死刑囚

キクジロー

時計

 日差しが強い。

 だが、その日差しも、私にとっては今日で最後。


 許されざる蛮行を犯したこの私は、もう誰の目にも当たらない。

 私の未来にあるのは湿気た布団と低めの机、そして、何の仕切りも無いトイレ。

 現代では問題になるのではないかと、世の中に訴えかけたいところだが、あいにく、これから待ち受けているのは世の外。

 もう私という存在を認識できるのは無機質な監視カメラのみ。

 つまり、私を見ている人間を私が見ることは出来ず、対して、私を見ている人間は私を私としては認識しない。


 さあ。

 かつてこれほどまでに、私という人間が否定されたのは今まであっただろうか?

 いや、そもそも否定すらされていない。

 なぜなら、監視役の人間は、私をただの犯罪者としか見ていない。

 それが彼らにとって仕事だから。


 単純明快。

 この国において、建前では、障碍者だろうが殺人鬼だろうが、人として生きている限り人権は所持している。

 だが、所持していた私の権利は、今、私を含めた全国民の見えない所で剥奪された。

 

 いまめかしい門をくぐり、五感の楽しみがコンクリートを踏む足音しかない階段を一段一段噛みしめながら降りる。

 しばらくして、私を出迎えてくれたのは、薄汚れた白い壁に等間隔で並んでいる窓の一つも無い緑色のドア達。


 私はその中でも端っこのドアの前に立つ。


 勿論、両手は警官に強く掴まれており、仮に振り払って逃げようとしても、腕はそのまま警官の手に残りそうなほど。

 なので、決して抵抗することもなく(そもそも今更逃げようなどと思っていないが)、大人しく誘導に従う。

 

 そのドアが開かれるなり、私は警官に突き飛ばされるように投げ入れられ、私の顔が床に叩きつけられたその直後に、同時に外界との扉が遮断される。


 噂通り。

 窓も無い少し縦長の部屋に、豆電球ほどの照明が天井に付いているというより、ぶら下がっている。

 その箱のような部屋の中に、使い古されて直されることも無かったであろう机とトイレ。

 そして、所々かびた布団。

 家具とも言えなくなった彼らは、ドアとは反対方向にぎゅっと雑に寄せられている。


 私は何をしたらいいか分からないが、とりあえず、新居ということで、部屋を整えることにした。

 ごみ置き場に捨てられている彼らを取り出し、まずは、布団を何度かはたいてはじっこにきっちりと敷いて、面が下を向いている机を立てて、部屋の真ん中に置く。


 これが新しい我が家。

 ドアから見て右奥にトイレ、真ん中に低い机、手前左隅に布団。

 なんともわびしい。

 

 しかし、そんな希望を失くした私の前に予想外の物が出て来た。

 それは金色に輝く四角い置き時計である。

 この時計は、雑然と置かれていた布団の下にあった。

 長針も短針もピクリとも動かない。

 だが、豆電球の眇眇たる光に照らされる黄金は、全てを失った私にとって希望のように感じる。


 なぜだろう?

 私は、この時計――――彼に親近感を覚える。


 昔はどこかの立派なお家に飾られていたはずなのに、今となっては私という人間ですらない生物の手元にある。


 私もそうだ。

 私も昔は窃盗で得た金で何事にも困らない生活を送っていたはずなのに、気づけば誰の世界にも入り込めない異世界の独房。


 まるで時が止まっているようだ。


 今の私は時計。

 修理をすれば動くのであろうが、その手は決して私には届かない。


 この時計も同じ。

 ここにいる限り、誰にも救われることなく、再び時計としての役目を果たすことはもうない。


 残念ながら私は、職人でもなんでもないただの死刑囚。

 だから彼を直すこともできず、ただの古びたガラクタとしてしか扱うことが出来ない。

 つまり彼はもう、誰からも時計として認識されることなく、それとは違う何かに変わってしまった。


 だがきっと、彼は私と違って満足しているのだろう。

 なぜなら、彼は役目を全うしたのだから。



 あぁ、私も彼と同じようになりたかった。


 

 

 

 

 

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