第29話 卒業アルバム
一人残された僕は卒業アルバムが並べられた本棚からアルバムを一冊取り出した。二十四年前の卒業生、四十二歳と言っていた須藤先生の代だ。
髪型こそ今の短髪とは違い坊主だが、しっかり日焼けした彫りの深めな顔は今とこの頃も変わらず、すぐに見つけることができた。でも目的は須藤先生ではない。
僕は次に須藤先生よりも一つ上の代のアルバムを手に取る。クラスごとの生徒の顔写真が載っているページを一クラスずつ確認していく。この頃は生徒数も今より多く、四十人学級が十クラスあったようだ。
【三春さくら】名前欄にこう書かれている女子生徒の顔写真を見ると、心さんよりも少しだけ吊り目気味できつそうな印象を受けるが、心さんと同じくらい美人だった。四十人の生徒の中でも際立っている。この人が心さんのお母さんだ。
次に部活動の様子を収めた写真を見る。後輩の須藤先生が面倒を見てもらったと言っていたから、もしかすると野球部のマネージャーでもやっていたのかもしれないと思った。案の定野球部の集合写真の中にさくらさんの姿があった。集合写真は三年生だけなのか当時二年生の須藤先生の姿はなかったが他の写真では見つけることができた。
その写真はキャッチャーの防具を着けて立ち、マスクだけ外して笑顔を見せる須藤先生とその隣でボールを右手に握って前に突き出し、同じように笑顔を見せる端正な顔立ちの男子生徒、そしてその間でしゃがんだ姿勢で両手でピースをしながら笑顔を見せるさくらさんが写っていた。
西高野球部はその歴史の中で何度も甲子園に出場しているがそれは高校の数が少なかった昔の話。高校の数も増えて野球に力を入れる私立高校が台頭してからは甲子園から遠ざかり、過去三十年では唯一この世代が甲子園に出場したことがあると聞いている。須藤先生は二年生にして正捕手としてチームを支え、三年生に絶対的なエースがいたと同じクラスの野球部の男子が話していた。
須藤先生の隣に立つ男子生徒がそのエースだろう。クラスの写真から同じ顔を探すとさくらさんの隣のクラスにいて【滝真】と書かれていた。
学校生活の様子を写した他のページからもさくらさんを探してみると、さくらさんのそばには必ずと言っていいほど滝さんがいた。極めつけは文化祭の写真で、体育館のステージ上で演劇が行われている写真には王子様風の衣装に身を包み、お姫様のような恰好をしたさくらさんを抱きかかえる、いわゆるお姫様抱っこをしている滝さんが写っていた。アルバムの小さな写真でもはっきりと分かるくらい二人の顔立ちは良い。
僕が想像する二人の関係を裏付ける何かはないかと卒業文集の方を見てみた。統一して将来の夢というタイトルで一人一人の作文が載っている。
【私の将来の夢は弁護士】
【僕の将来の夢は医師】
こんな書き出しで始まった二人の作文ではその理由が書かれていて、最後に共通して同じ言葉が綴られていた。
【夢を叶えたら結婚する】
アルバムと文集を棚に戻して目を閉じた。想像できる。県内一の進学校でありながら甲子園出場が期待できるほどの実力を持っていた野球部で、勉強に部活に恋に青春を捧げていた二人。須藤先生が事情を知っているとなると、離婚した心さんの父親というのはきっと、この人だ。
もし本当にそうなら大きな手掛かりを掴んだことになる。どうにかして須藤先生にお願いしてこの人と会わせてもらおう。
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