第20話 個人演説会 その5

 ボランティアの仕事が終わり、秋田は消毒作業の後、事務所に戻った。


 中に入ると、方丈と一海がいた。


「お疲れ様です」


「おう、お疲れ」


 秋田のあいさつに対し、方丈は少し疲れた様子で答えた。


「お疲れ様」


 一方、ボランティアに参加していなかった一海は、元気な声で言葉を返してきた。


「やっぱり、秋田君も疲れてる」


 一海が少し嬉しそうに言った。


「当たり前ですよ。机を持って何往復もさせられた後、すぐに外に出て車の誘導。終わったら来場者の見送りと後片付け。こんなに働かされるとは思いませんでした」


「選挙の個人演説会は、準備や後片付けも含め5時間以内って法律で決まっているからな。こればかりは、どうしようもないな」


 方丈はコップを手にしながら言った。


「信者の人たちは、これを選挙の度にやってるんですよね? 一体、何がいいんだか理解できませんよ」


「それこそ、信仰の力ね」


 一海は目を瞑り、手を合わせて言った。


「選挙の手伝いをすることがですか?」


「深淵なる神のお考えがあってのことよ」


 一海は聖職者に成り切っていた。


「ところで秋田、吉本太一に気づいたか?」


「はい。周りの人間と上手くやっているようでしたね」


「あの様子だと、説得して脱会させるのは無理だな」


「俺もそう思いました」


「となると、やはり教団を潰すしかないか……。俺、喜代次刑事に逮捕されるかもしれないな」


 方丈は浮かない表情をしながら言った。


「何者なの? その喜代次刑事って」


 一海が聞いてきた。


「自分が正しいと思ったら失礼な発言も厭わない、通称『それ以上、言ってはいけない刑事』って呼ばれている人だ」


「あら、別の意味で方丈君とそっくりね」


「どこが」


「だって、自分が正しいと思ったら、ヤクザの事務所でも突っ込んでいくでしょ? 突貫の方丈さん?」


 一海はいやらしく口元を歪めながら言った。


「俺はあの人と違って情はある。一緒にしないでくれ」


 方丈は本当に嫌そうな表情を浮かべ言った。


「でも、どうします? 逮捕されるおそれがあるなら、作戦を変えます?」


 秋田は方丈にたずねた。


「いや、このまま続行する。証拠がなければ、逮捕されても問題ないからな」


「分かりました」


「では、二人とも、今後も教団のため身を粉にして働きなさい」


 即席聖職者一海は、再び手を合わせて言った。




 小石川倉庫に勤める下山と上田は、ホームセンターで買い物を済ませた後、それを持って上田の叔父の家に向かった。


 家に着き買って来た物を中に運び終えると、下山は机の上にショットガンの設計図を広げた。


「しもやん、これ全部一人で書いたの?」


 上田が設計図を見て口を開いた。


「ああ。昨日の晩に書き上げた」


「すごいね」


「これを見ながら、今日から早速、作り始めるよ。まずは、グリップと銃身を固定する部分からかな。ヒロ、買ってきた木材を袋から出して」


「分かった」


 下山は木材を受け取ると、定規と鉛筆を使って切る所に線を引き始めた。


「大竹さん。帰って来てるの?」


 突然、ドアを叩く音と共に、男の声がドアの外から聞こえてきた。


 下山が上田の顔を見ると、上田の表情には驚きと不安の色が現れていた。


「大竹さん、いるの?」


 男は再びドアを叩きながら声をかけて来た。


「しもやん。俺が出る。ゆっくり道具をしまって」


 上田は小声で下山にそう言うと、ドアの方へ向かって行った。


「どうも」


 上田は少しだけドアを開け、男と応対した。


「あっ、あれ?」


「初めまして、親戚の上田です。叔父に何か御用ですか?」


「いや。電気がついていたから、大竹さん帰って来たと思って声をかけたんだよ。大竹さん、元気かい?」


「体調を崩して、いま病院にいます。お名前を聞かせていただければ、叔父にお伝えしますが」


「そうかい。じゃあ隣に住む小出(こいで)だけど、戻ってきたらまた釣りにでも行こうって伝えてくれる?」


「分かりました。小出さんですね。必ずお伝えします」


「ありがとう。それじゃあ、お願いします」


「はい。失礼します」


 上田は静かにドアを閉め、鍵をかけた。


「ヒロ、大丈夫か?」


 下山は少し抑えた声で、上田に話しかけた。


「うん。隣に住む爺さんだった。問題ない」


 上田は強張った表情を浮かべたまま、下山に言葉を返した。

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