吸血鬼、内見す
天白あおい
深夜の内見
日付も変わろうかと言う頃、とある家に前に2人の男が訪れていた。1人は少しよれたスーツを纏った、中肉中背の平均的身長である男。職業は不動産屋で、独身だ。もう1人は身長180cmあたりだがパーカーからのぞく腕は白く細い。日本語話せるがどこか怪しげな雰囲気を放っていた。だが不動産屋はそのようなことに気にした様子もなく、鍵を開けた。金さえ払ってくれれば客である。妻にも逃げられた今、客を選べるような余裕はなかった。
「こちらがですね、お客さんの仰っていた条件にピッタリだと思うのですが。さあこちらで履き物を変えていただいて」
男は無言で頷く。部屋の中は真っ暗だった。それもそうだ。この部屋には窓がないし、そもそも今は深夜なのだから。このような不気味な部屋に住もうとするのは、オカルトマニアぐらいなもんだと思っていたが。
部屋の電気をつけ、簡単に説明する。といってもそこまで広くない部屋なのでそう時間はかからないとは思っていたが、その予想は外れた。男がこれでもかと入念に調べるからだ。特に洗面台の下の銀色のパイプなどを。鉄製だと説明したが、聞いているようには見えなかった。そして全て見終え、リビングへと戻って来た。
「どうでしたか。ご希望に添えましたでしょうか。何かご不満があればお聞きしますが、ここ以外にお客様のご希望に添える物件は取り扱っていませんでして」
不動産は下から申し訳なさそうに男に尋ねた。
「いや、大丈夫だ。ただ、本当に十字のものも、銀せい品も、近くにニンニクを取りあつかった店もないのだな?」
その冷たい声に少し身を震わせながなも真摯に応える。
「勿論ですとも。ここは主要駅から徒歩30分以上離れておりますし、このような路地裏に店などございません。もちろん銀製品は一切使っていませんし、ほら見てください」
そう言ってキッチンへ移動し、IHの火力調節ボタンを指差す。流石にそこまで見ていなかったのか、男は驚くのと同時に怒りか怯えか、
「きさま……」
と不動産の胸ぐらを掴みにかかろうとするが、それより先に不動産屋は口を開いた。
「お客さん、よく見てください。ほら、これアルファベットのxが少し傾いているんですよ」
「そ、そうか。ならよかった。すまない、早とちりしてしまったようだ」
「大丈夫ですよ。慣れていますんで」
客は選べない以上今まで何度かそういうことはあった。
「で、お客さんどうされます? お気に召しましたのでしたらこの場で契約し、即刻使用も可能ですが」
「おねがいする」
「それではですね……」
陰湿な部屋だが、不動産屋の気分は明るかった。売れるはずのないと思っていた部屋が値下げすることなく売れたのだから。
「いやねえ、この家が売れてくれて良かったですよ。お客さんには感謝しないとですね。にしても変わった家ですよね。窓もないですし、プラスがxに変わっていますし。前の住んでいた方の趣味でしょうが、まさか今日売れるとは」
気分がいいと口が軽くなる。
「前に住んでいた人はどうなった?」
男が怪訝な顔で尋ねてくるが気づかない。
「お客さんここだけの話ですよ。実はね、夜逃げですよ、夜逃げ。荷物も全部そのままに忽然と居なくなってしまったんですよ。私の担当ではなかったので詳しくは知らないですが、もともと色も白く、痩せた男であまり金を持っていないように見えたそうですが。もう、担当者は大慌て。すぐに部屋の中を調べましたが特に変わったところもなく。あ、いや一つだけあったかな。なぜかリビングの床に灰がばら撒かれていとかなんとか」
吸血鬼、内見す 天白あおい @fuka_amane
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