14話 クマイノシシ

「ひ、ひどい目にあった……」

「まだ少しチカチカする気がしますー……」


 スリンガンの試し撃ちで使ったオウライカから発せられた閃光と轟音による影響で目の奥がまだ気持ち悪い。


「ごめんねぇ?」


 さすがに悪びれた様子を見せるアデリー。


「こういう風に、石とか木の実とかも撃ち出せるよっていうのを教えるつもりだったんだけどぉ、やりすぎちゃった」

「ま、まさかあそこまでのものだったなんて……こりゃシーズンの時は森がひどいことになりそうだ」


 オウライカをスタングレネードに置き換えて爆竹のように種が弾けていくのを想像すると軽く地獄絵図になる……。


「自然的に起きる分にはそんなにひどくないの、スリンガンを使ってぶつけたり、外部から大きい衝撃を受けたらこうなるだけなのよぉ」

「そ、そうなんだ」


 よく考えられているというかなんというか……うっかり叩かないように気をつけておこうっと。


「ところで、もしかしてこれを使って狩りをするんですか?」


 ややふらつきながらラスクがアデリーにしがみついて上目遣いになっている。

 オウライカの種を使っての狩猟か、一見悪くなさそうだが。


「それは無理かなぁ、確かにこれを使えば獲物を驚かせて動けなくすることはできるけど、とっても射程が短くて近づかないといけないのぉ」

「そうなんですか?」


 ラスクの頭を撫でているアデリーの言葉に同意できる。

 火薬などを用いらないし強く弦をしぼれない仕組みじゃ残念ながら射程は見込めないか。


「野鳥とか小動物ならこれでも十分だけど、〝学習〟されちゃうの」

「〝学習〟?」


 意味深な言葉に興味が湧く。


「動物たちは群れの仲間や他の動物たちとたくさんの情報を共有しているの」


 ぴっと指を立ててアデリーが講釈を始める。


「例えば天敵はどこにいるのかとか、どこに行けば水や食料が手に入るのかとか、そういう生きるために必要な情報をすごいスピードで伝達して、1日もあれば全体で共有しているってわけ」

「まるでアリだな……そこまでの伝達速度は聞いたことはないけど」

「なんだかSNSみたいですね」

「SNS?」

「掲示板や新聞みたいなものだよ」


 SNSという単語に首を小さく傾げるアデリーにそれっぽい説明をする。

 それにしても情報の共有か……一部の昆虫とかは群体で意志や情報を共有して脅威を避けたり行動をルーティーン化するとは聞いたことがあるけど、この辺が僕らの世界との生態系の違いってことか。


「だから村の周りには人がいるから野生動物は近づかないし、群れたほうが効率がいいと知れば群れるようになるの。ムレグマのようなのがそう」

「な、なるほど」


 熊は基本的に群れないがこの世界では群れたほうがよいと学習して、群れるようになったのがあの熊ってことね。


「共有や伝達は群れに生き残りが出れば起こることだから、狩りをするなら、バレないようにこっそりと1頭ずつを狩る必要があるってわけ、絶対に逃したらダメよ?」

「あ、ああ……わかった」

「なんてね。絶対は言いすぎだけど、でも逃がしたら学習されるのは本当、だから無差別に巻き込んで逃げられるオウライカは使いにくいの」


 アデリーの雰囲気が一瞬引き締まったように感じた。普段のほわほわとした空気とは違う様子は、狩人としての矜持と強さのように思える。


「これが弱肉強食というやつなんですね」


 それはなんか違う気がするけど、まあいいか。


「ところで具体的にはどれぐらいまで届くんですか?」

「うーんと、だいたい5メートルくらいってとこかなぁ」

「クロスボウの半分以下か……」


 そんな距離まで近づけるんだったらその前に弓で射ればいいし、そもそもとして逃げられるな。

 うーん、そうなるとこのスリンガンって道具はどうなんだ? いくら携帯性に優れてもカタログスペックを聞く限りでは微妙に産廃に片足突っ込んでいる気がするんだけど……でも使いこなしてみたいと思う自分もいる。


「狩りはもちろん弓でやって、スリンガンは緊急時の目眩しに使うものなの」

「まあ、さっきの閃光と爆音なら、さすがに熊すらもびびりそうだもんな」


 メインとして使うには心もとないが、不意打ちやとっさの撹乱にはギリ使えそうってところか。


「ムレグマとか他にも頭のいい野生動物はたくさんいるの、気づかれたら囲まれて近づかれてたりねぇ、そのときに使うの」

「ムレグマの恐ろしさは骨身に染みてるよ……」


 アンダルギスのおっちゃんに助けられなかったらと思うとひきつった笑いが出てしまう。


「うふふ、それじゃこれ、渡しておくねぇ」

「これは?」


 アデリーから小さな袋が手渡され中を覗くと乾燥した種が袋一杯に入っていた。


「お、おい、まさかこれって……」

「オウライカの種を乾燥させたものよぉ、少し弱まってはいるけど、十分な音と光を出してくれるの」


 いやいや怖いわ! いくら弱まっているからってあんなもんをこんなにたくさん持ってられるか!


「捨てていいですか?」

「ダメェー、ちゃんと持っておかないと、めっだよ」


 よっぽど気に入らなかったのかアデリーにしがみついたまま悪気なく不満を言うラスク。

 しかしここはやはりアデリーが一枚上手で、不満を言いながらもしがみついているラスクの上着の内ポケットに袋を押し込むように入れていく。


「やれやれ……」


 いらないって言っても無理やり入れられそうだし、ここは素直に受け取っておくか。

 座ったりぶつかったりしたときの拍子に破裂しても困るから、とりあえず僕も上着の内ポケットに入れておこう……。


「それじゃ、気を取り直してしゅっぱーつ」


 程なくして僕もラスクも調子を取り戻しアデリーの威勢のいい声につられて狩りを再開する。

 ――途中、弓と矢も渡されつがえ方も軽く教わりながら獲物を探していく。


「そういえば気になってたんだけどさ」

「なぁに?」


 軽快なステップで森の中を進むアデリーを眺める。


「なんていうか……そんな薄着でよく森の中を歩けるなって思ってさ」

「クロマメさん……?」


 あかん! なんかスケベな意味で捉えられたのかラスクから黒いオーラが出てる。


「ばっ! おまっ、ちげぇって! 別に変な意味で聞いたんじゃなくて、とても狩りとか森の中を動く格好には見えないって意味だよ!」


 自分もポンチョとシャツに長ズボンと人のことを言えない格好で、せいぜいスパイクの付いたブーツがまだそれっぽいがアデリーの格好はさらに不相応だ。

 ラスクと比べても一目瞭然で、二の腕や太ももを大きく露出させている格好は控えめに言って狩りや森の中で活動する格好とは思えない。

 だというのに、草に足を取られるどころか枝葉に体を擦らせる様子すら見えないのだ。


「言われてみればそうですね? わたしなんてスカートの下にタイツを履いてスカートの丈は縛ってるのに」


 ほっ……とりあえず機嫌は治ったか、本気で怒っているわけじゃないのはわかるけど少々心臓に悪いよ。


「ちなみに、タイツの色は黒です」

「聞いてないし見もしないからな」


 まるで「見てもいいんですよ」とでも言わんばかりにキリッとした表情をするラスクから目をそらして話を続ける。


「精霊魔法を使って植物に呼びかけて避けてもらったり、体に触れても平気なように薄い風の防護膜を貼っているの。こうすれば窮屈な格好をしなくてもいいからね」

「はえー、便利だな。他にはどんなことができたりするんだ?」


 まさに魔法って感じだな。道具とか用意せずにこれだけのことを単独で引き起こせるんだから、やはり僕もいずれは使えるようになりたい。


「風の防護膜を大きくすればある程度の矢とか投石は防げるし、地面を隆起させて踏み台にもできるかなぁ、他にも植物の生育を少し促進させたり、水の毒素を除去して綺麗にしたり水の流れを変えたりもできるよぉ」

「ほうほう」


 自然に影響を与えたり味方になってもらうのが精霊魔法ってわけか。


「あれ? 火は起こせないんですか?」

「そういえば」


 聞いた限りでは火に関連する魔法はなかったな。


「火? 火には精霊が宿ってないから使えないかなぁ、あくまで精霊魔法は精霊にマナスをあげる代わりに力を貸してもらうものなの」

「火に精霊がいない!」


 驚いた、精霊っていうと大体は地水火風で火だって入っているのが相場なのに、この世界では火は精霊に含まれないのか。


「火は破壊の過程で生まれる力で本来は存在しないものとされて、精霊によって火が起こるわけじゃないの。ほら、風や土や水は常に生まれ続けて維持され続けるけど、火だけは常に生まれるわけでもずっと火が燃え続けることもないでしょ?」

「なるほど」


 遍在的へんざいてきというか、どこにでもありふれているものに精霊が宿っているってことか。確かに風も土も水もだいたいどこかしらにはあるものだもんな。


「ちなみに植物や木は精霊の間の子で、土、水、風の精霊の力が強まればすくすくと育つの」

「それで精霊魔法で植物も操れるわけか」

「なんだか神秘的ですね」


 しかし思ったよりも体系的というかもっとふわっとした感じのものと思っていたけど、かなり理解して使っているんだな。まあ、魔法が当たり前のように存在する世界ならこれぐらいは当たり前ってことか、これなら原理さえ学べれば普通に僕でも使える理屈になりそうだ。


「見つけた……」

「おっ?」


 そんなやり取りをしているとアデリーが草むらに身を隠すようにしながら、こちらへと手の平を向けて静止の意を見せてきた。


「…………」


 できるだけ音を立てないように息を殺しながらアデリーの隣にしゃがみ込むと、目算の感覚としては高校と時に測った100メートル走の時の距離ぐらいか? その先に1頭の獣が泥を浴びている姿が見える。


「あれは……豚さん、じゃなくて猪でしょうか?」

「そう見えるけど……デカすぎね?」


 声を押し殺しながらラスクも隣にしゃがみ込んで一緒に観察していく。

 毛で覆われて豚に似た四足歩行の姿は、おおよそ自分の知っている猪のイメージに酷似している。が、大きさがおかしい。

 ざっくり計算でも頭から尻尾までで2メートル強はあり平然と熊より大きく、口元には雄々しいとでも言っていい大きな牙を左右対称に2本蓄えている。


「あれはクマイノシシね。とても凶暴でムレグマに挑んで殺してしまうことすらあるの」

「いや、怖いって」


 ナニソレ? 熊を倒す猪なんて聞いたことないぞ……しかもあのムレグマってことは、1頭で数頭を相手取って勝てるってこと? カッコいいけど怖すぎるって。


「……まさかあれを狩るのか?」

「初狩りにしてはかなりの大物だけどぉ、それだけ箔が付くんじゃないかなぁ?」

「し、しかしなぁ……」


 確かにいきなりあんなのを狩れたら自分でも褒めてやりたいぐらいだけど、こちとら素人だぞ? いくらなんでもさすがにこれは……。


「帰りましょう、クロマメさん、帰ればわたしが養いますから――」

「よし狩るぞ」


 前言撤回だ。ここで狩れないようでは……いや、一矢すら報いれないようでは狩りどころか強くなっておっちゃんを超えるなんて夢のまた夢っていうもんだ。

 決してラスクに養ってもらうのが嫌だから手のひら返しをしたわけではない。


「大丈夫よぉ、アタシが全力でサポートするし、危なくなったら助けるからぁ」

「マジで頼むよ」


 アデリーの頼りになるのかならないのかわからない返事を当てに、弓と矢を構え狩りの準備に入る。


「いーい? 狙うは頭か足、できれば一撃で仕留めるのが好ましいんだけど、仕留め切れなかった時のリスクを考えるなら足を狙うのもありよ」

「頭か足、か……」

「頭を狙うなら眉間の気持ち上あたり、ずれると致命傷にならなくて、こちらを認識したら間違いなく突進して襲ってくるから気をつけてねぇ」


 どう気をつけろと突っ込みたくもなったが、知っておけっていう念押しの意味として捉えておくか。


「クロマメさん、わたしはどうすれば?」

「ん? そうだなぁ……」


 ラスクが指示を仰ぐのはある種の癖のようなもんで、一緒にゲームをしていたときも僕が指示をしてラスクが動く流れに慣れていた。

 さて、作戦か……。


「同時に矢を放って当たる確率を上げるのが無難な気がするけど、2人とも外した時のリカバリーも考えておきたいから、ラスクには剣を構えて待機しておいてほしい」

「うん」


 クライスとの稽古の後に剣をもらっておいてよかった。これの刃は潰れていないから、上手く当てれば猪だって倒せるはず。


「もしも俺が矢を外して突進してきたら、俺の真後ろで剣を前にして、猪の突進に対して迎撃してくれ」

「こうですか?」


 ラスクが剣を抜き先端を真正面に据えるようにして構える姿にうなずく。


「なるほどねぇ、猪の直線的な動きと突進のスピードを利用して串刺しにするってわけね?」

「そうだ。単純だがそれゆえにシビアでもある。角度が合わなければ上手く刺さらないし、剣を握る力が足りなければ柄の部分から弾かれてしまう可能性があるからな」

「うん」


 本来なら自分でやりたいところなんだけど……。


「パワーはラスクのほうが俺よりも圧倒的に上だし、俺の剣は〝馴らし〟のために鞘のホックを厳重にしてて外せなくなってるんだ。だからラスクに任せたい……」


 鞘をはめたままの剣術を体に叩き込むための細工が裏目に出たか……早くこの使い方をマスターしないと。


「まかせてください。クロマメさんの指示でしたら、わたしなんでも聞いちゃいますから」

「そういう軽はずみなことを言うんじゃない。まあいい、頼んだ」

「うん!」

「さて……」


 作戦をさっくりと決めてターゲットへと視線を戻す。


「今のところ動きがないな……狙うなら今だけど、さすがに遠すぎるか」

「アタシが風の精霊魔法で矢の飛距離と速度を上げてあげるから大丈夫」

「お、それは助かる」


 なら、後は僕次第ってことか――。


「ふぅ……」


 よし、いいぞ。胸に嫌なざわめきを感じない、緊張感はあるけど高揚に近い悪くない感覚だ。

 クライスと稽古をしていたときと同じの集中力が研ぎ澄まされているのもわかる……。

 猪が頭を上げて周りを見渡す仕草を始め頭がよく見えたのを確認し。


 ――今だっ!

 猪の頭に目がけて矢尻から指を離し矢を放つ。

 アデリーの魔法がかかった矢は風をまといながらターゲットへと突き進み、そして――。


「ふっ……」

「おー?」

「ふふ、普通に考えたらこんなもんだよねぇ」


 見事に矢は空を切り猪の後方へと外れていったのである。


「やばいやばいやばい! プランB!」

「う、うん!」


 こちらを認識した猪がこちらへと猛突進してきた。

 くっそ! いい流れだったってのに! こうなったらなんとか引きつけてラスクに仕留めてもらうしかない。


「剣をしっかりと正面に構えて限界まで力を入れて握っておくんだぞ!」

「うん!」


 わずか数秒のやり取りのうちにすでに猪は眼前まで来ていたが、こっちの準備だって万端だ。

 ラスクの構えも握りも見てわかるぐらいには問題ないし、猪の突進に対して完全に直線状に立っている。

 タイミングさえ間違えなければ上手くいく!


 そうこう考えてるうちにも猪が迫ってくるが、まだだ……まだ……。


「クロマメさん!」


 もう少し……できるだけぎりぎりの限界を……今だっ!

 横に飛ぶ分の隙も考慮して限界のところで横へと飛び込み転がりながら猪の突進をかわす。


「ラスクっ!」


 タイミングは完璧、後はラスクの剣に上手く突き刺さってくれればいい、のだが……。


「あ、あれ?」


 お、おかしいな……僕の想定では今頃はラスクの剣に刺さっているはずなんだけど、刺さってるどころかこっちを見て地面を蹴って足踏みをしているように見えるんですけど……。


「く、クロマメさん……?」

「どわあぁぁァッ!」


 不安そうにこちらを見たラスクと目が合うのも束の間、再び猪は僕目がけて突進してきたのであった!

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