第33話 教団本部へ
N県警の矢上は、上司の喜代次に連れられ新しき学びの宿の施設を訪れた。
「これはまた、派手に打ち込まれたな」
喜代次が施設の壁についている複数の穴を見て口を開いた。
「これ、手製のものなんですよね?」
「ああ。結構な威力だな」
「喜代次さん、あれ」
矢上は屋根の上で鑑識活動をしている人たちを指差し、口を開いた。
「どうやら、あそこから撃ったみたいだな」
「けっこう、精度もいいですね」
「まずいな。これだけ精度のいいものを作れるということは、素人ではない可能性があるぞ」
「自衛隊関係者ですか?」
「その点も考慮しないとな。よし、行くぞ」
二人は中央の入り口から、建物の中に入った。
受付の女性に案内され応接室で待っていると、5分ほどして背の高い老人と、少しふくよかな60歳くらいの女性が中に入って来た。
今瞭征と妻の今櫻子だ。
喜代次と矢上はすぐにソファーから立ち上がった。
「本日は、お時間を取っていただきありがとうございます。N県警から参りました喜代次亘です。こちらは部下の矢上です」
二人は名刺を取り出し、瞭征たちにあいさつをした。
「ご紹介どうも。今瞭征です」
瞭征の言葉から、矢上は上手く言い表せない重みのようなものを感じた。
「今櫻子です」
一方、櫻子はおっとりした雰囲気であいさつしたが、表情に隙は全く感じられなかった。
「どうぞ、おかけください」
「失礼します」
瞭征たちは、矢上たちと向き合う形で席についた。
「今回は災難でしたね」
喜代次が口を開いた。
「大したことではないですよ。昔に比べればね」
瞭征は余裕の表情を浮かべながら言った。
「犯人に心当たりはありますか?」
「残念ながら、全く見当がつきません。ただ、脅迫状は毎年何通も届くので、もしかしたらその中にいるかもしれないですね」
「詳しく調べたいので、それをあとで提出していただけませんか?」
「ええ、構いませんよ。秘書に伝えておきます」
「ありがとうございます。今回の銃撃は今天音さんが経営する会社の不祥事が表に出たタイミングで起きていますが、その関係で何か思いあたることはありませんか?」
「まあ、関連する企業は多かったので、教団に恨みを持っている人物がいてもおかしくないと思います。ですが、具体的に誰かと聞かれても、思い当たる人物はいませんね」
「そうですか。では、教団の信者や知り合いに銃の扱いに詳しい方はおりませんか?」
「銃の扱いを知っているかどうかは、個人的な話なので私には分かりません。あと自衛隊出身者は信者の中に数名いましたが、過去目立つようなことをした人物はおりませんよ」
「では、最近アメリカと揉めたりしませんでしたか?」
アメリカ?
質問の意図が分からなかった矢上は、思わず喜代次の顔を見た。
「刑事さん。歴史について少々知識があるんですね」
「ええ。ノンフィクションの本をよく読むので」
「確かに共産主義の防波堤として、戦後、我が教団はアメリカの後ろ盾があって発展したことは事実です。ですが、現在は特別な付き合いはなく、形式的に祝電が届いたりするくらいです。もちろん、アメリカと揉めるようなことはしておりません」
「そうですか。では、最後に一つ。女性に恨まれたりしていませんか?」
「それを妻の前で聞くんですか?」
瞭征の顔に攻撃の色が現れた。
「はい。こちらも失礼な事だと十分承知しておりますが、仕事の性質上、どうしても聞かなくてはいけませんので、申し訳ございません」
「教祖様。私は全然構いませんよ」
櫻子がおだやかな口調で言った。
だが、目の奥は全く笑っていなかった。
「まあ、何度か女性に恨まれたりしたこともありますが、今、一番私を恨んでいるのは間違いなく長女の莉凛ですね」
「確証があるのですか?」
「いえ。ですが、彼女の行動を見ていれば分かります。私は莉凛が生まれてから母親も含め一度も会ったことがありませんでした。それなのに莉凛は後継者争いをしていることをどこかで聞きつけ、仕事を辞めてすぐに日本へやって来たんです。それはつまり、彼女は以前から教団の情報を集めていて、日本に行くための準備もしていたということです。莉凛は表面上穏やかな態度を見せていますが、その内側には秘めた強い思いがあるんです。ですから、私を最も恨んでいる女性は、間違いなく長女の莉凛です」
「よく、後継者争いに参加することを許可しましたね」
「血縁である事は事実ですから」
「なるほど。分かりました。本日は時間をとっていただき、ありがとうございました。他に何か気付いたり、思い出したりしたことがございましたら、いつでもご連絡ください。お持ちしております」
「分かりました」
「あと。お願いがあるのですが、この施設に設置されている監視カメラの映像を提出していただけませんか? 犯人逮捕に非常に役立ちますので」
「残念ながら、それはあまり意味がないと思いますよ」
「なぜです?」
「こちらですでに確認したのですが、犯人は監視カメラに映っていませんでしたから」
「えっ? そうなんですか?」
「偶然なのか、それとも初めから位置を知っていたのか、全く映っていなかったんです。それでも警察の皆さんが調べたら何か分かるかもしれませんから、提出いたしましょう」
「ありがとうございます。あとで係のものが受け取りに参ります」
「分かりました」
「では、本日はこれで失礼致します」
二人に別れを告げ、喜代次と矢上は教団の応接室を出た。
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