怪牛〜バッファローツキーズ〜

透々実生

バッファローツキーズの降った日に。

 地球防衛軍の将軍ジューゾーには三分以内にやらなければならないことがあった。


「将軍! 空からバッファローの大群が降ってきました!」


 耳を疑う馬鹿げた報告を、真面目に敬礼する兵士から受けたのは、つい三十分前のことだった。ジューゾー将軍はその報告を真面目なものとして受け取ったが、真面目に取り合うことはしなかった。

 どうせ、いつもの如く・・・・・・失敗に終わるだけだろう――そう思ったからだ。

 実際、過去にもこうした現象は度々起こっていた。空から魚が降ってくる。時には石槍が降ってきて突き刺さり、時には動物の何らかの肉や皮が地面を叩く。こうした現象は怪雨ファフロツキーズと呼ばれる――空から降るはずのないものが空から降ってくる、という現象だ。

 一見SFじみたこの現象は、科学的に説明がつけられている。要は、嵐やハリケーンで舞い上がった異物が空を漂い、遥か彼方にある土地に降り注いだ、とするものだ。他にも説は存在するが、いずれも浪漫ワクワクの欠片もないものばかりで、天下のWikipediaにもその記載しかされていない。

 しかし、それもその筈。秘密組織・地球防衛軍の情報操作により、そういうことに・・・・・・・なっている・・・・・からだ。

 怪雨ファフロツキーズの真実はこうだ――この雨は嵐やハリケーンが運んでいるのでも、その他想像の範囲内に及ぶ手段によるものでもなく、宇宙人が未確認飛行物体UFOから降らせている。

 それも、侵略の為に。


『ワレワレハ、宇宙人デス。貴方達ノ星ヲ、侵略シニ来マシタ』


 そんな嘘みたいな定型文が宇宙から届いたのは(正確にはレーザーか何かで石板に彫り込まれたのは)、今から凡そ四百年前のことだった。

 だが当時の人々はその定型文を真面目に取り合わなかった。単なる誰かの悪戯程度にしか思わず、実際その文面が彫られた石板も砕かれてもう残ってはおらず、この石板の存在を知る者も一握りとなってしまった。

 しかし、この石板は悪戯でも何でもなく、本気で宇宙人は侵略をしようとしていたのだ。この時期を機に俄かにUFOの目撃情報が増えたのは、単なる偶然ではなく必然なのだ。

 とは言え、宇宙人達は直ぐに侵略してきた訳ではなかった。UFOの目撃情報が多数寄せられる一方、直ぐに攻撃を仕掛けてきた訳ではなかったからだ。この時の宇宙人の行動は、単に地球人の行動に関するデータを集める偵察が目的だったのではないか、と地球防衛軍では推測されている。

 それが二百年前のシンガポールを皮切りに、世界各地で攻撃が開始された。その手段が怪雨ファフロツキーズだった。だがその多くは魚やカエル、獣肉といった類のもので、脅威と言えるレベルではなく、所詮そんなものか、と宇宙人を舐めていた。


 ……前置きが長くなったが、以上の経緯から、今回のバッファローもどうせいつもと同じく脅威になり得ないだろうと、ジューゾー将軍はたかを括っていた――という具合だ。

 だが、たかを括るのは明らかに致命的なミスであったことを、部下の報告を受けてから十分後に知る。

 なんと、件のバッファローの群れが全てを薙ぎ倒し、ありとあらゆる家屋や動物、兵器や人間まで蹂躙するため、後には平らかな地面しか残らないというのだ。実際、バッファローの怪雨ファフロツキーズ――ここでは怪牛バッファローツキーズと称することとする――のせいで、既に国が複数壊滅していた。

 部下の報告によれば、最初アメリカに降り立ったバッファローは、一般的なバッファローよりもかなり大きいらしい。図体は三十メートル、体重は実に数十トンと試算されており、疾走時の最高時速は計測不能な程に速い。意味の分からないプロフィールだったが、これは宇宙人が作った侵略用兵器だと地球防衛軍は断定した。尚、キャトルミューティレーションをしていた理由が、ここに判明した瞬間だった。牛だけでなくバッファローも研究してキャトってサンプルを取ることで、このバッファローの兵器を生み出したのだろう。

 兎も角、こんな動物が数百体群れをなして突進してくれば、現代世界のモノは一溜りもない。実際、初めにバッファローが降り立ったアメリカでは、無数のバッファローによる蹂躙の結果全てが破壊され、侵略者たるヨーロッパ人の血統も全て途絶えたらしかった。ついでに近くにあったカナダも漏れなく滅ぼされた。

 アメリカをすっかり蹂躙した後、その群れは二手に分かれた。一つはそのまま太平洋へ突進してゆく群れ。UFO産のバッファローは、どういう訳か海の上を疾走し、全く溺れることがないのだそうだ。

 そしてもう一つが、南下。バッファローはメキシコを通り、南アメリカ大陸へと侵略を始めた。

 ジューゾー将軍がいるのは、地球防衛軍ブラジル支部。迫り来るバッファローの群れを何とかせねば、アメリカ大陸は南北共に壊滅すること必至。

 そして、現在に至る。

 ジューゾー将軍が頭を抱える内、バッファローの襲来はあと三分にまで迫っていた。

「……クソッ」

 いっそのこと、核爆弾ニュークを用いるか――そんな思考も頭をよぎる。だが、すぐに首を振って却下する。そもそもブラジルは素晴らしいことに(この場合は、残念なことに・・・・・・)非核保有国であり、この手段を使うには別の某国に要請して撃ち込んでもらう他ない。だが仮に要請したとして、この地に核爆弾を撃ち込まれれば、ジューゾー将軍含む現地の人々もバッファローと纏めてキノコ雲に呑まれて全滅する。

 それだけは嫌だった。いかに地球防衛軍と言っても、自らの命や自国民の命を打ち捨てられる程、ジューゾー将軍の心は強くもなければ鬼でもなかった。

 ではどうするか。武器を使って精一杯抵抗してみるか。だがアメリカが壊滅したことを考えると、恐らく通常武器では殺傷力が足りず、侵略を止められないのだろう(こうなると核兵器も怪しくなるが、そこは考えないこととした。ジューゾー将軍は、これ以上最悪な方向に考えを進めたくなかった)。

 であれば、宇宙人に降伏するか。地球防衛軍としてのプライドが疼いてこれも却下しそうになるが、現実的にこの選択肢しかなかった。今後、地球人が宇宙人にどのような仕打ちを受けるのかは考えたくないが、なりふり構ってはいられない。

 ジューゾー将軍は、直ぐに電話を取った。地球防衛軍スイス本部である。永世中立国のこの国に拠点が置かれているのは、地球防衛軍の取扱を巡った国家間のあらゆる論争や紛争を避ける為とされている。人類はこの期に及んでも愚かだった。

 電話は2コールで繋がった。

「こちら、地球防衛軍ブラジル支部、将軍のジューゾーであります」

『用件は』

「宇宙人への……」一瞬、ジューゾー将軍は躊躇った。そこにはプライドと保身が張り付いていた。だが、一息に言ってしまうことにする。「宇宙人への、降伏を打診すべきと存じます。あのバッファローの軍勢は、我々人間の手に負えないものであります」

『貴様』電話口の声は、怒りに震えていた。『我々の星を売る気か。この売国奴――いや、売星奴め』

「では、どうしろと言うのですか」

 ジューゾー将軍は、核兵器の使用は匂わせずに窮状を訴える。だが、バッファローの軍勢を目の当たりにしていない本部の回答は。

『どうにかしろ』

 とても呑気なものだった。

『お前らは軍人だ。戦うのが役目だろうが。いいか。次に降伏などと口にしてみろ。お前のクビを飛ばしてやる』

 そうして回線は切断された。ジューゾー将軍は受話器を叩きつける。現場ブラジルの状況を何も理解しない奴らめ、そんなに地獄を作るのが大好きか――と怒りを滲ませていた。

 人類は愚かだ。ジューゾー将軍と明確にそう思った。

 だが、今人類に対して怒りを抱いても仕方がない。迫り来るバッファローに対処をしなくては、自分達も全滅である――


 ズシン。ズシン。


 地鳴らしが、やって来たThe Rumbling is coming

 紛れもなく、バッファローの進軍。

 ジューゾー将軍は、映像を確認する。


 家屋を踏み潰し。

 同胞も踏み潰し。

 人類も踏み潰し。

 鋼鉄製の兵器をも踏み潰す。

 全てを蹂躙しながら進む巨大バッファローの巨軍が、時速計測不能の猛スピードで迫って来ていた。


「クソッ……クソ、クソ、クソッ!」

 やはり、核爆弾ニュークしかないのか。

 最早背に腹は変えられなかった。死にたくはないが、どうせ死ぬのだ。一矢報いて死んでやろう。そう思った。ジューゾー将軍は再びスイス本部に連絡を取った。

 だが。

「……っ、繋がらない・・・・・!?」

 国際電話に用いる基地局までもが、バッファロー達により倒壊させられていた。先程の醜いにも程がある通話が、最後の通話となってしまった。

 なす術無し。

 脳内にその結論が浮かび、心がすっかり折れてしまった。

 ジューゾー将軍は窓を見る。もう、映像を見るまでもない。


 目の前に、バッファロー達が駆けて来ていた。

 全てを踏み潰す、悪魔の生物が。

「……ははっ」

 地獄の光景に、もう笑うしかなかった。

 そして――三分経過。

 バッファローは、ジューゾー将軍のいる軍施設に突撃。いとも容易く倒壊した。他の南アメリカ大陸のあらゆるものも踏み潰されて壊された。

 ジューゾー将軍は当然死亡したが、彼はバッファローにではなく倒壊する施設の下敷きになって死んだとのことだった。


🦬🦬🦬


 数時間後。

 太平洋を渡ったバッファローの大群が、日本列島を踏み潰しながらユーラシア大陸に上陸。核兵器をものともせず突進するその脅威を、スイス本部が目の当たりにしたことにより、宇宙人への降伏が決定された。

 地球はおよそ8割が踏み潰され、殆ど跡形もなくなってしまった。初めから降伏しておけば――という遺恨が、生き残った人間達に残ることとなった。




 ――蛇足だが、地球防衛軍スイス本部は無事であったが、宇宙人により捕虜とされ、宇宙裁判で全員しょっ引かれた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪牛〜バッファローツキーズ〜 透々実生 @skt_crt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ