ぼくは三分で自由研究を終わらせたい

大良端子

二学期の始業日 登校三分前

 ぼくには三分以内にやらなければならないことがあった。


 ぼくは夏休みの宿題は最終日に全部やる派だ。以前はやらない派だったんだけど、ちょっと仲良くしてるクラスメイトの子――本当にちょっと仲良くしているだけで別に特別な感情は抱いていないし、他のクラスメイトには付き合ってるだとか言われてからかわれるけど全然そんなことはないから本当に困った話だ――が宿題をちゃんとやるような真面目な人が好きだと小耳に挟んだので、その子の好きなタイプとかはまあどうでもいいんだけど、でもなんとなく最終日に全部やる派に鞍替えした。


 今日は二学期の始業日。登校三分前だというのに自由研究が白紙の状態だ。これは非常にまずい。その子に呆れられてしまう。別にその子に呆れられても全然問題はないんだけど、宿題やる派に変わったのに全部終わってないのはかっこ悪いからね。

 それにぼくのクラスの先生は夏休みの宿題はやって当然だという危険な思想を持っている先生なので、自由研究が提出できないと確実に怒られるだろう。怒られるのはもちろん避けたい。

 だからどうにかして自由研究を完成させねばならない。

 こんな時に頼りになるのは、やっぱり近所に住む全知全能全身全霊博士、通称全全全全ぜんぜんぜんぜ博士だろう。

 ぼくはランドセルの中に自由研究以外の宿題が全部入っていることを確認して、全全全全博士の家に向かった。


「全全全全博士~!」

「おや、君は近所でたまに見かける小学生の……名前はなんと言ったかね?」

「そんなことより大変だよ! 今日から二学期が始まるうえにあと三分で登校しなきゃなのにまだ夏休みの宿題の自由研究が手つかずで研究テーマすら決まってないんだ! 助けて博士!!」

「なるほどのう」

「何か良さそうなテーマはない!?」

「そうじゃな……なら『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』というのはどうじゃ?」

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ?」

「うむ」

 ぼくにはまるで理解できそうにないテーマだ。

「ぼく、そんな難しそうなテーマをレポートにまとめられる自信がないよ」

「わしが手伝うのじゃから心配ご無用。それにレポートは万物出力マシーンが自動で出力してくれる」

「すごいや! それなら安心だね!」

「そうじゃろう。何故ならわしは、全知全能全身全霊博士じゃからな!」

 全全全全博士は、いつも公園で練習している全知全能全身全霊ポーズを決めた。すごい。かっこいい。ぼくもこんな大人になりたい。

 博士は本当に頼りになる。博士とはこれまで挨拶くらいしか交わしたことがないし、周りの大人たちには博士にあまり近寄らないように言われていたけど、勇気を出して訪ねてみてよかった。


「それで、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを研究するにはどうすればいいの?」

「実はちょうどその研究を進めておるところでな。これを見てごらん」

 博士はぼくにタブレット端末を渡し、十秒ほどの映像を流した。


 まず荒野を走っているバッファローの群れが大映しになる。バッファローの群れが走った跡に亀裂が走ったと思った瞬間、地球全体を映した映像に変わり、瞬く間に地球が消滅した。次に視点は太陽系全体が映せる位置に移る。地球に近い星から順に次々消滅し、最後には何もなくなった。そしてまた荒野を走っているバッファローの群れが映された。ループ映像なのかな。


「この映像は何?」

「万物出力マシーンで出力した異世界の中に、太陽系と全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを出力した実験映像じゃ。実際にはこれは一ナノ秒の映像で、今君に見せたのは超スロー再生で百億倍の長さにしたものじゃ。この実験は現在進行系で行われており、太陽系とバッファローの群れの出力を何度も繰り返してデータを取っておるんじゃよ」

「でもこんな映像じゃ何が起こっているのかわからないよ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが全てを破壊しながら突き進んでいることは辛うじてわかるけど、それだって実際に観測できたわけじゃないし」

「わしが観測に成功しているから問題ない。それに、他にもわかっていることがあるぞ」

「ほんと!?」

「うむ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、全てを破壊し尽くして何もなくなった後はバッファロー同士で攻撃し合い、同族すらも破壊する。そして最後に一匹が残った場合は自壊を始め、後には何も残らない」

「そんなこともわかってるの!? すごいや博士! ……でもやっぱり駄目だ。それだとレポートが数行で終わっちゃって自由研究の体裁が保てないよ」

「そうじゃな」

「他の研究テーマにしよう。他には何かない?」

「待て待て少年。諦めるのはまだ早いぞ」

 そう言うと博士はポケットから小瓶を取り出した。中に何か入っている。あれは……薬?

「博士、それは何?」

「これは不老不死ニナ~ルじゃ」

「不老不死ニナ~ル!?」

「これを飲むと不老不死になる」

「そんなものまで作れるの!? すごいや博士!」

「万物出力マシーンは万物を出力することができるのじゃ」

「それで、その不老不死ニナ~ルをどうするの?」

「これを君が飲むんじゃ」

「え!?」


 どういうことだろう。小学生にして不老不死になるのは時期尚早ではないかと思うが、やぶさかではない。でもそれが自由研究と関係があるのだろうか。

「これを飲んで君があの世界に入り、間近で全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを観察するんじゃ!」

「なるほど! 不老不死になってあの世界に入れば、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに破壊されても死なないから、観察できるってわけだね!?」

「その通りじゃ」

「でも、ぼくにわかるかな。一ナノ秒なんて認識もできないし、何が起こっているか目で捉えられないよ」

「それは体感時間ユックリニナ~ルを飲めば解決できる」

「じゃあ大丈夫だね!」


 しかしぼくには懸念があった。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れにぶつかって破壊されたら、とても痛いのではないか? 痛いのは嫌だ。怒られるのと同じくらい嫌だ。一ナノ秒で何度も破壊されるのを繰り返したら、メンタルが保たないのではないか。きっと心が壊れてしまう。博士がぼくにやらせようとしているのもそれが嫌だからだろう。

 それに異世界に入った後、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに襲われながらどうやって元の世界に戻ればいいのだろう。二学期の始業に間に合わなくては意味がない。

 そこでぼくは一つ疑問を抱いた。


 どうして博士はろくな関係性もないぼくに、こんなにも協力的なのだろうか。


 ぼくが来る前からすでに研究を進めていたということは、元々はこの研究成果を自分で発表するつもりだったはずだろう。異世界まで生み出して実施されている大掛かりな研究だ。当然、自分の名義で発表したいに決まっている。


 一つ、仮説を立ててみよう。

 博士は全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ研究を進めていたが、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがあまりの速さで全てを破壊するから、遠隔からの観察では詳しいことは何もわからず、研究は頭打ちになっていた。だから博士は実地で観察する必要があると判断したが、自分でそれを実行する覚悟はなかった。博士がやろうとしている方法はあまりにもリスクが高すぎる。

 そんな時に近所の小学生が自由研究を手伝ってほしいと泣きついてくる。ぼくのことだ。博士は都合よくやってきたぼくを便利な捨て駒にして研究を進めようと考え、ぼくに協力するふりをした……。


 つまり、博士は最初からぼくに研究成果を渡すつもりなどなかったのだ。


 やっぱり博士はすごい。ぼくじゃなかったらこんな可能性は見逃していただろう。今ならまだ逃げ出しても間に合うだろうが……ただ逃げ出すのでは面白くない。ぼくの話術でなんとか切り抜けられないだろうか。

 自慢ではないが、ぼくはこの話術だけで毎年贈与税を払わなければならないほどお小遣いを荒稼ぎしている。それにこの経験を糧に書いた税についての作文は毎年コンクールで入賞している。大人が喜ぶようなことを言うのは得意だ。

 大丈夫、ぼくならできる。自信は、ある。

 ぼくは覚悟を決めた。


「博士、やっぱりぼくにはできないよ」

 しおらしい態度を装ってそう切り出した。

「そんなことはないぞ。この実験は誰にでもできる。もちろん君にも」

「そういうことじゃなくて……。ええと、この研究は博士のものでしょ? こんな異世界まで作るだなんて、ものすごく規模の大きな研究だ。でも博士はぼくにこの成果を譲ってくれようとしている。たかが小学生の自由研究のために……。でもそんなの駄目だよ! 博士はこれをぼくなんかに譲らずに自分で発表するべきだよ!」

「おお、そう言ってくれるか。ありがとう。君はいい子じゃな」

「えへへ」

 博士がぼくの頭を撫でた。

「そうじゃ! この研究の論文に協力者として君の名前を載せてあげよう。じゃからほんの少しだけ手伝って行かんか?」

 なるほど、そう来るのか。こうなっては一旦退くべきか……いや、ここで退いたら小学生らしくないな。まずは興味を示そう。

「本当!? お手伝いする! それで、ぼくは何をお手伝いすればいいのかな?」

「さっきも言った通り、不老不死ニナ~ルを飲んで、間近で全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを観察してもらいたいんじゃ」


「それは駄目だよ!!!!!!!!」

 ぼくは今日一番の大声を出した。博士を驚かせて思考を鈍らせるためだ。


「そんな大事な実験、ぼくがやっちゃ駄目だ! それは博士がやらなくちゃ、博士の研究じゃなくなっちゃうよ!」

「そんなことは」

「そんなことなくない!!!!」


 博士が何か言う前に畳み掛ける。自分の意見を通すために最も重要なことは、相手に何も言わせないことだ。


「一番大事なことは博士がやらなくちゃ! じゃなきゃ意味がないよ! これは博士の大事な研究なんでしょ!? こんな大事なところを人任せにするなんて駄目だ! 小学生のぼくでもわかるのにどうして全知全能の博士にそんな簡単なことがわからないんだよ! 何か疑問があろうものなら、その全知全能をフル活用して全身全霊体当たり! それが全知全能全身全霊博士じゃないか! そんな大事なことを人任せにする博士は全知全能全身全霊博士じゃないよ! ただの全知全能博士だよ!」

 博士の目が大きく見開いた。どうやらぼくの言葉は届いたみたいだ。


「……そうじゃな……君の言う通りじゃ。ありがとう少年、目が覚めたよ。どうやらわしは、怖気づいていたようじゃな……」

「博士、怖いの?」

「うむ……。この実験は、実験者への負担とリスクがあまりにも大きい。自分でやるには怖すぎるので、誰かに押し付けてしまおうと思っていたところにちょうど君がやってきた。君にやらせればわしは怖い思いをしなくて済む……。それで君の自由研究に協力するふりをした。冷静になってみればなんて愚かな考えじゃ。よりによって大事な実験を他人にやらせようなど……危険を伴うにも関わらず子どもにやらせようなど……」

 ぼくの考えた通りだった。ここに来た小学生がぼくじゃなかったら、博士は大事な、それも危険を伴う実験を子どもにやらせたことにひどく後悔していたことだろう。ここに来たのがぼくでよかった。ぼくが自由研究に手を付けていなくてよかったね博士。


「博士はこの実験の何が不安なの?」

「そうじゃな、懸念点はいくつかあるが……まずはわしが破壊されることで消滅しないのかという点じゃな。不老不死ニナ~ルを飲んだところで、消滅しては意味がなかろう」

「不朽不滅ニナ~ルも飲めばいいんじゃない?」

「ふむ……それはいい考えじゃ」

「これで実験できるね!」

「いや、それだけでは足りない。あまりに辛くなったらわしは途中で実験を諦めて投げ出してしまうかもしれない」

「不撓不屈ニナ~ルも飲もう」

「それに体力が続かなくては困る。あちらの世界に入ったら休む暇などないじゃろうから……」

「不眠不休デタタカエ~ルも追加しよう!」

 博士は他に懸念点がないか考えた後、スッキリした表情で確信を持って言った。

「これならいけそうじゃ!」

「やった! さすが博士!」

 ぼくならまずはイタミナクナ~ルを飲むだろうなと思ったけど、博士はそこには思い至らなかったみたいだ。ぼくが気付いているのに全知全能の博士が気付かないなんてことあるわけないだろうから、わざわざ口を出すようなことではないなと思って黙っていた。


 博士は持っていた不老不死ニナ~ルと、万物出力マシーンから追加で出力した不朽不滅ニナ~ル、不撓不屈ニナ~ル、不眠不休デタタカエ~ルの全てを飲んだ。


 ここに不老不死不朽不滅不撓不屈不眠不休全知全能全身全霊博士(不不不不不不不不全全全全博士=8不4全博士)が誕生した!


 最強だ!!

 かっこいい!!

 すごい!!


「体感時間ユックリニナ~ルは飲まないの?」

「これは現地で飲む。ここで飲んでも仕方なかろう?」

「それもそうだね」


 博士は万物出力マシーンを操作した。

「これでわしの思考が出力されるようになったぞ。観測結果はここに全て出力される」

 万物出力マシーンは紙を出力し始めた。紙には『これでわしの思考が出力されるようになったぞ。観測結果はここに全て出力される』と書かれていた。

「準備万端だね!」

「うむ。では行ってくる。留守を頼むぞ、少年」

 そう言うと博士は姿を消した。博士がいなくなってから数秒の後、万物出力マシーンが博士の思考の出力を再開した。

 万物出力マシーンからは全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに破壊され続ける博士の描写も思考も出てきたけど、あまりに痛そうで苦しそうでえげつなくて吐き気を催すほどだったので具体的な描写は割愛し、博士が確認できた事実だけを選択して残すことにする。


 どうやら全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、他の物質が存在し続ける限りはバッファロー同士で破壊し合わないようだ。つまり、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れはバッファロー以外が世界に残っている場合は、まずそちらを破壊する。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、8不4全博士を破壊し続けるが、博士は不老不死で不朽不滅なので破壊された側から再生する。そのため、バッファローの破壊対象は残り続け、バッファロー同士での攻撃は始まらない。


 そしてその事実は不思議な光景を生み出していた。博士から距離の遠いバッファローたちが次第に落ち着きを見せ、寝そべったりじゃれ合ったりし始めたのだ。8不4全博士となった博士ではあるが、大きさは以前と変わらず人間一人分だ。人間一人の破壊なんてバッファロー一頭で事足りる。つまりやることがないバッファローが大量に生まれるというわけだ。

 他に破壊対象がない時はバッファロー同士で破壊し合うというのに、他の破壊対象があれば手持ち無沙汰になってもバッファロー同士で争い合うことはない。この現象は奇妙だった。

 群れの中にリーダーのような振る舞いをする個体は確認できず、鳴き声や動きによる意思疎通を図っている様子もない。にも関わらず、群れ全体が破壊対象の物質が残っていると認識し、それが破壊されるまで破壊対象が群れに移ることはない。

 以上の観測結果から、博士はこう結論付けた。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、同じ思考・目的を共有する群体である。


 この結論を出す前後の博士の思考が大変なはしゃぎようだったことから、恐らく博士にとっては大発見だったのだろう。よかったね博士。

 その他にも博士の思考は止めどなく出力されていたが、今回の実験によって判明した、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの特徴を簡単にまとめると以下のようになる。


・まず群れ以外の物質を破壊対象とし、群れ以外の物質がなくなったら群れを破壊する。

・同じ思考・目的を共有する群体である。

・素粒子すら破壊する。

・副産物として無が残る。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは本当に何もかもを破壊するようだった。無が生み出せるとわかった時の博士の思考はとても嬉しそうだった。博士が嬉しそうでぼくも嬉しい。


 さて、これだけわかれば自由研究の体裁を保ったレポートが出力できるだろう。ぼくは万物出力マシーンを操作し、自由研究レポートを出力した。


 できた!


 時計を見ると、ぼくが家を出てからちょうど三分経っていた。今から学校に向かえばギリギリ間に合いそうだ。

「ありがとう博士! 自由研究、間に合ったよ!」

 博士からの返事はない。当然だ。異世界にいるのだからぼくの声は届かない。


 万物出力マシーンはまだまだ博士の思考を出力し続けていた。これだと部屋が紙で埋まってしまう。ぼくは博士の思考の出力先を物理媒体から博士のパソコンに変更した。そして物理的には何も出力しなくなった万物出力マシーンが残った。

 ここに博士はいない。万物出力マシーンは持ち主を失って寂しそうにしている。

「万物出力マシーン……ぼくと一緒に来る?」

 肯定のように聞こえなくもない音が出力されたような気がした。

 それなら、まあ、しょうがないか。

 ぼくは万物出力マシーンをポケットにしまった。今まで描写を省いていたが、実は万物出力マシーンはぼくのポケットに入るほど小型なのだ。


 博士が戻ってきたら、その時に万物出力マシーンを返そう。どうやって戻ってくるのかはわからないけど、全知全能だし、どうにかして戻ってくることだろう。それまではぼくが万物出力マシーンのお世話をしてあげよう。留守を頼むとも言われているし、そうすべきだろう。ぼくって本当にえらいなあ。また博士に褒められちゃうかも。


「じゃあぼく学校行くね! 本当にありがとう博士! 引き続き研究頑張って!」

 ぼくは学校に向かって駆け出した。


 ぼくは無事自由研究のレポートを提出することができた。

 だけど万物出力マシーンから出力されたレポートを見直す時間なんかなかったから、博士との会話も途中の思考も含め、上記の内容全部がそのまま出力されていた。

 だから登校三分前に自由研究に着手したことも、博士を犠牲にして研究成果を横取りしたことも、万物出力マシーンに全部出力してもらったことも、全部バレて普通に怒られた。

 怒られてムカついたので全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを学校で出力して全てを破壊することにした。圧倒的な力を手に入れた小学生を怒ったりなんかするからだ。


 今からこの世界が壊れるのは、先生、あなたのせいです。あなたの迂闊さが招いた結果です。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れはレポートにある通り、地球ごとき瞬きの間に破壊してしまう。全世界の人々から恨まれるだけの時間がないことは救いかもしれないけど、先生はそのほんの少しの間、世界滅亡の原因になった分の罪悪感を抱いて反省しながら最期を迎えてください。

 それでは先生、さようなら。


「ねえ、それってあたしも死んじゃうの?」


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを出力しようとしたその時、阿鼻叫喚の教室の中、他の全ての音を打ち消して、この世で最も心地よい音がぼくの耳に飛び込んできた。ちょっと仲良くしてるクラスメイトの子の声だった。


「そうだね」

「ふーん」

「きみは、助かりたい?」

「うん。あたし、死にたくない。でも……」

「でも?」

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが全てを破壊するとこも、見てみたいんだ。変かな?」


 そうはにかむその子があまりにも綺麗で、愛しくて、胸が張り裂けそうになった。今朝は散々興味がないふりをしていたけど、この子を目の前にしてしまってはもう興味がないふりなんて続けていられない。


 ぼくはこの子が好きだ。


「変じゃないよ」

「ほんと?」

「うん。ぼくと一緒に見ようよ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが全てを破壊するとこ」

「でも、死んじゃうんでしょ」

「大丈夫」


 僕は万物出力マシーンから薬を二錠、出力した。

「これを飲もう。不老不死、不朽不滅になって、痛みは感じないし体感時間もゆっくりになる。それに全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れからも認識されなくなるよ」

「すごいね」

 二人で一つずつ、出力した薬を飲んだ。ぼくの好きな子は、ちゃんと飲み込んだ証明とばかりに舌を出してぼくに微笑んだ。


 幸せってたぶんこういう形をしている。愛ってきっとこういう表情をしている。この世の尊いもの全部が集まって人の形になったのが、きみなんだね。


 ぼくたちはどちらともなく互いに手を取り合い、それから万物出力マシーンを起動した。

 破壊が、始まる。


 最初に訪れたのは、物凄い音の奔流と混沌。何もかもがめちゃくちゃになり、何もかもがその機能を失っていった。

 生命も、そうじゃないものも。

 次第に音が消え、視界がどんどん開けていった。空気が失われるにつれて空の青さがどんどん深くなり、最後には夜みたいに真っ暗になった。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは地球を破壊し、月を破壊し、太陽系を破壊し、それから天の川銀河の全てを破壊しようと突き進んで行った。


 ぼくたちは何もなくなった空間に漂いながら、遠く遠くにある星々の光が次々に消えていくのを眺めていた。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れであっても、この宇宙全ての光を消し去るまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「きれいだね」

「きれいだね」

『きれいだね』

「ふふ、万物出力マシーンもそう思う?」

『うん』


 ぼくらは笑いあった。


「これからどうしようか」

「なんでもできるよ。万物出力マシーンがいるもん」

『できるよ』

「そうだね。なんでもできるね。けどさ」

「うん」

「まだしばらくは、きみとこうしていたいな」


 ぼくたちの周りにはもう何もない。

 お互いの存在だけが、握った手のぬくもりだけが、ぼくたちの世界の全てになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼくは三分で自由研究を終わらせたい 大良端子 @shijimir

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ