第26話 もう少し、手心を加えてください

 方丈探偵事務所の秋田は、来紀たちとともに教団のプロモーション動画を作るための話し合いを続けていた。


「若者を惹きつけたいなら、やはり、来紀さんに派手な技をいくつか決めてもらわないとダメですよね?」


 ホワイトボードに並ぶセクションと呼ばれる構造物と、スケートボードの技の組み合わせを見ながら、秋田が口を開いた。


「ああ。そうしてもらわないと、いい映像は撮れないだろうな」


 実際に映像を撮る立場の長濱も、秋田に賛同した。


「そんな大技、俺、できないぞ」


 来紀が勘弁してくれと言わんばかりの表情を浮かべ言った。


「できなくてもいいんですよ。失敗したシーンを入れた方が、失敗しても再び立ち上がるとか、努力をすればいつか叶うといった前向きなメッセージを込められますから」


 和香菜が意見を述べた。


「なるほど。確かにそれもいいですね。リハーサルの時から、カメラ回しておきます」


 長濱は、すぐに自分の手帳にメモをした。


「来紀さん。ここに書かれているもので、とりあえず今できる、または練習すれば出来そうなものを教えてもらえますか?」


 妹尾が来紀に寄り添った意見を述べた。


「えっと、パワースライドとか、基本的なことは一通りできる。セクションで言ったら、階段の飛び降りと、手すりを滑るやつ、あと180度回転するフロント・ワン・エイティは、昔できたけど今できるか分からない」


「でしたら、それらを全て取り入れた映像にしましょう」


 長濱が口を開いた。


「全部?」


 来紀の声が裏返った。


 スケートボードをしない自分には分からないが、来紀の様子を見る限り、大変なことのようだ。


「はい。今あげた技を全部取り入れれば、けっこう派手な映像を撮れると思います。とりあえず今言った技を並べてみますね。まずは、勢いよく坂を下って階段を飛び降りる。次にパンプという小さな丘を渡り、勢いをつけて華麗に旋回する。その後、アールセクションを使ってフロント・ワン・エイティを決めた後、最後に長い階段の手すりを滑り降りて終了。こんな感じでいいですか?」


 長濱が皆に意見を求めた。


「長濱さん。その並びすごくいいと思います。その流れでいきましょう」


 和香菜がすぐに賛同した。


「俺、全部やれる自信ないぞ」


 来紀が再び勘弁してくれと言わんばかりの表情を浮かべ言った。


「まずは、やってみましょうよ、来紀さん。簡単なセットをここで作って、どのくらいの難度なら問題ないか確認しながらやれば、できるギリギリのところが分かりますよ」


 秋田は実現するための現実的な意見を述べた。


「秋田くん。君もなかなか厳しいこと言うな……。分かった。この形で進めよう」


 来紀はやっと覚悟が決まったようだった。




 バー・トロピカルに行った次の日、吉本太一は教団内にある自身の机の上で、昨日録画した映像の編集を始めた。


「本当、困った男ね」


 隣に座っていた由佳が、松田の映像を見て口を開いた。


「ええ。なかなか強烈な絵でしたよ」


 画面には丁度、松田がジュリアに対し愛について熱心に語っている所が映し出されていた。


「愛を知らなそうな男が愛を語るなんて、滑稽ね」


「由佳さん。もう少し手心加えた表現でお願いします」


「そう? これでもけっこう気を使って話しているのよ。本当は死んでくれって言いたかったんだから」


 今まで見たことがなかった由佳の一面に驚き、太一はそれ以上、言葉を繋げることができなかった。


 しばらくの間、太一が黙って編集作業を進めていると、外まわりをしていた大世と志野が戻ってきた。


「お疲れ様です」


 総務部の人間は、それぞれ二人にあいさつした。


「お疲れさん。おう、太一。これが例の映像か?」


 大世が太一のそばに来て、口を開いた。


「はい。松田が迷惑かけている所を、ばっちり収めることができました」


「あああ。太一、盗撮したの? 盗撮って犯罪じゃないの?」


 志野が聞いてきた。


「これは、いい盗撮」


 太一が答える前に、大世が志野の質問に答えた。


「いい盗撮?」


「見てみろ、このきれいな人。こっちの背の低い男に付きまとわれて、険しい顔をしているだろう?」


「うん」


「この人を助けるため、この映像を撮ったんだよ」


 大世は丁寧に志野に説明した。


「なるほど。これは人を助けるための、いい盗撮なのか」


 志野は納得した表情を浮かべ言った。


「大世さん。この映像、どうします? きっちり撮れているので、これなら警察も動いてくれると思いますが」


 太一は大世にたずねた。


「導きの朝に持っていく」


「えっ、脅すんですか?」


 太一の声が自然と裏返った。


「まさか、そんなことしないよ。向こうの幹部に知り合いがいるから、その人に見せて松田を止めてもらうんだよ。俺が知る限り、導きの朝の中で唯一、話が通じる人だ。一緒に来るか?」


「そういうことでしたら、ぜひ」


「じゃあ、午前中までにそれを仕上げてくれ」


「分かりました」


 大世に言われ、太一はすぐに視線の先を画面に移した。

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