のもと、部活動には入れない。

 よって2年生からは、何かしら部活動に入れるのである。


 今日はその勧誘会の日だ。

 放課後にあらゆる部活がアピール活動するために、校庭や、校門に続く道に勧誘したい生徒たちがたむろする。


 部活動に入っていない、各学年各クラスの学級委員はその活動の見守りを行っていた。

 無理に勧誘される生徒がいないか、などのトラブルをチェックする係だ。


 部活動に入っていないクラス委員。ルイスはそれだった。

 けだるげに、校庭を見守る。


「ルイス君は、部活動には入らないのかしら?」


 横に立って同じく見守りを行っているカンデラリア公爵令嬢に問われる。


「……入りませんね。とくに興味を惹かれるものもありませんし」


「そうなの? ねえ、それはともかく、敬語をやめてくださらない?」


「それはちょっと、難しいですね。親からも言われています。学院では身分は同等というルールはあるが、礼節をわきまえた態度を取るように、と。申し訳ありません」


「そう……。ご家庭の方針ならしょうがないわね。私も同級生としてあなたともう少し距離を縮めてみたかったのだけれど……」


 フフ、と気にした風でもなく微笑むカンデラリア。

 その微笑みに、通りすがりの男子が目を奪われている。


 しかし、ルイスはもう一度すみません、と頭を下げたあと、また校庭に目を走らせるのみだった。


 そこへ――


 エステルが校舎からでてきて校庭へ歩いてくるのが見えた。


「!!!」


 びくっ、と固まるルイス

 その瞬間から彼は、エステルオンリーの見守り係となった。


 エステルのほうも、ルイスのほうに気がついた。


「(見てる……こっち、すごい見てる……!! 怖い!!)」


 ルイスは自分が彼女をガン見していることなど、自分では気がついていない。

 エステルは気が付かないふりを必死にしていた。



「(怖い、怖いけど……び、美術部、美術部はどこー!)」


 部活動は学院に慣れてきた2年生から入れる。

 2年生になった彼女は油絵に興味があり、美術部に入れる今年を楽しみにしていたのだ。


 美術部はカンバスをいくつか置いてブースを作っていた為、彼女はそれをすぐに見つける事ができた。


 エステルは、美術部の部長らしき、丸メガネが特徴的な若草色の髪の上級生男子に説明を受け始めた。


「……(ガン見)」

「……ルイス君、美術部がどうかし」


 カンデラリア公爵令嬢が、ルイスに問いかけをしようとした時、急に早足でルイスは美術部ブースへと向かった。


「ルイス君……?」


 カンデラリアは、大きな目をパチクリとして、それを見送った。




「――ではこちらの入部届けをどうぞ。名前を書けばいいだけにしてあるよ。活動は来週からだ、よろしくね」


「あ、ありがとうございます!」


 エステルが入部届けを受取り、目の前の丸メガネ上級生と挨拶を交わしているところに、


「……美術部に、入るのか」


 背後から低い声がした。


「ひっ!?」


 エステルが振り返ると、そこには眉間にシワをよせたルイスが立っていた。


「おや、見守り係さん。この子とお知り合い?」

「はい……」

「あ、無理な勧誘ならしてないよ?」


「そんな事は心配しておりません、大丈夫です」

「そうかい? それなら何故――」



「ところで、クラーセン伯爵令嬢」

「は、はい、なんでしょうか(ガクガク)」


「美術部に入るのか?」

「えっ あ、はい」


「そうか……えっと……丸メガネ先輩」


「なんだい? ところで僕の名前は丸メガネではなくアダルベルトというのだが。省略するならアート先輩とでもしてくれないかな」


「失礼しました。アート先輩、オレも美術部に入ります。オレは3年生のルイス=ヴィンケルです」


「ふぇぁ!?」


 エステルが、小さい悲鳴をあげた。


「(なんでー!? どうしてー!?)」


  彼女にとっては一年ぶりに接触した天敵が、自分と同じ部活に入ると言い始めた。

  恐怖しかない。


「おや、嬉しいな。じゃあこれどうぞよろしくね」


「よろしくお願いします」


 ルイスは入部届けを受け取ると、エステルの方をむいた。


「お前とは……よろしく……しないでもない」


「ぇえ……(アート先輩にはよろしくって言ったよね!? なんで私にはよろしくしないでもない、なの!? ……やっぱりひと目見た時から嫌われてるわよね……?)」


「よ、よろしくおねがいします……」


 理不尽な思いを抱えたエステルが絞り出すような声で、やっとそう言った時にはルイスは既に見守り係の定位置へ戻っていた。


「……(口パクパク)」

 エステルは唖然としてその姿を見送り――


 ……ハッ!! そうだ!

 ……美術部、入るのやめようかな。

 そうだ、今なら間に合う……。アート先輩にやはり入部はやめますって言おう――


そう、口を開きかけた時。


「いやあ~! 弱小部活に2人も部員が入ってうれしいな! 美術部ってねえ、すぐに隣の芸術の国へ留学しちゃう人が多いから、人数少ないんだよ~」


 アート先輩は屈託ないキラキラとした笑顔でそう言った、



 ――う。


 その笑顔と美術部事情に、やはり部活入るのやめます、とエステルは言えなくなったのだった。


 ***



「おかえりなさい、美術部でなにかありましたの?」


 ルイスが持ち場に戻ると、カンデラリアが聞いてきた。


「急に美術部に入りたくなったから入部届を貰ってきました」

「えっ。急すぎませんこと!?」


「美術に興味があったの?」

「先程、急に興味が沸きまして」


「……ふ」


 カンデラリアは口元を手で隠して少し笑った。


「?」


 カンデラリアの態度にルイスは首を傾げた。


「あなたって、クールなイメージがつきまとっているけれど、その実ちょっと不思議君よね」


「そうでしょうか、普通だと思いますが」


「そうかしらね。でも私は悪くないと思いますわ。あなたのそういう所」


「はあ、恐縮です」


 笑われたあとに、何故か褒められた。


 ルイスからするとカンデラリアのほうが不思議ではあったのだが、彼にとって今それは些細なことであった。

 なぜなら――


『エステルと来週から同じ部活来週から同じ部活来週から同じ部活来週から同じ部活来週から同じ部活』


――彼の頭の中は、それ一色であった。



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