第41話 アシュリーの要求

「ア、アシュリー……!」


ネメシアが思わず立ち尽くす。一方、身動きとれないよう、両側から腕と肩をつかまれているアシュリーはというと、涼しい表情を浮かべていた。


「……長官、彼女がアシュリー・クライスで間違いありませんか?」


隣に立つステラがネメシアに耳打ちする。


「……ええ」


一瞬、どう返事すべきか葛藤したネメシアだったが、すぐさま肯定した。奥歯をギリっと噛みしめ、一歩前に踏み出しアシュリーを見やる。


「……アシュリー。ここへ来たということは、自首してきたと考えていいんだな?」


「自首? いいえ、私はあなたたちと取り引きをしに来たのよ」


かすかに口もとを綻ばせながらアシュリーが言う。その言葉を聞いたステラが顔をしかめた。


「取り引き? アシュリー・クライス。あなたは自分の立場をわかっているのですか? あなたはハルジオン様を暗殺し、恐れ多くも天帝陛下のお命をも狙うテロリストの首領。そんな輩と取り引きなど――」


「後悔することになるわよ?」


言葉を遮られ、ステラがアシュリーを睨みつける。


「後悔?」


「ええ。そこに転がってる革袋のなかを見てごらんなさいな」


足もとに転がっている革袋を、アシュリーがアゴで示す。それは、二十リットルほどの容量がありそうな革袋。アシュリーが持参したものだ。


「……そのなかに、いったい何があると言うんです?」


「まあ、見てみなさいよ」


余裕たっぷりに言うアシュリーの様子に、ネメシアはとてつもなくイヤな予感がした。ツカツカとアシュリーのそばに近寄ったステラが革袋を拾いあげ、なかを覗く。


「……!! こ、これは……!!?」


革袋のなかを覗いたステラの顔が驚愕に染まる。ただごとではない様子に気づいたネメシアも、ステラのそばへ行き革袋のなかを覗き込んだ。


「こ、これは……魔鉱石!?」


そう、革袋のなかに入っていたのは魔鉱石の塊。ネメシアとステラが、弾けるようにアシュリーへ顔を向けた。


「こ、これほど大きな魔鉱石を……あなたはどうやって手にいれたのですか……!?」


長く生きているステラでさえ、これほど大きな魔鉱石の塊を見たことはなかった。いったい、どれほどの価値になるのか想像もつかない。


「それは内緒。私が言いたいのは、『緋色の旅団』はそれよりもっと大きな魔鉱石を大量に保有している、ということよ」


驚きの発言に、ネメシアとステラが思わず目を剥く。魔鉱石を保有している可能性が高いとは考えていたものの、アシュリーの発言が真実なら、『緋色の旅団』の財力と武力はとんでもないものだ。


「で、ここからが取り引きよ。私の懐に手紙が入っているわ。それを天帝に渡しなさい。今すぐ」


「手紙、を……?」


ステラが訝しげな目を向ける。


「ええ。それを読ませれば、きっと天帝は私と二人で話がしたいと言うはずよ。ああ、中身は決して読まないほうがいいわ。もし、読んだらあなたたちが処刑されちゃうような内容だから」


「バ、バカバカしい……。アシュリー・クライス、立場をわきまえなさい。あなた方が魔鉱石を保有しているのはおそらく事実なのでしょう。しかし、今あなたの身柄は我々が確保している。このままあなたを牢獄へ送り、処刑してしまえば何の問題もない。首領を失った『緋色の旅団』は次第に勢力を失い瓦解するでしょうから」


ステラの口から処刑という言葉が吐かれ、ネメシアがわずかに顔を歪める。が、アシュリーの表情には何の変化もない。むしろ、余裕たっぷりに見える。それがネメシアにはとても不気味に思えた。


「……いいえ。あなたたちは、必ずこの手紙を天帝に届けるわ。いえ、そうせざるを得ないのよ」


「何をバカな……。長官、早く彼女を留置場へ――」


ステラがネメシアのほうへ向きなおった刹那、とてつもない炸裂音が外から聞こえてきた。ビリビリと震える空気、足もとから伝わる振動。何名かの職員が慌てて建物の外へ飛び出していく。


「たった今、行政庁舎の別館を爆破したわ」


ネメシアとステラが弾けるようにアシュリーへ向き直る。


「行政庁舎の別館だけじゃないわ。ほかにも、さまざまな場所へ爆発物を仕掛けてある。もちろん、魔鉱石を素材にした爆発物をね。あなたたちが私の要求を呑み、天帝に手紙を届けて、返事をもらってくるまで爆破を続けるわ」


「ふ、ふざけるなアシュリー! そんなこと……!」


「あ、あなたは、本当にそんな大それたことをしようとしているのですか……!?」


怒りに震えるネメシアとステラに、アシュリーは冷たい色を宿した目を向けた。


「私は本気よ。要求が通り、私が特別な合図を出すまで、仲間たちが一定間隔で爆破を続ける。早くしないと、アストランティアは焼け野原になっちゃうかもね」


「ぐ……!!」


憎らしくてたまらない、といった表情を浮かべるステラを尻目に、アシュリーが口角を吊りあげる。


「ほら、どうするの? 早く決めないと、大変なことになっちゃうけど」


アシュリーがそう口にした途端、再び大きな炸裂音が響きわたった。今度は、行政庁舎の別館とは反対の方角だ。バタバタと足音を立てながら、治安維持機関の職員がホールへ走ってくる。


「ち、長官! 行政庁舎の別館が……ほぼ原形がないほど爆破されたとのことです!」


また別の職員が駆けてくる。


「報告します! 国立魔道具研究施設のほうで火の手があがっているとのこと! おそらく爆破です!」


報告を聞いたネメシアは、さまざまな感情が入り交じった複雑な表情を浮かべたままアシュリーへと詰め寄った。


「アシュリー! こんなバカなこと、すぐやめさせるんだ!!」


「やめさせたいのなら、早く私の要求を呑むことね。さっさと手紙を天帝へ渡しに行きなさい。言っておくけど、魔鉱石を使った爆発物は大量にある。要求を呑まない限り、この爆破は延々と続くわよ」


「く……! ステラ殿!!」


アシュリーを睨みつけたまま動かないステラへネメシアが声をかける。


「このままでは、本当にアストランティアは焼け野原になってしまう! ここはいったん要求を呑むしかありません!」


「テ、テロリストに屈すると言うのですか……!?」


「今はそんなことを言っている場合ではありません! とりあえずは爆破を止めるのが先です!」


わずかに俯いたステラは、悔しそうに唇を噛んだ。


「し、仕方ありません。では、私が天帝陛下へ手紙を渡してきます」


「早くしてね。あなたが天帝からの返答を携えて戻ってくるまで、爆破は続くから」


涼しい顔をして言い放ったアシュリー。そばへ近寄ったステラは、アシュリーの懐から一枚の封筒を取りだすと、もう一度彼女の顔を睨みつけ、それから一目散に治安維持機関の庁舎を飛びだしていった。

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