住宅の内見【KAC20242】やっちまった

オカン🐷

不動産屋勤務

 今年の春大学を卒業して初勤務。

 真新しい紺色のスーツに身を固め、心は少し浮足立っている。

 彼女からのプレゼントのワインカラーのネクタイが洒落ている。

 金髪を黒髪に戻し、姉さん行きつけの美容室でカリスマ美容師にリクルートカットにしてもらった。

左の耳たぶに5個開けていたピアスの穴は塞がってきた。

 姉のドレッサーでもう一度チェックした。


「おれ、こんな格好もいけてるじゃん」


 


「お客様に失礼がないようにしてね」


 社を出るときにマネージャーの佐々木から何度も念を押された。


 大丈夫。

「はい」「わかりました」

 と言っておけばいいのだ。


 今日の初めてのお客様。 

 うちの両親と年のころは同じ夫婦連れ。

 今住む2階家を売りに出し、マンションの内見をしたいとのこと。


 折り目正しく礼をして名刺を両手で刺し出した。

 その名刺を見て、


「ああ、あの不動産屋」


 覗き込んだ妻も、


「えっ、ああ、あの不動産屋さんね」


 尚も執拗に話の続きをしようとしていたが、直人は聞こえてない振りをして、


「お客様、こちらがキッチンになります。今は対面式が主流となっていまして……」


 夫婦は直人の説明などそっちのけで過去の思い出話に花を咲かせてている。

 

 結局、契約は成立することなく終わった。

 次の客も直人に不快な思いを抱かせ、帰って行った。

 直人の握り締めた拳が震えている。


「グッド・フォーチュー、丸福不動産。これは不動産詐欺事件の、あの丸福不動産やないか」


 名刺を見ながら次の客が言った。


「そんなの知らねえよ。『あの不動産屋は何処に消えた事件』の話をされたってなあ。まだ俺が生まれてもいない30年も前の話だろ。それに丸福不動産詐欺事件って言っても、うちの会社が詐欺を働いたわけじゃない。むしろ名前を語られた被害者。うちも被害者ってわけだ。いい加減にしてほしいな」

 

 直人の顔が蒼ざめた。


 やっちまった。


 クビを言い渡されるかと思ったが、会社のために熱くなれる若者だとお褒めをいただいた。




          【了】



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