第5話 デージー
「そういや、講師の仕事は何時間なんだ?」
アシュリーが週二回働いている私塾までの道すがら、ネメシアは気になったことを質問してみた。
「ん、今日は一時間だけ。どうしたの? あ、送ってくれるのは行きだけでいいよ? 帰りは一人で帰るし」
「いや、それじゃ護衛として来た意味ねぇだろうよ」
たしかに。だが、一時間も待たせるのはさすがに気が引けてしまう。
「一時間も待たせるのは気が引ける、なんて思ってんだろうが、気にするな。どうせ暇だしな」
ガハハと豪快に笑うネメシアに、アシュリーが呆れたような目を向ける。でも、とても気持ちのいい対応だと感じた。
これはネメシアが特別なのか、それともドワーフみんながこうなのだろうか。
それほど多くのドワーフと交流したことがないためよく分からない。あれこれ考えているうちに、目的地の私塾へと着いてしまった。
教室に椅子を用意するから、なかで待つといいとアシュリーは提案したが、ネメシアは断った。
エルフの子女から侮辱的な視線を向けられるのが嫌だとのこと。大多数のエルフがドワーフを下に見ているのはたしかだ。
それを理解しているからこそ、アシュリーは無理強いすることもなかった。
一時間後。
授業を終えたアシュリーは私塾の建物を出ると、きょろきょろと周りに視線を巡らせた。
「あ、いた」
向かいに建つ建物の壁にもたれかかったネメシアを発見し、小走りで駆け寄る。
「待たせてごめんね!」
「いや、大丈夫だ」
並んで歩きだす二人に、通りを歩いているエルフや人間が物珍しそうな視線を向ける。ドワーフとエルフは種族間の仲がよくないうえに、この国においてはドワーフを見下すエルフが特別多いのが現状だ。
ちなみに、アシュリー自身はドワーフを見下すようなことはいっさいしていない。
むしろ、ドワーフを見下しバカにするようなエルフを咎めることさえあるくらいだ。それに、何よりアシュリーはネメシアのことを認め、信頼もしていた。
ネメシアは学業の成績こそそれほどよくないものの、他を凌駕するほどの体力、膂力を有している。学園に入学する前には、素手で魔物を捕えたこともあるのだとか。
しかも、ドワーフならではの発想力や想像力も持ちあわせているので、モノづくりの才能にも恵まれている。
正直、なぜ学園に通って勉学に励んでいるのか、不思議に感じてしまう。
「ねぇ、ネメシアはなぜバジリスタ学園に入学しようと思ったの?」
「ん? ああ、親に言われたから、ってのが理由としちゃ一番大きいかな」
「ご両親から? 何て言われたの?」
「これからはドワーフも学があったほうがいいとか、学園で学んで賢くなれば、天帝陛下のお役に立てるような存在になれるかもしれない、とかな」
なるほど。それにしても、天帝陛下はドワーフにとっても特別な存在なんだ。エルフとドワーフは仲があまりよくないから、ハイエルフの天帝陛下のことも好きじゃないんだと思ってた。
まあ、一代でバジリスタを興して、千年以上に渡り統治している素晴らしい方だからなぁ。この国に生きるありとあらゆる種族から尊敬されているのは当然か。
「そういうアシュリーはどうし――!?」
突然立ち止まったネメシアが一点に目を向ける。
「ど、どうしたの?」
驚いたアシュリーもネメシアの視線を追い、そして息を呑む。二人が視線を向ける先では、ボロボロの服をまとった小柄な少女が地面に倒れていた。二人が慌てた様子で駆け寄る。
「ちょっと! あなた大丈夫!?」
そばにしゃがみこんで少女を仰向きにし、半身を抱き起こす。しばらく風呂にも入っていないのだろう。饐えたような臭いが鼻腔の奥を刺激し、思わずむせ返りそうになった。
「こいつぁ……おそらく貧民街のガキだな……」
「貧民街?」
「ああ。ここからそれほど遠くないところに貧民街が形成されている。おそらくはそこの住人なんだろうよ」
貧民街。読んで字の如く、貧しい民が暮らす街。天帝陛下のもと発展を遂げてきたバジリスタの首都に、まさかそのような場所があるなんて、アシュリーは思ってもいなかった。が、今はそれどころではない。
「ねえ、あなた。どこか痛むの?」
赤い髪の少女に優しく問いかけるアシュリー。すると、少女はゆっくりと目を開け、ぼそぼそと何やら言葉を発した。少女の口元に耳を近づけ言葉を聞きとる。
「もう……何日も……何も食べていないのです……」
どうやら極度の空腹らしい。子どもをこんなになるまで放置するなんて、親はいったい何をしているのか。アシュリーが静かに怒りの火を燃やす。
「あなた、お父さんやお母さんは?」
「……お父さん、は、生まれたときから、いないのです……お母さんは、ついこの前死んじゃったのです……」
言葉を失ったアシュリーがネメシアの顔を見上げる。
「……おそらく、親が死んで食うに困り、貧民街を出てきたってところだろう」
「そんな……」
何ということだ。このまま放置すれば、この子は間違いなく死んでしまうだろう。
「……おなか……すいたのです……」
迷っている時間はない。このままではこの子が餓死してしまう。
「もう、大丈夫。絶対に大丈夫だから」
アシュリーは、うつろな目をした少女の頭をそっと撫でた。と、そのとき――
「……?」
頭を撫でた手のひらが、何やら突起を確認した。そっと優しく髪の毛をかき分ける。そこから出てきたのは――
「これは……」
髪の毛に隠れて見えなかったが、彼女の前頭部にはとても小さな二本のツノが生えていた。
「人間かと思ったら、まさかのオーガか……」
「そう、みたいね……」
多種族共存国家であるバジリスタには、オーガ族も暮らしている。が、数はそれほど多くない。ほとんどの個体は、オーガの王が治める隣国、アンガス王国で暮らしているのだ。
「とりあえず、いったん私の家に連れて帰るわ。ねえ、あなた名前は?」
「……デージー」
「デージー、いい名前ね」
にこりと微笑んだアシュリーが、デージーを背中へ背負おうとする。が、それを制止してネメシアがひょいと抱きかかえた。さすがである。
「あ、ありがとう」
「子どもとはいえ女子が運ぶにゃしんどいだろう。アシュリーの家まで運べばいいんだな?」
「ええ。申し訳ないけど、お願いできるかしら」
「お安いごようだ」
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