神様のご内見

飯田太朗

此度の引越しに伴い。

「本日はよろしくお願いします」

 不動産屋は恭しく私に頭を下げる。私はなるべく丁寧に返答する。

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

 上司から紹介された不動産屋だからあまり迂闊な真似はできない。だがもとより丁寧な物腰で大変好感が持てる人だった。そもそも「不動産屋って……?」という状態だった私に「世界をより住みやすく調整するお仕事でございます」とお洒落に返してきた彼は上司が勧めるだけあってなかなかの凄腕らしかった。「とても良い案内人だ」不動産屋の理知的な顔を見る度、私は上司のそんな言葉を思い出す。

「早速ですが、栗野台くりのだいという新興住宅地に作られる予定の物件に行きましょうか」

 待ち合わせ場所となった私鉄駅脇に設置された小さな鳥居の前。人通りも多いからすぐに移動したかったのだろう。不動産屋は帽子をとってペコリと頭を下げ、歩き出した。私もその後に続く。

「山を切り開いて作られた住宅地ですが、そもそもその山はかの大山津見神おおやまつのかみ様の所有でした」

「おお、あの……」

 大先輩である。

「ですが大山津見神様も人間たちの神祭の減少に伴い少々不景気でして」

「はぁ」

 世知辛い話である。

「財産の整理を行うついでに、後輩の育成を行えたらということでわたくしどもにご相談を」

 そしてその話を上司が、新米神である私に持ってきてくれた、という次第のようだ。

 私は高天原たかまがはらの学舎で炭焼と稲作を専攻していた。狩猟や農作に関与する分野ということもあり、大山津見神様の管轄領域と近い。きっと私の上司、天照大御神様もそこを見込んで私にこの案件を紹介してくれたのだろう。

「ここから『バス』と呼ばれる乗合車になります。ご利用になられたことは?」

「ない」

「でしたらいい経験になりますよ。この住宅地に住む人間は皆この車を使います。交通安全もご利益として掲げれば、信奉者も増えるかと」

 道中の安全を守るのは確か猿田彦大神さるたひこおおかみ様だったか。今度仕事を教えてもらえないか頼みに行くのもよいかもしれない。

 さて、そんなバスに揺られて少し。

 栗野台と呼ばれる地に着いた。そこはまぁ、なかなかの……。

「荒れた土地だな。だが土は肥沃だ。龍神様がお怒りになられたのか」

「さすがのご高覧です」

 不動産屋は頭を下げた。

寛平かんぴょう六年の春にお怒りになられました。人間たちが少々土地を耕しすぎたことにご立腹なされたようです。川を駆け抜け、この辺り一帯を飲み込まれていきました」

「多く死んだだろう」

「ご明察の通りで」

 もしかしたら、ここに暮らすということはそうした亡き者たちの慰めも行わねばならないかもしれない。うーむ。死者とのやり取りは苦手な分野の一つだったが……。

 しかしいい土地だ。山の傍で高台になっていることもあり太陽が……我が上司との距離が近い。困った時はお力を頼りやすいだろう。もっとも、私も神として早く独り立ちしなければならないのだが。

「この辺りは柿が名産でございます」

 周囲を見渡す。なるほど年季の入った木が多い。柿と言えば「嘉喜」とも呼ばれ長寿の食べ物として縁起がいいとされる。

「延命長寿も願われそうだな」

「いえ、新興住宅地というだけあって高齢者は少ないです。子育て世代が多いですね」

 なるほど。

「安産祈願や七五三なんかの行事で人間が来ることが予想されます。なので……」

 と、いよいよ今回内見する物件へ。

 神社建設予定地。不動産屋は、社の裏に作られた開けた土地を示す。

「大きめの駐車場を作る予定です。子連れは車移動が必須ですからね」

「やはり道中安全、交通安全が願われるか」

「切り離せない仕事かと」

 ふーむ。

 慣れない仕事に取り掛かることになりそうとは言え、天照大御神様とこの距離感。きっとお助けも願えるだろう。

 そもそも各地の神社の助っ人として願いを叶えるアルバイトを始めて早五年。そろそろ正式に採用されたいと考えていた。これはもしかしたら好機やもしれん。

「よし」

 私は膝を打った。

「ここに鎮座するとしよう。ありがとう。えーっと」

 私は不動産屋の名前を思い出そうとした。目の前の彼は異国の地出身ということでややこしい名前だったと記憶するのだが……。

 と、私の当惑を感じてくれたのか、不動産屋が頭を下げる。

「わたくしの名前ですか? わたくしはゲハイネスボルト・シュンペーター……いえ、ここは日本ですからね。名園なぞの舜平太しゅんぺいたとお覚えください」

「うむ。ならば……」

 私は厳かに頷く。

「良い仕事であったぞ。舜平太」


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神様のご内見 飯田太朗 @taroIda

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