第9話 西原は俺が殺す
上田の妹の事件があった次の日、下山がいつも通り出社すると、上田が深刻な表情を浮かべながら着替えをしていた。
「おはようございます」
普段通り接していいのか少し迷ったが、下山はいつものように上田にあいさつした。
だが、上田からは言葉が返ってこなかった。
「しもやん。今晩空いてる?」
少しして、突然、上田が口を開いた。
「うん」
「ちょっと付き合ってよ」
「分かった」
上田はそれだけ言うと、更衣室から出て行った。
矢上と喜代次が捜査本部で資料に目を通していると、部長の加藤が二人に声をかけてきた。
「喜代次くん、矢上くん。ちょっとこっちに来てくれ」
「はい」
二人はすぐに加藤の元へ行った。
加藤の隣には監視カメラ担当の刑事が机の上でノートパソコンを開き、待機していた。
「これは明日の未来建設周辺の監視カメラ映像から切り抜いたものだ。ちょっと見てくれ」
見せられた動画は、夜中に一台のSUV車が監視カメラの前を通り過ぎていくものだった。
「お次は今の映像から2時間後、高冬が見つかった工事現場付近の監視カメラ映像のものだ」
次の動画にも同じ車種と思われるSUV車が、監視カメラの前を通り過ぎていった。
「同じ車ですか?」
喜代次が加藤に質問した。
「うむ。車は市内にある土木会社『あじさい土木』のもので、この企業は明日の未来建設と大変親しい関係にある」
監視カメラ担当の刑事は、先ほどの映像の静止画を画面に映した。
運転手の顔はぼやけているが、ナンバープレートはしっかり読み取れた。
「今からあじさい土木に行って、ちょっと話を聞いてきてくれ」
「分かりました」
「じゃあ、任せたよ」
「はい。では、行ってまいります」
二人は加藤に軽く頭を下げ、すぐに捜査本部を出た。
仕事が終わり、下山と上田はいつも利用している鳥焼き貴族に向かった。
食べ物の注文を終え、お通しをつまみながらビールをジョッキ3分の1ほど体に流し込んだ所で、上田が家族のことを話し始めた。
「母から、またメールが来たよ。暴力は何とか警察に止めてもらったって」
「そうか。よかったな」
「ああ。だけど、それ以上のことは出来ないって言われたそうだ」
「そっか……。じゃあ、また旦那の暴力が、始まるかもしれないんだね」
「ああ」
「無責任なこと言うけどさ。離婚はできないの?」
「俺もそう言ったんだけど、妹は天国に行けなくなるから嫌だって言ってるんだよ。教団の教えでそうなっているらしい」
「あっ」
そう言えば、母親も離婚は大罪と口にしていた。
興味が全くなかったので、下山はすっかり忘れていた。
「じゃあ、二人は今、信仰と暴力の板挟みになっているんだ」
「ああ」
店員が焼き鳥を運んできた。湯気が上がってとても美味しそうだったが、二人とも手をつけようとしなかった。
「しもやん。俺、悔しいよ。新しき学びの宿がなければ、こんなに苦しまなくてもよかったのに。せめて、西原議員の後ろ盾がなかったら、周りももっと動いてくれるんだけどな」
上田は悔しそうな表情を浮かべながら言った。下山はそんな彼の悲痛な表情を見ていて、自然と口から言葉が出た。
「ヒロ、安心しろ。西原は俺が殺してやる」
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