第5話 ある日、ダンジョンで

 あの日から、ひと月経って……私は、まだ生きてる。


「頭を越された! 後ろ、気をつけて!」


 前衛の注意喚起に、私は良い機会とスリングで石を投げた。

 練習は続けているので、もう明後日の方向に飛ぶことはないが、百発百中なんてお世辞にも言えない。

 うん、ラッキーなことに天井に当たって跳ね返ったのが、コウモリの頭に当たった!


「トワは余計なことしないで、治療の備えていてよ! 助かったけど……」


 バランスを崩した蝙蝠の羽根を短剣で引っ掛け、地上に叩き落しながら斥候の少年が訴える。地に落とせば、やりたい放題。羽根を踏みつけながら短剣で突き刺しまくり、斥候の少年でも退治できた。

 初日に連れて行ってもらったアベルたちのパーティーとは、何という違いだろう?

 コウモリが三つ出ただけで、大騒ぎして、前衛もあたふたしている。

 槍持ちが飛び回るコウモリたちを牽制しつつ、高度を下げたのを片手剣、両手剣の戦士が仕留める予定なのだが……そう上手くはいかない。

 魔道士の少女も、数少ない呪文をいつ使うべきか? 魔力を集めてはキャンセルしながら、機を窺っている。


「治療はいる?」

「こっち、頼むよ!」


 一撃は重いけど隙の多い、両手剣の青年に、治癒の祈りを捧げた。

 こんな調子だから出番が多く、治療者ヒーラーとしては、少し成長してる。【聖なる武器セイクリッド・ウェポン】の祈りを聞き届けて戴けるようになったし、魔力の限界も増えた。


「完全回復! いくぜぇ!」


 まだ決まったメンバーは組めていないけど、誰と組んでも似たようなもの。

 回復以外の事をできるほど、余裕のあるメンバーにはならない。それが不満といえば、不満だ。

 ようやくコウモリたちを片付けて、一息つけた。


「あぁん……魔法を撃つタイミングが、難しいよぉ」


 ちょっと甘えるように、魔道士の少女が頬を膨らませる。

 持ってる魔法は【火花スパーク】と【火弾ファイアバレット】のふたつ。合わせて、五回放てば打ち止め。余らすのは勿体ないし、いつ使い切るか解らない。

 なかなか難しい、魔道士さんだ。


「パティは、あと三回魔法を使えるか……。隣の玄室まで、行けるか?」

「行こうよ。隣は宝箱の確率が高いんでしょう?」

「その分、敵も強くなるってことだぜ?」


 諌めながらも、誰も引く気は無さそうだ。

 宝箱が出れば、実入りは大きくなるからね。

 私自身は、初日のアベルたちに連れて行って貰った地下三階で、贅沢をしなければふた月は暮らせるだけの収入を得ることが出来た。……その分、冒険者デビューの私は、文字通りに必死だったけど。

 神殿に寄宿して、普通の冒険者ほどには生活にお金がかからないだけに、そのお金は余裕として持っていられている。

 いつかはアベルたちのように……と夢だけは見つつも、こうしてまだ地下一階の三分の二ほどの探索で、いっぱいいっぱいな日々だ。それでも、日々の暮らしはできる収入は得られている。

 パーティーの組っぱぐれが無いのは、貴重な神官故だろう。


「や、やばっ!」


 蹴破った扉の先を見て、片手剣の女が慌てた。

 魔道士のパティが持つ灯りに照らされた部屋には、コボルトが五匹もいる!


「後ろに回り込まれないように、部屋の角で迎え撃て!」


 戦闘リーダーの槍持ちの指示に、私とパティは部屋の隅に走った。扇状に三人の戦士が広がり、遊撃として斥候の少女が陣取る。中央の片手剣が唯一の盾持ちなので、中央で二匹を引き受ける形だ。


「無理に攻めようとせず、守りに専念してろ。一匹づつ仕留めようぜ」

「ここは使いどころよね?」


 パティが呪文の詠唱に入った。

 出し惜しみしている余裕はない。


「私も、魔力の付加をかける?」

「いや、回復に温存しておいてくれ」


 あう……また、する事が無くなった。

 そういう役目とはいえ、もどかしさはあるんだよ。

 パティの【火弾】が、両手剣持ちの前のコボルドにダメージを与える。仲が良いのは知ってるけど、この場合は斬り結べない、槍持ちの前が優先じゃないかな?

 まあ、早く一匹倒すべきなのは確かだけど。


「サンキュー、パティ!」


 勢いに乗って、上段から斬り込むが、コボルドの盾に阻まれた。

 力量が拮抗しているんだよ、悔しいことに。


「マズくなる寸前に言ってね。【聖壁セイクリッド・シールド】を張って、体勢を立て直すから。タイムラグを忘れないで」

「まだ大丈夫!」


【聖壁】は、手慣れてくると個人の護りを強化できるのだけど、使える場面が少ないので、なかなか上達しない。休息時に安全地帯を作るのにしか、まだ使ってないんだ。


 斥候は槍持ちのフォローに回り、スイッチバックを繰り返しながら彼の盾役を務めている。時間はかかっているけど、じわじわと追い詰めているよ!

 再びの【火弾】が、また両手剣持ちの前に飛ぶ。

 あと、呪文は一回。それなら、二匹を相手にしている、片手剣持ちを援護してあげて欲しいと思うけど……。同じ女性としても。

 槍持ち&斥候コンビが、ようやく一匹を沈めた。


「キツイけど、耐えればそれだけ実入りは多いぞ! どういうわけか、敵の強いほど、お宝も良くなるからな!」


 槍持ちの鼓舞に、士気が上がった。

 だけど、また魔力の集中する気配に、私は慌てた。


「ダメよ、パティ! 最後の一回は、帰りに取っておかないと」

「何言ってるのよ、ここが正念場でしょ!」


 三度の【火弾】はコボルドの顔を焼き、両手剣の必殺の一撃を呼び込んだ。

 こうなると、あとは押せ押せだ。

 程なく最後のコボルドを屠って、勝鬨をあげた。

 宝箱からは、定番の宝石の他に『ライトフレイル』が出た。片手で持てるサイズの金属棒の先に鎖に、繋いだトゲトゲ付きの鉄球が付いてる武器。

 使い手がいないので、護身用に私が貰っちゃった。腕力はないけど、振り回すだけでも牽制になるだろうって。

 回復して、一息入れたら、今日は引き上げだ。

 宝箱が出たのは嬉しい。いつもより、収入が多い。今日はツイてるのかも。

 ホクホク顔で来た道を戻る。

 帰りは、なるべく同じ道で帰る方が、敵の出が少ないと経験でわかってる。


 なのに、メイン通路に戻る最後の玄室で、また宝箱が出た!


 宝箱だけなら喜ぶべきだけれど、それに見合う敵が出るということ。

 コボルド二つに、コウモリも二つ!


「天井が高い! パティ、魔法でコウモリを撃ってくれ!」

「無理よ! さっき使い切っちゃった……」

「チッ! 前衛はコボルドを頼む!」


 槍持ちが中衛に下がり、高い天井をからかうように飛び回るコウモリを牽制する。斥候も投げナイフを取り出して、上を見上げた。

 私も、スリングに持ち替えようとしたけれど「身を守ることに専念しててくれ」との指示で、さっき手に入れたばかりのライトフレイルの鉄球を、顔の前でぐるぐると振り回した。

 これで、コウモリも飛びかかるのを躊躇うと思いたい。

 パティはもはや何も出来ずに、青い顔で杖を構えるだけだ。


 中衛、後衛が空襲に備える中、コウモリが急降下してくる。

 身構える仲間を嘲笑うように、狙ったのは前衛の両手剣持ちの背後だ。


「うわっ! クソっ!」


 背後から取り付かれ、疎かになった両手剣持ちの腹を、コボルドの錆びた剣が突き刺す。無防備になった首筋に、コウモリの牙が突き立った。

 パティの悲鳴が、狭い玄室に響いた。


「この野郎!」


 槍の穂先がコウモリを貫き、斥候の短剣がその首を斬り落とす。

 倒れた両手剣の戦士に、無防備に駆け寄ろうとしたパティをもう一匹のコウモリが襲った。

 私は、夢中になって追い払おうと、フレイルの鉄球を振り回す。

 何度か命中しても、大したダメージではないのか、コウモリは怯まない。

 槍の穂先が貫くのと、パティの喉笛が噛み裂かれるのは、ほぼ同時だった。

 白い喉から血煙が上がり、仰向けに倒れる途中の青い瞳が「なぜ?」と見開かれて、私を見た。

 そのまま、命の火が消えていくのは明らかだった。


「トワは下がれ! まだだ! コボルドが残ってる!」


 仲間二人を失っても、まだコボルドは二匹とも無傷だ。

 そこからの戦いは、長く続いた。それでも、四人は生き延びられた……。

 宝箱の中身は、有りふれた宝石のみだった。


「これでミミックだったら、全滅してたな……」


 乾いた笑いが虚しい。

 倒れた二人の首から、冒険者タグを外して部屋の隅に寝かせる。

 申し訳ないけど、連れて帰るのは……無理だ。

 二人の魂に安息あれと、豊穣神様に祈る。魂は無事に豊穣信様の元に辿り着けますように……。


 重い足取りで帰路を急ぐ。

 私達にできることは、早くダンジョンのエントランスに戻って、遺体の回収依頼を出すことだけしかない。

 モンスターたちに食い荒らされる前に、彼らの遺体が回収できれば良いけど……。


 その日の収穫は四人になった分、より多く貰えた。でも、遺体の回収依頼費用で、普段よりも少ない手取りになった。

 ……ダンジョンで仲間を喪ったのは、初めてだ。


 あんな近い場所で、たかがコウモリなんかに……。

 私たちの顔を見て、察してくれたのだろう。給仕のアンナさんが、ショットグラスのジンを奢ってくれた。

 一息で飲み干すと、ようやく血が巡ってきて……涙がこぼれた。


 初めて組んだ仲間で、素性も何も知らない。

 ただ、仲良さげだった二人が一緒に逝けたのなら、まだ幸せなのかもしれない。

 遺体回収は……出来なかったそうだ。


 ふらりと席を立つ。

 私はまだ、祈ることができる分、マシなのかも知れない。

 酒でふらつく足取りで帰ろうとすると、一人の男が遮るように立った。

 二十代半ばの、口髭がキザな青年。知らない顔だ。


「嬢ちゃん、明日は誰かと組む宛があるのかい? 無いなら、俺らと組もうや」

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