仲良し?兄弟漂流記Ⅲ

舞波風季 まいなみふうき

第1話 完成した家

 妹の璃々香りりかにせがまれて、三分を百倍に引き伸ばした三百分、つまりは実質五時間で俺は家を造った。

 家を造ったと言っても実際出来上がったのは、壁と屋根があって、とりあえずは多少の雨風ならしのげるといった程度の掘っ立て小屋だ。

 時間にすれば三分とはいえ、五時間走り続けたのと同様の運動量があったことは間違いなかったようで、疲労ひろう困憊こんぱいしてしまった俺は、いつの間にか泉のそばの芝に寝転んで眠ってしまっていた。

 そんな俺の目を覚まさせたのは、


 たったったっ……


 という軽やかな足音だ。

(……ん……璃々香か……?)

 半分寝ぼけながらそんなことを思った俺のそばで足音が止まった。


「お兄ちゃん、起きて!」

 璃々香の甲高かんだかい声が上から聞こえた。

「ん……なんだよ……」

 寝ぼけまなこをこすりながら俺が言うと、

「お兄ちゃん、住宅の内見だよ」

「ふぁ……?」

 想定の斜め上を行く璃々香の答えに、俺は間抜けな声を出してしまった。


「今……なんて言った?」

 改めて璃々香に問うと、

「住宅の内見」

「住宅って……この掘っ立て小屋のことか?」

「そうだよ」

「で、お前が内見するのか?」

「違うよ」

「じゃ、誰がするんだよ」

「この人たちだよ」

 そう言いながら璃々香は肩越しに後ろを見た。


 俺は半身を起こして璃々香の後ろを見た。

 璃々香の後ろには二人の女性がいて、

「初めまして」

 と、背の高い方の女性が挨拶あいさつをしてきた。

 俺は慌てて立ち上がり、

「ど、どうも……」

 と、しどろもどろな挨拶を返した。


「この人たち、ついさっきこの島に漂着ひょうちゃくしたらしいの」

 と、璃々香が説明した。どうやら泉の精霊が教えてくれたらしい。

「でね、私が迎えに行ったんだけど、ちょうど家もできたとこだから一緒に住もうかってなったの」

 俺が寝ている間に色々話が進んでいたようだ。


「じゃ、どうぞ、中に入って」

 と、璃々香は俺の意向を聞いてみようとはつゆほども思わないようで、二人の女性を掘っ立て小屋の中へと引き入れた。

「おい……」

 仕方なく俺も立ち上がって、小屋の入り口から中をのぞいた。


「どう?」

 璃々香が二人の女性に聞いていた。

「そうね、広くはないけれど……」

寝泊ねとまりするには十分かしら」

 二人の女性が答えた。

 二人はどことなく似ているように見える。

 姉妹なのかもしれない。


「でしょ?なんとか三人は寝られると思うんだよね」

 璃々香が言った。 

 三人?四人だろ?

「ええと、璃々香……?」

 俺がそのへんを指摘しようと口を開いたら、

「じゃあ、お兄ちゃん、そういうことだから」

「……て、どういうことだよ」

「この家は私達三人で使うから、お兄ちゃんは別の所に行って」

「別の所って……」

 俺は異議を唱えようとしたが、璃々香は二人と家具をどうする、寝具はどうしようなどと話を始めて、俺のことなどお構いなしになってしまった。


「はぁー……」

 まあ、いつものことだ。のんびりと自分用の住処すみかを造るとしよう。

 俺の肩に手がせられた。振り返ると泉の精霊が穏やかに微笑ほほえみながら立っていた。

「われも手伝おう」

「ありがとうございます……」


(まあ……陽気はいいから焦らなくてもいいだろう)

 泉の精霊からちょうどいい材料がれそうな場所を教えてもらい、俺は資材集めを始めた。

 泉から森へ少し奥に入ったところに行くと、葉が大きな植物が群生ぐんせいしていた。

 そのうちの一枚を採ってみると、

(……!)

 大きさの割には随分と軽く、ふわりとして柔らかかった。

(何枚か重ねれば毛布みたいに使えそうだな)

 五、六枚採ったところで、

(璃々香達用にも採っていくか……)

 そう思って、とりあえずは持てるだけ採って掘っ立て小屋に戻った。


 小屋に戻ると、璃々香達は小屋の前の芝に座って賑やかに話をしていた。

 さっき見たときも思ったが、改めて新しく漂着した二人の女性を見ると、中々の、というよりかなりの美人だった。

「あ、お兄ちゃん、おかえ……り……」

 立ち上がって俺を迎えようとした璃々香の動きが止まった。

「なに、ジロジロ見てるの、お兄ちゃん」

 目をキッとさせて璃々香が言った。

「ん、何をだ?」

「今、お姉さんたちをジロジロ見てたでしょ」

「別にジロジロなんて見てないぞ」

「見てた!」

「いや、普通に見ただけだろ」

「それがジロジロなの!」

 一体どういう理屈でそうなるんだ……。


「それで?」

 璃々香がたたけてきた。

「それでって、なんだよ」

「どう思ったの?」

「どうって……綺麗な女性だなぁと」 

「ほら!」

「何がほらだよ」

 そういう俺の反論を無視して、

「ね、ウチのお兄ちゃんって、スケベで変態で鬼畜なの!」

「おぉおおおおーーーーい!」

 俺は持っていた大きな葉の束を放り投げて璃々香の暴走を止めに入った。

「「あははは……」」

 二人の女性は仕方なさそうに愛想笑いをしている。


「一体お前は何を根拠にそんなことを」

 俺が問いただすと、

「だって、お兄ちゃん、ベッドの下にたくさんエッチな……モガモガ……」

 俺はを口にしようとした璃々香の口を必死にふさいだ。

「すみません、ウチの妹はありもしないことを言う癖がありまして……」

 俺は精一杯の愛想笑いで言いつくろおう……いや誤解を解こうとした。


 その隙に璃々香は口を塞いでいた俺の手から逃れ、

「ぷはぁーー嘘じゃないもん!この前お母さんと一緒にお兄ちゃんの部屋を掃除した時に……」

 頼んでもいないのに、いつの間にそんなことを。

「わ、わかったわかった!もう何も言うな」

「それじゃ認めるの?」

「え?」

「お兄ちゃんが、スケベで変態で……」

 と、口を尖らせて言う璃々香を、

「まあまあ」

 と、背の高い方のお姉さんがなだめてくれた。


「男の子なんだから、そういうものに興味があるのは普通じゃないかしら」

 と、お姉さんはすべてわかってるわよ的な余裕のみを俺に向けながら言った。

(う……それはそれで微妙だ)

 とはいえ、お姉さんのしで璃々香の機嫌も少し落ち着いたようで、

「ふん……」

 と小さく言ってそっぽを向いた。


「はぁーー……」

 毎度のごとく俺はため息をついて、さっき放り投げた大きな葉っぱをき集めた。

「この葉っぱ、大きくて柔らかいから毛布みたいに使えそうだぞ」

 そう言いながら俺は、小屋の入り口から葉っぱの束を中に入れた。


(あとは自分の寝床をなんとかしなきゃか……)

 俺は、さっきの場所に戻って、毛布用の葉っぱや、他にも使えそうなものがないか物色した。


 やがて日も陰ってきたので小屋に戻ると、璃々香達が小屋の前で焚き火をしていた。

 焚き火では串に刺した何かを焼いているようだった。

「ふむ、帰ってきたか」

 そばで立って見ていた泉の精霊が、俺に気づいて言った。

「はい。火を起こせるんですね」

「うむ、火の精霊というものもいるからな。われが頼めばやってくれる」

 なるほど、それはかなり助かる。いずれ風呂を炊いたりもできそうだ。


 俺は焚き火から少し離れたところに、採ってきた葉っぱで超簡易式の寝床を作って寝転んだ。

(腹が減ったな……)

 今日は昼に璃々香が採ってきてくれた果物を食べただけだ。

(とりあえず今夜はこのまま寝て、明日なにか探すか……)

 腹も減っていたが、かなり眠くもあった。


 うとうとし始めた頃、直ぐそばに誰かが来たような気がして目を開けた。

 寝転がる俺の横に璃々香が体育座りをしていた。

「……どうした?」

 俺が聞くと、

「……これ」

 璃々香は手にしていた物を差し出した。

 俺は半身を起こして、璃々香が差し出した物を受け取った。

 さっき焚き火で焼いていた何かのようだ。

「これはなんなんだ?」

 俺が聞くと、

「お芋の一種だって」

 璃々香が答えた。

「芋か」

「うん、私が焼いたんだよ」

 璃々香の声には心持ち誇らしげな響きがあった。

「串に刺して焚き火の上に置いただけだろ」

「ああーー分かってないなーーお兄ちゃんは!」

 と、プンスカな璃々香。

「ははは、わりわりい」

 そう言って俺は芋の串焼きにかぶりついた。

 それは思っていた以上に甘く、軽く塩が振られているようだった。

美味うまいな、これ」

「でしょっ!」


 既に日は沈みかけて、空の端に紅く細い名残なごりを残すだけとなっていた。

 そんな中、かすかな残照と焚き火のほのかなあかりが照らし出す璃々香の笑顔がくっきりと浮かんで見えた。

 そんな笑顔をやや曇らせて、

「さっきは、言い過ぎちゃった……」

 と、璃々香が言った。

「ああ……それにしても鬼畜なんて言葉どこから出てきたんだよ」

「それは……友達のお兄ちゃんがそういうのを持ってるのを見たって聞いたから……」

「俺もそうだろうってか?」

「うん……」

 友達同士でそんな話をしてるのか。女子高生恐るべし!


「はぁ……まあ、スケベなのは否定しないがな」

「しないの!?」

 急に元気になって璃々香が言った。

(やべえ……墓穴掘ったか……!)

「じゃあ、変態も認めるんだね!」

「いやいや、なんでそうなる」

「そかぁ、お兄ちゃんは鬼畜じゃないけどスケベで変態なんだねぇ」

 そう言いながら、早くも立ち上がり焚き火の方へ走って行きながら、

「ねえねえ、ウチのお兄ちゃんがねぇ……」

 と、なにが面白いのか、嬉々としてお姉さんたちに盛りに盛った俺の話を始めた。


 自分の兄がスケベで変態なのがそんなに嬉しいのか?

(まあ、お姉さん達と話す璃々香は心から楽しんでいるようだし……良しとするか)


 なんて思い始めてる俺もどうかしてるなと思いつつ、俺は璃々香が焼いてくれた芋の串焼きにかぶりついた。

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