第10話 あじさい土木

 矢上は助手席に喜代次を乗せ、市街地から車で30分ほど離れた所にある、あじさい土木の事務所に向かった。


 事務所に着くと、早速、喜代次が入り口にあるインターフォンのボタンを押した。


「はい」


 スピーカーから少しドスの効いた男の声が返ってきた。


「すいません。N県警のものです。少しお話をうかがいたいのですが、よろしいでしょうか?」


 喜代次の言葉の後、しばらく沈黙が続いた。


「何かあったんですかね?」


 矢上が感想を述べた。


「俺たちの来客を、快く思っていないんだろう」


 喜代次は嬉しそうに言った。


 しばらくして、突然、目の前の扉が開き、中から180㎝を超える大柄な男が出てきた。


 その男は何となく、監視カメラの映像に映っていた男の雰囲気に似ていた。


「どうぞ」


「失礼します」


 二人はその大柄な男の後ろについて、中へ入った。


 事務所の中では、20歳そこそこと思われる茶髪の男が事務机の上でノートパソコンを開いていた。


  事務机は全部で八つあり、そのうちの二つには、書類やバインダーが山のように重ねられていた。


「こちらです」


 大柄な男は、矢上たちを部屋の奥にある衝立で仕切られた空間に案内した。


 そこには中肉中背の男が一人、ソファーに腰を下ろしていた。


 見た目は40歳くらいと思われるが、男の髪の毛はすっかり白髪になっていた。


「どうも、初めまして。あじさい土木で社長をしております、西田知之(にしだ ともゆき)です」


 西田はイスから立ち上がり、二人の前に名刺を出した。


「こちらこそ初めまして、N県警からきました。喜代次亘です。こちらは部下の矢上です。いきなりの訪問にも関わらず、お時間を取っていただきありがとうございます」


 喜代次たちは西田と名刺を交換し、向かい合う形でソファーに腰掛けた。


「それで、本日はどのような用件で来られたのですか?」


 西田が先に質問して来た。


「四日前、工事現場から小石川倉庫の高冬法行さんの遺体が見つかったのはご存知ですか?」


「はい。存じております」


「捜査の結果、彼はさらにその四日前に別の場所で殺され、それから工事現場に埋められた事が分かったんです」


「そうだったんですか」


 西田は表情を少し曇らせ言った。


「そこで明日の未来建設と、遺体が見つかった工事現場周辺の監視カメラ映像を調べた所、殺されたと思われる時間と埋められたと思われる時間の両方にあじさい土木の車が映っていたんです。西田さん。八日前の夜、あじさい土木はそこで何をしていたのですか?」


 喜代次の言葉を聞いて、西田の表情は一瞬固まったが、すぐに元に戻して口を開いた。


「選挙の打ち合わせですよ、刑事さん。我々、建設業界はどの候補者が勝つかで、売り上げが大きく変わりますので」


「票の取りまとめを行っていたのですか?」


「皆で自由憲政党の議員を応援しようと確認しただけです」


 西田は涼しい顔をして言った。


「そうだったんですか。それで新しき学びの宿の壺が、そこに置いてあるんですね」


 喜代次は西田の横にあった壺を指差し言った。


「それは付き合いで購入しただけです。我々は新興企業なので、味方になってくれる人をとにかく増やさないといけませんから。選挙とは無関係ですよ」


 西田はすぐに選挙との繋がりを否定した。


 どうやら、選挙と結びつけて語られるのが嫌なようだ。


「そうですか。分かりました。では、話を元に戻します。打ち合わせのため動いていたのは、先ほど我々を迎えてくれた彼ですか?」


「だと、思います。長瀬」


 西田が名前を呼ぶと、先ほどの大柄な男がこちらにやって来た。


「はい。何でしょうか?」


「明日の未来建設に行って、選挙の打ち合わせを行なっていたのは君か?」


「はい、そうです」


「すいませんが、長瀬さん。八日前、明日の未来建設に行った後、どこを回ったか教えてもらえませんか?」


 喜代次が長瀬に頼んだ。


「申し訳ありませんが、たくさん回っているので記憶にございません」


 長瀬はすぐに断った。


「そうですか……分かりました。本日はお忙しい中、お時間をとっていただきありがとうございました。今後、何か思い出したことがございましたら、いつでも連絡をください。お待ちしております」


「分かりました」


 西田は穏やかな表情を浮かべ答えた。


「では、失礼致します」


 西田たちにお礼を言い、喜代次たちはあじさい土木を後にした。

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