内見に行ったら案内人が恋人だったときのお話

綾乃姫音真

内見に行ったら案内人が恋人だったときのお話

 地元から電車で3駅。大学を出て就職するのを機に家を出るために部屋探しをしている私は、不動産屋さんに案内されて内見に訪れていた。


「ここの2階ですね」


「なるほど」


 書類から顔を上げた六歌りっかちゃんの顔を眺めてしまう。顔立ち整ってるよなぁ……少し気の強いところが目元に出ているけれど、それがアクセントに感じられるほどに美人だった。昔から伸ばすのを嫌がっていた髪は肩に掛るかどうかの長さで、毛先にちょっとだけ癖あって跳ねている。


 スーツを見本のマネキンみたいに着こなして居るのも大人だと感じる。実際はわたしとひとつしか変わらないのに……。これが社会人なのかぁと思った。


一方のわたしは童顔気味で年齢より若く見られることが多い。服装も上はパーカーに下はホットパンツと。こうして並んでいると高校生くらいに見られそう……。それでいて身体の一部はしっかりと成長してしまったために、街を歩いてると男の人からの視線が鬱陶しいことが割とある。


 高校を出て大学に進学したわたしと、親が経営する不動産屋で働いている六歌ちゃん。小学生の頃は逆に歳下のわたしがお姉さん扱いされることが多かったのにすっかり逆転しちゃったなぁ……。


「あの……アパートを見てください」


「敬語疲れない?」


 私の言葉に顔を顰める六歌ちゃん。数秒の間を置いて、これみよがしにため息をつかれた。


「幼馴染がお客さんってやりづらいんだけど」


「幼馴染?」


 え……ショック……違うじゃん……。


「……彼女。これでいい?」


 そうなのだ。わたしと六歌ちゃん、実は1年程前から正式にお付き合いをしている。というか、このアパートもぶっちゃけ2人暮らしする気満々だったりする。


「案内が六歌ちゃんなんて思ってないよ……おじさんに『良いアパートないですか』って聞いただけだよ、わたし」


「そしたら丁度いい部屋が空いてて、あたしが案内と説明を頼まれたと……まぁいいわ。さっさと中を見ましょ」


 歩き出した六歌ちゃんの後を追っていく。件のアパートは木造2階建て。建物の1階真ん中に玄関が4つ並んでいる建物だった。要するに、1階と2階にそれぞれ2世帯ずつ入れると。築10年くらいで家賃は6万円。それで2LDKと。


 六歌ちゃんが鍵を差し込んで開けたのは1番右側の玄関だった。中に入るとすぐに階段が――というか、階段しかない。しいて言えば、花瓶を置くスペースくらいはあるかな? 階段の右側の壁は収納になっているのか、取っ手がついていた。


「結構綺麗だね」


 階段から続くドアを抜けてすぐにドアがふたつ。たぶんお風呂とトイレ。リビングは南向きで、キッチンも使いやすそうだった。


 そしてリビングの右側には部屋に続くドアが並んでいる。試しに手前側を開けてみると、シンプルな8畳の洋間だった。前もって見た間取り図だと、もうひとつの部屋も同じ。ただ片方はベランダに出られないんだよね……。ベランダに繋がるのは、リビングと南側の部屋だけだ。


「そうね。家賃もウチで扱ってる物件と、この周辺の相場で考えると至って普通」


「ところで六歌ちゃん。おじさんに2人暮らしするって言った?」


「言う訳ないでしょ」


「だよね……」


「まぁ言いたいことはわかるけど。この物件だけど、どう考えても誰かと一緒に住むと思って勧めてるわよね……」


「あはは……」


 揃って苦笑するしかない。どうやらバレバレらしい。


「ちなみにだけど沙苗」


「なに」


「前ここに住んでたカップルも女性同士だったらしいわ」


「へぇ、それで?」


 六歌ちゃんがただそれだけで話題にするとは思えない。絶対にまだなにかあるはず。良いことか悪いことかは半々くらいの確率だ。


「引っ越してきて1ヶ月で別れたらしいわ」


「……」


「彼女の浮気だって」


「……他の物件に案内して」


 おじさん! それを知ってて紹介した!? 好感度だだ下がりなんだけど! 


「あたしたちの場合、彼女ってどっちなのかしらね?」


 いや、客観的に見たらわたしが彼女扱いされることが多い気がするんだけど? 六歌ちゃんは背も高いし、雰囲気も大人っぽい。頼り甲斐あるタイプだから高確率で彼氏扱いされると思う!


 って六歌ちゃん、口元がニヤけてるし、わかって言ってるよね!? けど、外ではの話だよ? わたしには反撃のネタあるんだから!


「六歌ちゃんじゃないの? ベッドの中だと可愛いよね? わたしの胸に顔を埋めて甘えてくるし」


「んな!? それは関係ないでしょ! あんただってあたしに抱っこされるの好きじゃないのよ!」


「いや違うよね! 六歌ちゃんが抱っこするの好きなんでしょ!? 必ず匂いを嗅いでくるしおっぱい揉んでくるしで恥ずかしいんだから!」


 匂いフェチの恋人を持つとほんと大変なんだからね!


「あたしより歳下で背も小さいくせに胸だけ大きいのがムカつくのよ!」


 思いっきり本音が出てるって!


「それを言うなら六歌ちゃんの身長を少し分けてよ! おっぱいあげるから! 5センチずつトレードでどう!?」


「……」


「……」


 好き勝手言い合って睨み合う私たち。このまま喧嘩別れ――なんてこともなく、普通に間取り図を含む参考書類を差し出してくる六歌ちゃん。どれどれ? 気になるのは……


「それでお風呂場の機能はどうなの?」


「追い焚き機能もあるし、水回りもキレイよ。トイレも温水洗浄機能付き」


 ふむふむ。キッチン周りは主に六歌ちゃんの担当だからわたしは確認する必要なしと……あとは収納をチェックかな。わたしも六歌ちゃんもモノが多いタイプだから、そこが少ないと大変なことになる。


 取り敢えずリビングからベランダの無い方の洋間に移動する。たぶんベランダ側の部屋が寝室になるから、リビングとこっちが主な生活スペースになるはず。


「うん、間取り図で見るよりも収納量が多そう」


「誰かさんがフィギュア持ち込むだろうからねぇ」


 果たしてぬいぐるみとフィギュアならどっちが場所を取るんだか。ツッコんでも相打ちで終わりそうだから口には出さないけど。


 次に寝室候補の部屋に移動する。


「寝室は一緒にしちゃう?」


「ベッドで仲直りする関係で、あたしたち毎日一緒に寝てるからね」


 言い方を変えると、毎日喧嘩してるとも言う。もちろん、奇跡的に喧嘩しなかった日もあるけどその場合も同じベッドで寝てるというね……。


 ちなみに喧嘩でヒートアップするとお互いのコンプレックスをイジったり、黒歴史を嫌がらせのようにネタにするけど……よく毎日のように喧嘩できるなと自分でも思う。きっと六歌ちゃんも思ってるはず。


「つまり今日もわたしの部屋に転がり込んでくるんだ?」


「あたしのベッドだとシングルで狭いの知ってるでしょ? 沙苗のベッドはセミダブルだから女ふたりで問題ないし」


 冬場は抱き枕にされても構わないけどさ……夏場はお互い汗かくから結構困るよね……いや、汗が汚いとかじゃなくて、汗の匂いでテンション上がる恋人がクンカクンカしてくるから。


 ま、まぁ……わたしも六歌ちゃんの汗の匂いは嫌いじゃないけど? でも足の匂い嗅ぐのは本気で勘弁して欲しい。


「……否定しないんだね」


「だって行かないと沙苗泣くじゃん」


「六歌ちゃんじゃないし泣かないよ!?」


「あたしが泣くみたいな言い方やめてくれない?」


「わたしが卒論で忙しいときに泣きながら電話してきたのは誰だっけ?」


「あれは! ち、違うのよ……ただ、寂しかっただけで……」


「そこで素直になるのずるくない?」


 こういうところが可愛いんだけどさぁ……。


「お風呂も確認しましょ」


 都合が悪くなるとすぐ話題を変えるのどうかと思うなぁ――いだっ!? なんかブーメランに当たった気がする……。


「へぇー、浴室が思ったより広いね」


「沙苗の家と同じか、若干広い? 湯船は同じかな? 洗面所は狭いわね」


 わたしの家と比べてることにツッコミを入れるべきなのか悩むなぁ。


「またわたしの入浴中に乱入してくるつもり?」


 裸を見られること自体は今更――もっと恥ずかしい姿を散々見せ合ってる関係――だしどうでもいいんだけど、貴重なリラックスタイムを削られちゃうのがね……わたしの恋人はベッド以外だと積極的だから……。下手すると、お風呂で疲労度が増すことすらあり得るのが難点だった。


「ベッドに乱入してくる沙苗には言われたくない」


「いや、わたしの部屋のわたしのベッドに入り込んで文句言われる筋合いないんだけど?」


 何故か部屋の主より先に転がってる人間が居るだけで。


「それで契約どうする? 一応、他にも2箇所くらい候補あるけど」


「六歌ちゃん的にはどこがオススメ?」


「ここ」


 だと思った。だからこそ六歌ちゃんも今日ここを案内してくれてるんだろうし。ん? 案内か? 六歌ちゃんも内見する側だよね? と疑問に思ってしまったのは内緒だ。六歌ちゃんはお仕事中な訳で。


 お客さんのわたしと怒鳴り合ってたのは気にしない。逆の立場でも同じことになること間違いないし。


「わたしはここでいいよ」


「なら決定ね」


 そう言って渡して来た契約書には、わたしの名前が既に記入されていた。どうやら最初からここに決まると思っていたらしい。流石、わたしの彼女だ。


 ふとご褒美をあげたくなった。


「六歌ちゃん」


「なに?」


 わたしが名前を呼んだことで、顔をこちらに向けてくる。手元の書類を一緒に見ていた関係で俯きがちだったから、背伸びすれば簡単に届いてしまう。


「お仕事ご苦労さま――ちゅっ」


 六歌ちゃん……相変わらず唇柔らかいなぁ。


「んっ――あのね沙苗? あたし仕事中なんだけど」


 避けなかったくせに。それにわたしが名前を呼んだ時点でキスするつもりだってわかってたよね?


「何度キスしても赤くなる六歌ちゃん好きだよ。可愛いもん」


「この――」


 当然、こんなことを言えば六歌ちゃんの性格的に反撃せずにいられない訳で――


「んきゃっ!?」


 ――素早くわたしの背後に回った六歌ちゃんに思いっきり鷲掴みにされた。両手で、双丘を。


「相変わらずおっきいわね。正直羨ましいわ、Fカップ」


 ここで素直に揉まずに、膨らみを下から持ち上げてコンプレックスを煽ってくるのは性格の悪いところが出てると思うんだ。ねえ六歌ちゃん?

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