第17話「新武器」
弦木家本家には
純粋な防御性能以外にも術式に施した「藤十郎が認めた人間以外の侵入を拒む」という“誓縛”によって、外部からの侵入を許すということはまずありえない。事前に藤十郎はこの会議の出席者、及び出入りする人間を事前にリスト化したものを暗記して術式構築の際の“誓縛”の対象に盛り込んでいるからである。
しかし、現にこうして狙撃という形で藤十郎が狙われ、更に内部で戦闘が起き、本来鉄壁としてあるべき弦木家本家で起きてしまい、大きな混乱を招いてしまっている。
“どちらにしろまずはこの混乱を収めることが第一だ。外に漏れたらそれこそ草薙機関の隠蔽が間に合わない可能性も十分にありえる”
先ほど、藤十郎を庇って胸元を撃ち抜かれた結人は頼孝と環菜と共に弦木家本家の敷地内を移動しながら、現在の状況を分析していた。
弦木家本家は古き良き武家屋敷の内装にしていることや、その広大な敷地面積を持つこともあってかなり広い。混乱や戦闘が起きている範囲の広さを考えると、情報収集と状況把握に手間取ってしまうだろう。
「弦木、俺が式神を使って状況の把握と情報収集を行う。大丈夫か?」
「全然問題ありません。むしろ使えるものはもう何でも使って結構です。今はこの状況を引き起こした者たちを捕らえることが先決です!」
環菜は結人が式神を有していることを今初めて知ったが、彼女は努めて冷静にかつ合理的に判断し許可した。
面子云々や規則など、今この混沌とした状況では意味がないとわかっているからであり、この場を収めないことにはどうしようもないこと、そして今ここには「五家」の長たちもいる。
当然ではあるが、「五家」の長たちが遅れを取ることはないと環菜は思っている。祖父に限らず他の長たちも激動の時代を駆け抜け、生き残って来た猛者たちだ。そこら辺の凡夫の魔術師たちに遅れを取ることはないと信じている。
“でも、今は違う。相手次第では、ということも十分にありえる”
だがそれは今までの常識ならではの話だ。「灰色の黎明会」を始めとした、敵性の異世界からの「帰還者」たちという、地球の
「
結人は自分の右手首に爪を立てて切り、そこから地面に垂らしながら詠唱を行う。
そして垂らされた血だまりから、五匹の人間サイズの大きさの巨大な蜘蛛が姿を現した。真っ黒な外骨格に覆われ、複眼を持ち、人間を斬り殺せるような脚と牙を有し、頭には漢数字がそれぞれ刻まれていた。
「
切った手首をすぐに止血しながら、結人は召喚した蜘蛛の式神たち「八束」たちに指示を飛ばす。蜘蛛たちは主を前に平伏するように整列しながら指示を聞き、そして素早く散り散りになった。
「うわ……。マジの蜘蛛かよ……」
「なんだ。蜘蛛は苦手か?」
「あー……、いや。ちょっとな。ほら、ビジュアルがちょっとキモイというか」
「失礼だな。お前、それでよく異世界を生き抜いたな」
頼孝が結人の式神の蜘蛛たちを見て顔を青くしてドン引きしていた。どうやら彼は蜘蛛が苦手らしい。
「……ま、弱点がわかっただけでも良しとするか」
「なにか言ったか?」
「何でもない。環菜、今回の下手人は弦木家魔道の当主を狙ったわけだが、少しだけ手荒にやってもいいか? 風穴を開けられたわけだしな」
結人は環菜に言った。その言い方には苛立ちがこもっているが、それはあくまで敵に対してだ。
藤十郎のことに対して特別な感情を抱いているとかそんな理由ではない。
理由は至極単純。自分と関わった人間を殺そうとしたから。それだけである。
「はい。私が言う事は変わりませんし、貴方も初めからそのつもりでしょうけど、改めて言います。死ななければ、下手人の状態は問いません」
少女から出される、事実上の死刑宣告にも等しいものだった。
これまで彼女は殺してはならないと言っていたし、やりすぎてもある程度は問題はないとした。魔術師であれば自分の肉体をある程度強化することが出来るし、最悪車に轢かれるぐらいでは死んだりしないからだ。
だが、それは彼らの常識の中での話。基本的に白兵戦においても合理性を突き詰めた殺人術を駆使する葛城結人にそれは当てはまらない。
的確に、正確に命を刈り取る技術や能力は自分より優れているだろうと環菜自身も認めている。
そして今回。自身の祖父を殺されかけたこと、結果として共に戦う仲間が傷つけられたことに、環菜も強い怒りを抱いていた。
故に、彼女は結人にそのように指示をする。生命活動を絶たなければ相手がどんな状態になろうと構わないと。
「―――――その指示、
少年はその指示を承諾し、弾丸で破れた黒スーツの上着を脱ぐ。
スーツの下に現れたのは彼が独自に制作した戦闘服。
細やかに糸を編み込み、その上に柔軟なプレートを組み込んだ灰色の全身タイツ型スーツ。いくつものポケットのついた上着。動きやすさを重視したそれは結人のしなやかで強固な筋肉の盛り上がりを見せる。
そして彼の右手には網目模様の銀色の棍棒のようなものが握られていた。
「術式刻印、
スティックを握りしめ、初起動となるそれに自分の肉体と魔力回路からの術式刻印との接続を行い、脳内に投影した機能の動作確認を行う。
それが終わる頃にはその武器から目に見えない威圧感が漏れ始める。武器に込められた呪力……呪いに満ちた魔力で溢れ出し、結人と一体化するように馴染んだ。
「いたぞ、奴らだ! 今の内に殺せ!」
明らかに統一感のない不良のようなカジュアルな装いの武装集団が現れ、結人たちに殺意を向ける。
数はおよそ10人以上。手に持っている得物は市民体育館の時のような刀や片手剣。中には杖といった魔術行使の補助道具としての魔導器を有している者もいる。
“拳銃を持っているヤツもいるな。魔術師という都合上、外部の警察に連絡とかは一切ないだろうし、これでは戦える人間を探すことの方が困難になりかねん。先にコイツらを徹底的に無力化した方がいいな”
わずか数秒。
眼前の敵を打ち砕くため、結人は手に持った
「―――――鳴け、
その
棍棒の両端から灰色の魔力をまとって同じ長さの棍棒が出現し、それらを太く頑丈な糸で繋がっていた。
――――――――その形は、まるで三節棍のようだった。
「かかれぇ!!」
襲撃者の1人が声を上げ、集団で襲い掛かり始める。
「威勢の良いことだ。相手の実力も見極められないのか」
結人は一人、その集団の真っただ中へと飛び込む。
「――――――――ひっ」
目の前にとてつもない速さで、一瞬で距離を詰められた襲撃者の1人は反射神経が良かったばかりに、自分の目の前で振り下ろされる三節棍に声を漏らし、頭蓋を砕かれる。
そしてその勢いのまま、次なる獲物に食らいつくように距離を取ろうとした別の襲撃者に襲い掛かる。
「やめろ、来るな――――――ぎゃぁ!?」
「チクショウ! こうなったら一太刀―――――」
「ああ、腕が、足が――――――! こんなの、こんなの、聞いていな―――――」
そのまま行われたのは、一方的に蹂躙だった。
結人の三節棍の扱いは凄まじいものであり、彼に目をつけられた襲撃者たちは一方的な暴力の嵐を受けることになった。
1人は顔面を拳で歯ごと折られて陥没させられ。
1人は四肢の関節を粉砕され。
1人は鎖骨を両方砕かれた。
死なないように、死なないように。男も女も関係なく、死なないように。失血死、ショック死など、考えられる死因まであと一歩の所をギリギリの箇所を彼の手に持つ三節棍「奈苦阿」を振るって打ち砕いた。
そんな彼との戦闘により、今この場に集った約10人規模の襲撃者たちは最低限の生命活動以外を粉砕され、地面に転がるのだった。
「とんだ雑魚共だな。殺す価値すらありゃしない」
「葛城君、こっちはもう大丈夫でしょう。早く正門の方に。あそこの方から強い魔力を感じます」
「ああ。ちょうど、壱番と参番からもちょうど同じ報告が来た。すぐに向かうぞ」
環菜に言われ、結人はもう足元の襲撃者たちに興味がないと言わんばかりにその場を離れ、ついていく。
「……」
その後ろを頼孝は眉間に皺を寄せながらついていく。
結人の先ほどまでの容赦のない蹂躙。そして慈悲の欠片もないその様。どこまでも合理的で尚且つ誰一人殺さないで瀕死にしたその腕前。
武術に努めた頼孝自身、確かに葛城結人という男の強さを認めているしそこは疑いようのない事実であることはわかる。
だが、同時に。
「葛城……、お前は……」
とても、生きづらいのだろうと思ってしまった。
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