第4話 犯罪組織

今週だけで何度めだろう──


国立バジリスタ学園の校舎裏。もじもじしながら手紙らしきものを差し出すエルフの少女に、アシュリーは困ったような目を向けた。


「あの……私、本当にアシュリー様のことが好きなんです!」


意を決したようにまっすぐな目で見つめてくる少女とは対照的に、アシュリーの頰がピキッと引きつる。かわいい少女は好きだが、それは別に恋愛対象にしたいというわけではないのだ。


「ええと、お手紙ありがとう。あとで読ませてもらうわね」


「そ、それじゃ──」


「とりあえずお友達ということで」


みなまで言わさず先制攻撃。何度も経験しているだけにアシュリーの対応は慣れたものである。


希望があることに頰をほころばせ、軽い足取りで校舎のなかへと戻っていく少女。離れてゆく少女の後ろ姿を見て、アシュリーはそっとため息を吐いた。


「はぁ……なんだかなぁ……」


今週だけで十二回。アシュリーが告白された回数である。しかも、十二回のうち九回は同性からだ。


なぜだろう。私、同性が好きだなんて一度も言ったことないよね?


女の子ばかりの環境ならそういうのもありそうだけど、バジリスタ学園には男もいる。にもかかわらず、なぜこんなことになるのだろう。


エルフは美しい顔立ちの者が多いが、アシュリーの美貌は特に際立っていた。ぱっちりとした目元に青い瞳、背中まである絹糸のような白い髪。


それに加え、学園始まって以来の天才と評される頭脳の持ち主である。正直、モテないほうがおかしい。同性からモテる理由は不明だが。


まあ、嫌われるよりは好かれたほうが嬉しいけど……。解せないといった表情を浮かべたアシュリーは、首を捻りつつ教室へ足を向けた。



「よお、相変わらずモテるなー」


教室へ戻ってきたアシュリーに話しかけてきたのは、ブラウンの髪をオールバックにまとめたネメシア。相変わらず逞しい体つきだ。


「……からかわないで」


一瞬だけムッとした表情を浮かべたアシュリーは、つかつかと自分の席へ戻るとやや乱暴に椅子を引き、どかりと勢いよく腰をおろした。


「ケッ! 天才様はおモテになって羨ましいことですね〜!」


前の席に座るサフィニアが、後ろを振り返り嫌味を口にする。いつもなら無視するが、何となくイラッとしたアシュリーは座ったままサフィニアが座る椅子の背もたれを思い切り蹴飛ばした。


「な、何しやが──」


「あなた、私に借りがあること忘れてないわよね?」


ジロリと睨まれたサフィニアが口をつぐむ。試験の点数で負けたサフィニアは、アシュリーの言うことを何でも一つ聞かなければならない立場だ。


が、アシュリーはまだその権利を行使していなかった。


「……ちっ。分かってるよ」


ぶつくさ言いながら前を向くサフィニアの様子に、ネメシアは「やれやれ」と言わんばかりに首を左右に振る。


アシュリーは、先ほどエルフの少女からもらった手紙を広げた。なかなかにかわいらしい字だ。


そして情熱的。思わず肌が粟立ちそうな内容が延々と続く。


読み終わるころには疲労すら感じていた。再度ため息をついて手紙をたたみ、バッグに仕舞う。


手紙もかなり溜まったなぁ。どうしよう。捨ててしまうのは少し申し訳ないし……まとめて実家に送る? いや、さすがに驚かせてしまうか。


苦笑いをこぼしたアシュリーは、とりあえず帰宅したら実家に手紙を書こうと考えつつ授業の準備を始めた。



──午後の授業も終わり、アシュリーは思いきり伸びをする。


「はい、みんな注目」


教壇に立つ壮年の男エルフが手をパンパンと叩く。担任の教師、ランタナに生徒の視線が集まる。


「知っている者もいるかもしれないが、最近テロリストによるものと思われる被害が相次いでいる。君たち生徒が誘拐や暴行の対象になるおそれもある。危険を避けるため、なるべく無用な寄り道はやめてまっすぐ自宅へ帰ること。不必要な寄り道は校則違反とみなします。分かりましたか?」


生徒たちの「はい」という素直な返事に満足したランタナは、「よろしい。ごきげんよう」と言い残し教室を出て行った。


ランタナが口にした通り、近年バジリスタ国内ではテロリストによるものと思われる被害が相次いでいる。


『三日月の悪夢』『緋色の旅団』『バジリスタ解放戦線』


よく耳にするテロ組織の名称だ。去年は首都アストランティアの役所が、いずれかの組織によって小規模な爆破の被害に遭っている。


正直なところ、アシュリーにはテロリストたちの考えがまったく理解できない。天帝陛下が治める平和で素晴らしいこの国の、いったい何が気に入らないのか。


考えたところでそんなこと分かるはずはないが、それよりも困った。何せ、今日は寄り道する予定がありありなのだ。


「アシュリ〜、帰ろー」


「あー……ごめんダリア。私、今日ちょっと寄るところがあるんだ」


「え、そうなん? どこ行くの?」


「仕事」


「あ、そうか。アシュリー、私塾の講師してるんだっけ」


「うん、週に二回くらいだけど。学園の学費はほぼ免除してもらってるけど、生活費は稼がなきゃだしね」


アシュリーとダリア、ジュリアの三名が連れ立って教室から出て行く。


「先生も言ってたけど心配だなー」


「テロリスト?」


「うん。私たちついていこーか?」


「大丈夫よ。それに、私の行き先とあなたたちの家、方角が正反対じゃない」


「そうだけどさ。アシュリーは魔法もほとんど使えないし心配だよ」


ジュリアの言葉にダリアがうんうんと激しく頷く。


「う……魔法は生まれつきセンスがないみたい。でも、弓はうまいよ」


「「弓、持ってないじゃん」」


ダリアとジュリアの声が重なる。


「さすがに、学園へ背負ってくるわけにはね。まあ、そんなに心配しなくても大丈夫よ」


あっけらかんと言い放つアシュリーだが、二人の不安な気持ちは晴れなかった。


さてどうしたものか、と思案する二人の視界に、のしのしと歩く屈強なドワーフの姿が映り込む。


ちらりと視線を交わすダリアとジュリア。お互いの意思を確認したかのように軽く頷くと──


「おーい、ネメシア〜!」


廊下の少し先を歩いていたネメシアの背後から、ダリアが大声で呼びかける。訝しげに振り返るネメシア。


「んん? 何か用か?」


「うん。アシュリーが寄るとこあるみたいだから、一緒について行ってあげてよ」


ダリアの提案に驚いたのはアシュリーだ。


「ちょ、ちょっとダリア! いいわよそんなの。一人で大丈夫って言ってるじゃない」


「んー、まあ大丈夫だとは思うけどさ。先生からあんな話聞いちゃって不安なんだよー」


「だ、だからって──」


「俺なら別に大丈夫だぞ」


渋るアシュリーとは対象的に、ネメシアはあっさりと了承しニカッと笑みを浮かべた。


「ほらほら、ネメシアもこう言ってるしさ。言葉に甘えなよー」


肘でつんつんと突いてくるダリアにジト目を向け、諦めたようにため息を吐く。


「はぁ。じゃあ、ネメシア。申し訳ないけどお願いするわ」


「おう。任せとけ」


「ん? そういやサフィニアは?」


「あいつは少し図書室で勉強してから帰るらしい。ドワーフなのにめちゃくちゃ勤勉なヤツだぜ」


褒めてるのか貶してるのか分からないネメシアの言葉を聞きながら、アシュリーは「うるさいのがいなくてよかった」と素直に思った。


そう言えば、サフィニアの父親はバジリスタ城の建設だか設計だかにも関わったことがある著名なドワーフとのこと。将来はそっちの道でも目指すのだろうか。知らんけど。


何はともあれ、アシュリーは屈強な護衛役、ネメシアを伴い目的地へと向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る