二番目な僕と一番の彼女【KAC2024短編ver お題:住宅の内見】

和尚

お題:住宅の内見


『(千夏)ごめん、ハジメ! 今日急に、引っ越し先の候補の家の内見ないけんが入っちゃった』」


 ある日の日曜日の朝、僕はスマホのメッセージアプリの振動で目覚めた。

 僕の名前は佐藤一さとうはじめ。そして、僕のことをハジメと呼ぶ、メッセージをくれたのは恋人の南野千夏みなみのちなつ

 こう言ってはなんだけれど、僕には勿体ないくらいの可愛い女の子だ。


『(ハジメ)ううん、大丈夫だよ、いい家が見つかるといいね』


 僕らはまだ高校一年生なのだけれど、理由があってそれぞれの家の事情も知っているし、お互いの生活に密接に関わり合っている。今日は元々は買い物に出かけようとしていたのだけれど、いずれ引っ越すかもしれないという話も聞いていた。


 内見ということなので、何かいい物件があったのかもしれない。そんな事を思いながら、予定が無くなった日曜日をどうやって過ごそうかと僕は頭を巡らせ始めた。


 だが、再びスマホが振動を知らせる。今度はメッセージではなく通話が掛かってきて、僕はどうかしたのかなと思いながら通話開始のボタンを押した。


「あ、もしもしハジメ? えっとさ、ちょっと相談というか、お母さんからの提案なんだけどさ」


「うん、どうかしたの?」


 そう言って千夏がおずおずと話し始めるのに、僕は尋ねる。

 千夏の母親の涼夏すずかさんは色々あった結果千夏とは母子二人で暮らしているのだが、僕と千夏の関係も全力過ぎると僕が思うほどに応援してくれている人だ。

 キャリアウーマンというのだろうか、時折仕事に夢中になりすぎるのが唯一の欠点といえるが、彼女は僕が尊敬する大人の一人である。

 そして、そんな涼夏さんの提案は、僕にとってはいいのかな?と思いながらも嬉しく興味も惹かれるもので、僕は千夏に了承を伝えて、出かける用意を始めるのだった。



 ◇◆



「ハジメ君ごめんね、デートだって知ってはいたんだけど……」


「いやいやとんでもないです。むしろ僕の方こそ声かけてもらったままに来ちゃいましたけど」


 駅前で待ち合わせした千夏と涼夏さんと合流して、開口一番に涼夏さんが申し訳なさそうに告げるのに、僕はとんでもないと首を振ってそう言った。

 かなり関係性は深いとはいえ、引越し先候補の内見に連れて行ってもらうというのが礼儀としてどうかとは思ってはいる。

 でも、もしかしたらよく行くことになるかもしれない家を見れるのも、千夏と過ごせるのも魅力的でこうして来てしまったのだった。


「実際さ、ハジメ、結構うちでも料理してくれるじゃん? なんならお母さんとうちよりもキッチンを使いこなしている感」


「……そうなのよねぇ、キッチンはハジメくんの意見も聞かないとね」


「いやいやそんな、それに涼夏さんだって料理上手いじゃないですか」


 でも、そんな心の片隅の遠慮など不要とでも言うように僕が共にいるのが当たり前にのような会話をしながら、母娘揃って複雑そうな目で見てくるのに笑ってそう言うと。


「へぇ、ハジメはそこでうちの名前は出してくれないんだ、拗ねちゃうからね」


「ええ? いやいやそんなつもりじゃなくてさ……」


「あはは、うそうそ、そんな変な拗ね方しないって。いつも本当にありがとね。うちもちゃんと、ハジメが好きなものでレパートリー増やすから!」


「…………あんた達、本当に隙あらば甘い空気出すわね。まぁ円満なのはいい事なんだけど。そしてそろそろ到着するわよ。確か担当の方が待ってくれてるって言っていたのだけど」


 そんな風に千夏との会話を涼夏さんに呆れられながらも歩いて訪れたのは、駅からほど近いマンションだった。



 ◇◆



「では、このお部屋は退去済になりますので、ご自由に御覧ください。ご案内が必要な場合はお声掛け頂けたらと思います」


 不動産会社の若い女性の営業さんがそう言って鍵を開けてブレーカーを上げてくれて、僕らは部屋に入る。クリーニングの入った後の香りがふわりと鼻をくすぐった。


「へぇ、結構綺麗だね、2LDKなんだっけ?」


「ええ、そうよ。流石にハジメくんの部屋は無いから千夏の部屋でお願いね」


「ちょっとお母さん?」


「あはは……」


 少しだけ不動産の方に怪訝な目で見られたものの、笑顔でスルーしつつ、せっかくだからと僕も間取りなどを見ていく。

 ネットで教えてもらったものは見たけれど、そもそも家具も何もない部屋というものに入るのは始めてのことだった。

 涼夏さんが不動産のお姉さんに元々考えていたのであろう質問を始めるのを横に、僕と千夏は物珍しさにそれぞれ見ていく。


「ねね、もしも二人で住むことになったら、こうして家を見るのかな? あ、でも今のお家もあるしねぇ」


「どうだろう、確かにイメージできないなぁ」


「だよね。まぁ将来考えたら良いかぁ」


 そんな事を普通に会話しながらの内見は結構楽しくて。


 ~


「日当たりは凄い良さそう!」


「そうだね、収納だけ少し少なめかな?」


「あ、確かにそうかもしれない。んー、収納はお母さんと二人とはいっても服があるからなぁ」


「うちにも置いていいけど全部が全部そういうわけにもいかないしね」


 奥の部屋のベランダは中々のものだけど収納がとても小さいことに悩んだり。


 ~


「コンロはIHが二口なんだね、流しも少し小さめ?」


「確かに、そしてちょっとだけ低いかも?」


「うむむ、うちはちょうどだけど……ハジメの方が正直使いそうだしなぁ」


「ふふ、美味しそうに食べてくれる人がいるからこそだね」


 キッチンで少しそんな風に笑い合ったり。


 ~


「お風呂は広いんだね、二人でも入れそう」


「え?」


「あ、いや、そういう意味じゃなくてさ……」


「別にうちはいいけど?」


「……もう、からかわないでよ。でもちょっと僕もしてみたいと思う気持ちがあることを白状します」


「ふふ、よろしい」


 何気ない一言からちょっとお互い顔を赤くしてみたり。


 ~


「…………貴方たち、そろそろ二人の世界から戻ってきてくれるかしら?」


 そう涼夏さんの呆れたような声がかかるまで、僕らは始めての部屋の探索にはしゃいでいたのだった。



◇◆



「お母さん、結局どうするの?」


「そうねぇ、あくまでネットでいいなって思ったのが今日ならすぐにって言われてだったんだけど、ちょっと迷いどころよね」


 帰り道、千夏と涼夏さんがそう話しているのを聞きながら、僕もまた少しキッチンが使いづらそうかなと考えたりしてしまっている自分に苦笑する。

 でも、来るときと同じように、二人は僕の方を向いて当たり前のように聞くのだ。


「どう思った?」


 僕はその当たり前のおかげでいつもほっとさせられてしまう。

 …………家族のように一緒に過ごせるのもとても嬉しくて、僕はいつもこうして好意に甘えてしまうのだ。


「そうですね、駅から近いのは―――――」


 だから、僕も当たり前の中にきちんと感謝を入れて、笑顔で話す。



 これはある何気ない僕らの一日の一コマ。












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作者あとがき


ふたぼくのSSでKAC企画に参加してみました。

まだの方は、本編も後日譚も、よければ書籍もよろしくお願いします。

また今後、告知などもしていけたらいいなと思っております、

花粉が、本当に花粉がしんどい今日このごろですが、皆様も体調にお気をつけくださいませ。

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