第30話 お礼をさせて

 月曜日、吉本太一がいつも通り教団施設で事務作業をしていると、受付の女性が部屋に入ってきた。


「失礼します。大世さん。この間ここへ来た松岡ジュリアさんが、再びお見えになっています」


「えっ、ジュリアさんが?」


「はい。直接お礼を言いたいということなので、この間と同じ応接室にお通ししました」


「分かった。すぐ、行く。太一とそれと由佳も一緒に来てくれ」


「分かりました」


 太一たちは立ち上がり、三人で応接室へ向かった。


 中に入ると、松岡ジュリアがこの間と同じ席に腰を下ろしていた。


「大世さん」


 ジュリアは立ち上がって大世の側まで来ると、いきなり大世を抱きしめた。


「ありがとうございます」


「ああ」


 大世は笑顔で彼女の熱烈なハグを受け止めた。


「昨日、導きの朝の方がやって来て、私への謝罪と、もう二度と松田さんを近づけさせないと約束してくれました。大世さんのおかげです。ありがとうございました」


「いやいや。俺は導きの朝の地域部長さんとお話ししただけだよ。礼なら松田の悪さを録画した、そこにいる吉本に言ってください。その映像があったから、向こうもすぐに動いてくれたので」


「えっ、うちの店に来ていたんですか?」


 ジュリアが太一を見て口を開いた。


「ええ。でも、変装していたので、お気づきにならなくて当然かと思います」


 ジュリアの質問に、太一は穏やかな口調で答えた。


「そうだったんですか。ありがとうございます」


 ジュリアは太一にもハグをしてきた。


 悪い気はしないが、とても照れ臭かった。


 ジュリアは数秒ほど太一を抱きしめた後、体を離し再び口を開いた。


「今度、ぜひ皆さんでお店にいらしてください。今回のお礼として、しっかりサービスさせていただきます」


「本当? じゃあ、今度うかがわせてもらうよ。行くとしたら曜日はいつがいい?」


 大世がたずねた。


「そうですね。できれば、一番お客が少ない月曜日がうれしいです」


「じゃあ、今日じゃないか。分かった。夕方、仲間を連れてお店に行くよ」


「本当ですか。ありがとうございます。お待ちしております」


 ジュリアは屈託のない笑顔を浮かべ答えた。




 仕事が終わり、太一たち総務部のメンバーはジュリアの店を訪れた。


「いらっしゃいませ」


 店に入ると、すぐにジュリアが暖かい声で太一たちを迎えてくれた。


「お待ちしておりました。どうぞ、奥の方へ」


 太一たちは奥にある一番大きなテーブルに通された。


 席に座ると、ジュリアは持って来たメニュー表を太一たちに配り、口を開いた。


「皆さんの最初の一杯は、私の奢りです。2杯目からのお飲み物、および食べ物は全て20%引きでご提供させていただきます」


「分かりました」


 皆それぞれジュリアに返事をし、メニュー表を開いた。


「うーん。知らないお酒ばっかりだな」


 志野が難しい顔をしながら口を開いた。


「志野さん。この店で一番人気のピニャコラーダは、パイナップル味で飲みやすくおいしいですよ」


「本当? じゃあ、それ頼む」


「じゃあ、私も」


 向いに座っていた由佳も、ピニャコラーダを注文すると言って来た。


「僕もピニャコラーダを頼みます。大世さんは?」


「じゃあ、俺もそれを頼んでみるかな」


「分かりました。じゃあ、先に飲み物だけ頼んじゃいます?」


 太一は皆に意見を求めた。


「うん」


 皆、太一の意見に賛同した。


「ジュリアさん、ピニャコラーダを4つお願いします」


「かしこまりました」


 注文を受け、ジュリアはすぐに下がって行った。


「太一くん。この間来た時は、あのあたりからカメラを回していたの?」


 由佳がカウンターのあたりを指差し聞いて来た。


「そうです。あそこに座って録画しました」


「おお。太一はここで盗撮したのか」


 志野が口を開いた。


「志野さん。いい盗撮です」


「そうだった。いい盗撮だった」


「お待たせいたしました。ピニャコラーダです」


 ジュリアがもう一人のフロアスタッフを連れて戻って来た。


 彼女たちの手にはピニャコラーダの他、ピザとポテトがのった皿があった。


「こちらは店長と私からのプレゼントです。ガーリックピザとフライドポテト、この店の人気メニューです。どうぞ、召し上がってください」


「ありがとう、ジュリア」


 大世がお礼を言った。


「いえいえ。大世さんが喜んでくれるなら、私、何でもしますよ」


 ジュリアは食べ物と飲み物をテーブルの上に置くと、大世とハグをした。


 その時、太一は由佳がその光景を見て、ひどく顔をしかめていることに気がついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る