幼女拳〜バッファローと戦い幼女になる〜

氷泉白夢

幼女への道

 いろりマコトには三分以内にやらなければならないことがあった。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに対し、幼女となってこれを迎え打たねばならなかったのだ。

 その男、爐マコトはその巨体にぐっと力を込める。

 彼の鍛え抜かれた筋肉に緊張の汗が伝い、滴り落ちた。

 いかに生まれ持った巨体と鍛え抜かれた肉体を持つマコトであろうと全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに呑まれればひとたまりもないだろう。

 そのために鍛え抜かれたその身体を今ここで幼女へと昇華し全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを切り抜ければ命はない。


「まだからだが固いぞ。そのままでは命をおとす」


 マコトは横目で声のする方を見る。

 そこには古めかしい和風の屋敷に「う ど ょ じ う よ道 女 幼」と書かれた巨大な看板が掲げられていた。

 看板はカラフルな色鉛筆で描かれており「ょ」と「じ」の間には間違えて書かれたうが雑に塗りつぶされている。

 そしてその看板の掲げられたさらに上、屋根に一人の黒髪ロングでツインテールの幼女が足をぶらぶらさせながら腰掛けている。

 その服は白い胴着に紺色の袴、その裾に小さなリンゴのアップリケにありすと書かれている。

 お菓子の箱を自分隣に山のように積み上げ、今も棒付きのキャンディーをんむんむとなめている。


「長鳴師匠……俺は、幼女になれるでしょうか」

「ならねば死ぬ、それだけだ。お前が選んだのはそういう道だ」


 長鳴おさなきありす。幼女拳において数少ない師範の称号を持ち幼女拳最強の一角とされている、四十七歳にしてプロ幼女歴四十四年のベテランである。

 その真髄は徹底した肉体改造により幼女化薬や契約に頼らず己の力のみで幼女と成っているところだ。

 その道は険しく、今やありすと同じ手法で幼女となっている者はほとんどいない。

 だがマコトはあえてその道を選んだのだ。


「……わかっています、俺は……!」


 マコトの脳裏にはあの日、自分の村を襲った憎き幼女のことを考えていた。

 自らの身長と変わらぬほどに巨大な斧を持ったその幼女は、それを一振りのするだけで多くの家を薙ぎ払い、村中のおしゃれなビーズを奪って去っていったのだ。

 あの時の悔しさをマコトは忘れたことはない。

 なにより今まで鍛えてきた肉体が、技がまるで彼女には通じなかった。

 力ですらあの斧を持った幼女の方が強かったのだ。

 マコトは自らの無力さに打ちのめされた。

 しかしそれ以上に、幼女の持つ力に惹かれたのである。

 あの斧を持った幼女に打ち勝つためには、やつと同じ、幼女という土俵に立つしかないと痛感したのである。


「りきむな」


 いつの間にか屋根の上からマコトの隣にまで移動してきたありすはマコトの足を全力で蹴る。

 まるで痛く感じないが確かに力を込め、本気で蹴っている。

 彼女はこのように大の男であれば気にも留めないように本気で蹴ることができる。

 しかしありすは全く同じ動きの蹴りで巨大な岩をも砕くことができるのだ。

 それが幼女拳師範の長鳴ありすの恐ろしいところである。


「痛いです師匠」

「いいかマコトよ、幼女の力はじゅーごーだ。わたしは今までお前にその両方をたたきこんで…こう、たたきこんできたつもりだ、たくさん。わかるか」

「……」

「お前はあえて短時間で危険なやつ、修行。そう修行をだ。そういうのを求めてきたわけだ。早く強き幼女になるためにだ」


 ありすは少々舌っ足らずで口下手だ。

 彼女は大きな身振り手振りと実戦でマコトをわずか十日間で鍛え上げた。

 ありす曰く、十日とは幼女にとって体感半年にも近い時間であり、この期間で見込みがなければどうにもならないという。

 しかしマコトはその修行でしっかりと素養を身につけた。

 そしてその修行の最終段階こそがこの全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れであった。


「……俺は、信じたいんです。例えこの身を幼女に変えようともこの鍛えた肉体は決して無駄ではなかったと。自分の肉体を極限まで高めて幼女になることがその証明になるのだと」

「うむ」


 マコトの言葉を聞きながらありすはぴょこぴょこと回るようにマコトを見回し、頷く。


「だからこそ、わたしはお前にちゃんとこう、全部教えたぞ、全部だぞ。わかるな」

「はい」

「全てを破壊しながら突き進むバッファローさんの群れと、対峙する、対峙して、それでも立ち続けるには、じゅーごーを使い分けるのだ。くれぐれも忘れるな。それができればおまえは幼女となる」

「……はい」


 そういってありすはとてててと走り、一飛びで屋根の上に飛び、腰掛けるなりキャラメルの箱を開けてさっそく一粒ぱくりと食べる。


「あまー……」

「……長鳴師匠、そんなにお菓子を食べるとまた晩ご飯が入らなくなりますよ」

「おまえがそのようなことを気にする必要はない」


 ありすはぴしゃりと言って口を尖らせながらまたキャラメルを一粒食べては幸せそうな顔をしていた。


「……」


 マコトは再び息を整え、精神を集中させる。

 ほんのわずか、地面に振動を感じる。

 ついに全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがこの場所に辿り着こうとしているのだ。


「ふむ……少し軌道がずれているな」


 ありすはそういって足をぶらぶらとさせて、右足の靴をほんの少し脱ぐ。

 動きやすそうなその小さなスニーカーをやはりぷらぷらと足で弄びながら、ありすは全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを見据える。


「マコト、おまえは自分のことだけに集中していろ。周りの心配を、心配するな」

「……はい」


 そういうとありすはふらふらさせていた右足にくっと力をこめる。


「あーしたてんきになーあーれっ」


 歌うように言いながらありすはその靴をぽーんと遠くへと飛ばした。

 山なりにふわりと軌道を描きながら飛んでいった靴はまだしばらく先にいる全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの少し先に落ちる。そして落ちた靴が地面に接した瞬間。


 ズンッ!!


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの前に巨大なクレーターが出現した。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの前方を破壊したのである。


『ブモオオオオオオッ!!!』


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは目の前を破壊され、より破壊されていない方向へと向きを変えていく。

 それはまさにマコトの立っている場所、その方向に向けて全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは靴一つで軌道修正されたのだ。


「マコト、明日は晴れだぞ」

「……」


 なるほど、マコトが自分の事にだけ集中しても何も問題はないだろう。

 マコトは改めてありすの偉大さを思い知ると共に、いずれあの境地へと辿り着く事を胸に誓う。


(柔と剛、か…)


 マコトはすっと身体の力を抜き、迫り来るバッファローを見据えながら己が取るべき行動をシミュレーションし始めた。


 まずは一番先頭のバッファローの頭に一撃叩き込む。

 そして怯んだバッファローを盾に次のバッファローを待ち構え……

 マコトは首を横に振った。

 このやり方ではいずれ全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの数に対応できなくなり轢き潰されるだろう。

 ならば師匠のように何か石を投げて怯ませ、距離をとっていくか。

 マコトの額に汗が滲んだ。

 そのような方法で先頭を怯ませ続けたとて、全てを破壊しながら突き進むバッファローの後続が、怯んだバッファローさえも破壊して襲いくるであろう。

 例え仲間ですらも破壊するからこその全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れである。

 ではどうする。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ、幼女、柔と剛、強さ。

 マコトはごくりと唾を飲み込み、自然と乱れた息を整えるように深呼吸する。


 マコトがこの場で構えてから三分。

 ついに全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れはマコトの目前に現れる。

 そこからはまさに一瞬だった。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは瞬く間にマコトを呑み込み踏み荒らされる地面と土埃によってあっという間に一体は土埃に覆われた。

 マコトはなす術なく全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに破壊されてしまったのか。


 いや、違う。マコトはすでに答えを見つけていた。


『ブモオオオオオオッ!!!』

「んぬおおおおおおッ!!!」


 マコトは全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの先頭を避けた。

 次に襲いくるバッファローもまた避けた。

 次に襲いくるバッファローもやはり避けた。

 襲い掛かるバッファローの群れの中を、マコトは紙一重で回避し続けたのである。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに真正面から挑み続けてはどのような力があろうといずれは限界が来るだろう。

 だがありすはそもそも全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを倒せとは言わなかった。

 対峙しながらも立ち続ければいいと。

 ならば全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れのわずかな合間を縫うように避け続ければいいのだと、マコトは理解した。

 無論それも口で言うほど簡単ではない。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを時に柔らかくいなし、時には剛力をもって強引に道をこじ開けた。

 飛礫や弾みで折れたバッファローの角など飛来するものも視界の悪い中で都度避けていく必要もあり、気が抜ける瞬間は一度たりともなかった。


『ぶもおおおおおっ』

「ぬおおおおおおっ」


 ほんの一瞬の、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが過ぎ去る瞬間がまるで永遠のようにも感じた。

 引き伸ばされた時間の中でマコトはまるで自分の身体が削れていくような感覚を覚える。

 そしていよいよ群れも終わりかという時、マコトは目の前の光景に戦慄する。


「道が……ない!」


 おそらく最後尾にほど近い場所にて、今まではわずかながらにも朧げに見えていた避けるための道がなくなってしまったのだ。

 わずかな時間の中でマコトは思考を駆け巡らせた。

 道をどこかで間違えたのか?

 いや、そうではない。

 それは全てを破壊しながら突き進むバッファローというものの生態に思いを巡らせた時、理解した。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは当然強く大きいものたちが先頭に立ち群れを率いていく。

 ならば最後尾に近づけば弱く小さいもの達の集まりになっていくのは必然である。

 弱く小さいバッファローが先頭のバッファローに縋り付きながらも身を守るにはどうすればいいか。

 先頭集団達よりもさらに身体を寄せ合い、ひとまとまりとなって破壊された道に沿って突き進むのだ。

 そうして今はまだ小さく弱い彼らは先頭集団に守られながらも破壊され走りにくくなった道を進み、足腰を鍛えていずれ集団を率いる者達へと成長していく。

 それが破壊し突き進む生き方を選んだバッファローの群れの、種のサイクルなのだ。

 となればこの状況は必然。

 当然長鳴ありすも把握していることでありこの試練の最後の難関という事になる。


(どうすればいい、どうすれば……!)


 いくら種の中では力の弱い者達であっても全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは人間にとっては依然として脅威のままである。

 万全の状態ならともかくバッファローの合間を避け続けて満身創痍の状態で、この群れをちからずくで押し除けることはまず不可能だろう。

 マコトは必死に思考を巡らせるも答えを出せずにいた。

 鈍化した世界の中、走馬灯のように今までの出来事がバッファローのように頭の中を高速で駆け抜けていった。

 そして先ほどの最後に至ったのは長鳴ありすとのやりとりであった。


(長鳴師匠、そんなにお菓子を食べるとまた晩ご飯が入らなくなりますよ)

(おまえがそのようなことを気にする必要はない)


 今思えば。

 あの時の長鳴師匠はいつもと少し様子が違っていたような気がする。

 確かに彼女はお菓子が好きだが普段あそこまで山のように箱を積み上げるようなことをしただろうか。

 幼女。箱、積み上げる。そして。


「……!!」


 マコトは一つの答えに辿り着く。

 そしてもはや悩んでいる暇はなかった。

 襲いくる全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの最後尾に向かってマコトは駆けた。そして。


『ぶもーっ!!』

「やーっ!!」


 跳んだ。

 襲いかかるバッファローの頭を手で弾き、そのまま勢いよく、弾むように跳んだ。

 要は跳び箱の要領である。

 一瞬上に跳んでさえしまえばあとは向こうから走り抜けていってくれる。

 マコトはふと跳んでいる最中の景色を見た。

 砂埃は晴れ始め、青空が自分を迎えてくれた。

 その景色は見慣れたものであるにも関わらず、とても清々しく思えた。


 そしてマコトはもうひとつ気付く。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの子供達だ。

 彼らは懸命に前のバッファローに向かって追い縋っていく。

 もはや避けるまでもないその小さな命たちが宙に浮く自分とすれ違っていく。


(そうか、さっきのバッファローは……)


 彼らが寄り集まっていたのは自分たちの身を守るだけではない。

 この小さなバッファロー達を守るための動きでもあったのだ。

 大きな大人のバッファローから小さな子供のバッファローへ、時を戻るかのようにすれ違い、そして……


「ぷもーっ」

「っと……とと」


 身体が軽い。ふわりと地面へと着地しびしっと手を挙げてまっすぐ立つ。

 バッファロー達の方を見ると、もはや遠くへと駆けて行きまた全てを破壊をしながら突き進んでいく。

 マコトは彼らに心の中で礼を言い、行く末を案じた。


「……さすがだな、マコト」

「長鳴師匠ししょー……!」


 マコトは師匠の姿を見てようやく身体の力が抜け、その場にへたり込んだ。


「……あれ、師匠ししょー、なんだか大きくなりました?」

「変わったのはおまえだ、マコト」


 ありすはマコトの前に小さな貝殻が散りばめられた鏡を見せる。

 そこに写っていたのは目のくりんとした金髪の幼女であった。


「……!」

「今日からおまえは幼女だ、限界状態の中、こう……身体がなんかこう、最適……みたいな、そういうことになって幼女へと姿を変えたのだ。よくがんばったな」

「……やったー!!」


 マコトは身体がボロボロなのも忘れてぴょいと跳びはねた。

 緊張感から解放され、喜びが湧いてくる。


「マコト、これが始まりだ。幼女拳を極める道は遠いぞ」

「……はい!師匠ししょー!へへ!」


 マコトは改めてありすの姿を見る。

 今はマコトの方が少し背が低いようであった。

 マコトはふにゃりと笑うと、お腹がぐうよなってしまった。


「えへへ、お腹空いちゃいました」

「そうか?わたしはそうでもないが……」

師匠ししょーやっぱりお菓子食べ過ぎですよ」


 ふとマコトは先ほどの試練の突破のきっかけになったお菓子の箱の山のことを思い出す。


師匠ししょー、もしかしてあのお菓子の箱のやまはわざと……?」

「なに?」

「いや、箱が……積み重なって」

「何を言っているのかわからんな」


 そう言ってありすはほんの少し微笑んだ。

 長鳴ありすは幼女であり、大人であり、師匠である。

 爐マコトは幼女になって改めてそう思った。


「じゃあそれはもういいです、師匠ししょー、ごはんないならお菓子くださーい」

「だめだ、夕飯の前に食べると入らなくなるぞ」

「やっぱり食べられなくなるんじゃないですか!」

「わたしはなってない!!」


 こうして爐マコトは幼女となった。

 しかしこれは始まりに過ぎない。

 幼女拳を極める道はまだ始まったばかりなのだ。


 おしまい!

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幼女拳〜バッファローと戦い幼女になる〜 氷泉白夢 @hakumu0906

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