第3話「第一回作戦会議」

 環菜が草薙機関との調整でやってきたその女性に、結人は見覚えがあった。


「アンタ、市民体育館で現れた……」

「あら? 貴方昨日テロリスト連中を相手に善戦していた蜘蛛男君じゃない! お久しぶりー!」

「……っ」


 その女性の言葉に結人は思わず閉口する。

 ほぼ初対面に等しいのにあまりにもフレンドリーすぎるほか、いきなり結人のことを「蜘蛛男」呼びしたことに彼女に対する第一印象は地に落ちた。


「コホン。とりあえず、自己紹介いいですか? 夜上さん」


 彼女のテンションの高さをたしなめるように環菜が咳払いをして言った。


「ん? ああ、自己紹介ね。アタシは夜上やがみ柚希ゆずき! 草薙機関所属の『防人』で壱級魔術師でーす! つまりは環菜ちゃんの頼れる先輩として、悪さをする魑魅魍魎ちみもうりょうや悪徳魔術師をぶった斬り、そして時には教師として子供たちに社会を教え、日夜社会を守る公認ヒーローをしている女剣士でございます!」


 その女性、柚希はそんなユーモア溢れる自己紹介をした。


 格好はスポーティという言葉が似合う紺色の短パンを履いていて、健康的ですらりと長い足を出している。上着は黒のキャミソールの上にメンズ寄りのジャケットに袖を通していて、季節はまだ冬の寒さが残る春だというのに全体的に清涼感があった。


 顔立ちはどことなく幼く見える童顔ではあるが、そのスタイルの良さと恐らく170cm近くある身長。妙なテンションの高さがなければ手の届く範囲の美人、もといどこにでもいるような特別なイメージのない美人に見えるだろう。


「弦木、このクセが強い人が組織の協力者という認識でOK? 最初から不平不満の見切り発車も良い所なんだけど」


 ……だがその人物評はあくまで結人の客観的意見であってそれとこれは別。あからさまに“この人とは色々合いません。お帰りプリーズ”といった雰囲気と目線を環菜に向ける。


「もう、葛城君ったらそんな失礼なこと言っちゃって。お姉さん悲しいぞ☆」


 だがそんな結人の遠回しな嫌味をもろともせず、柚希はウィンクをした。一瞬彼女の目元に星が見えた気がしたが、それは幻覚だろうと結人はガン無視する。


「夜上さん、説明が出来ませんのでその辺りで。どちらにせよ、貴女にとっては些事なのでしょうから、早くしましょう。というか貴女が出払ってきたというのはなんですから、事態の早急な解決が求められているのでしょう」

「環菜ちゃんは相変わらず真面目ねー。でも、それが環菜ちゃんの良い所なんだもの。それじゃ、アタシがなぜここに来たのかも含めて、色々説明しちゃいましょう! あ、まずはちょっとした昼食ランチねー」


 そう言って、柚希は手に持っていたコンビニで購入したと思われるサンドイッチをレジ袋から取り出して食べ始めた。


「……頼孝?」


 結人は横目で頼孝を見ると、彼は柚希に釘付けになっていた。


「―――――すっげぇ、イイ女」

「おい、スケベ野郎」


 絶景を見つけた旅人のような真顔でそんな下心満載のセリフを吐いた男に、結人はツッコミの拳骨を入れるのだった。






 ◇◆◇






 夜上柚希の簡単な昼食が終わり、時刻が12時30分を過ぎた頃。


「それでは、第一回『特殊調査活動部』顧問、夜上柚希お姉さん仕切りの作戦会議を始めたいと思いまーす!」

「アンタ、後から来たのに顧問なのかよ」


 完全に仕切っている柚希に対して結人はツッコミを入れた。


「そりゃあ、アタシは元々環菜ちゃんの前任の担当者なんだもん。この街のことについて詳しい人間は今この場ではアタシの方なんだから」

「前任? どういう意味なんだ?」


 柚希が環菜の前任の担当者という言葉がわかりにくかったので、結人は再び質問する。


「以前軽く説明したけどおさらいとして。『防人』というのは、いわばその街の霊脈管理、怪異の発生源の駆除、魔術関係の取り締まりなどを専門として陣頭指揮を執る、その街専属の魔術師なんです。私の家、弦木家は代々草薙機関から『防人』を輩出する家で、柚季さんはそんな私の前任の魔術師なんです。ちょっとした年単位の交代制のようなものだと思ってください」

「そんな仕組みなのか? それなら確かに詳しいのだろうが……」

「?」


 結人は環菜の説明に納得するが、先ほどから視線が自分に向けられている柚希に嫌な感覚を覚える。


 その視線はどことなく感覚ではなく、本能に訴えかけてくるような。もっと言うのなら、殺気にも似ている。研ぎ澄まされた少年の感覚はその視線だけで全身が総毛だち、無意識にでも柚希に注意を向けてしまう。


「いや、何でもない。続けてくれ」


 気にしてもしょうがないと結人は椅子に座り直し、ペットボトルの麦茶を一口飲んだ。


「それじゃ、続けるねー。まずは現在のこの街の状況から。ぶっちゃけ、ちょっとこの街はピンチ、絶賛大変なことになりそうになっています。これは環菜ちゃんにもまだ伝わっていない新しい情報でーす」

「ちょっと待って、柚希さん。それどういうことです? 昨日の機関からの資料では、現時点での何かしらの大きな異変はまだどこにも起きていないって……」


 柚希の突然の言葉に環菜は焦り気味に言った。


「あ、それはこっち組織の伝達ミス。資料渡した時入れ違いになっていたの。とりあえず資料を張りだしてそれを見せながら説明するね」


 彼女は手元に持っていた封筒から資料を取り出し、それを部室の中にあるホワイトボードに磁石などを用いて貼り付ける。


「まずこの輪祢町の魔術事情について説明するわね。この輪祢町はこの夜交市の霊脈の集中する場所なの。草薙機関に所属する魔術師の家……、この場合は環菜ちゃん夜上家うちとか、5つぐらいの家が分けて管理しているの。この国でも結構上質な霊地だから、昔から外様の魔術師とか団体が土足で踏み込んできたりしていたのでこれを追い出したり、時には殺し合ったりしていたわ。そんな関係でアタシたちにとってこの街は領土みたいな感じ」


 ホワイトボードに貼られている夜交市・輪祢町の地図をスティックで柚希は説明する。


「これを踏まえたうえで言うと、今この5つの家が管理する霊地のうち、2つが正体不明の団体によって乗っ取られてしまったの。それを用いた霊脈への干渉によって、うち夜上家と弦木家ともう一つの霜田家の管理する霊脈に大きな乱れが発生し始め、怪異の発生件数が増え始めているのよ」

「なんですって? 江取家と滝浪家の連中は何をやっているのです? その団体は一体何者なんですか?」

「それが江取家と滝浪家の方で何かあったのはわかるんだけど、何がどうなっているのかはわからないんだよね。こっち組織も調査したいと思ってはいるけど、あっちはあっちで人手不足で中々手が回らない。だから調査も出来ていないから現状どうなっているのかわからないの。そこで、問題です! この流れをよーく考えて、今から私たちがするべきことはなんでしょう? 多々見君?」

「え、オレ? あぁーえっとー。アレでしょ。なんかヤバイことになっているから、調査して原因を究明しに行くという感じですよね?」


 どこか上の空だった頼孝がいきなり柚希に名指しされ、あまりにもざっくりしすぎて環菜はギロリと睨みつけられるのだった。これで適当に言っていたら彼女からの拳骨が飛んできていたであろう。


「うーん、まあおおよそ合っているからヨシ! まぁ、昨日の市民体育館の状況とか諸々考えると例のテロリスト集団の仕業とアタシは見ています。なので、今後我々『特殊調査活動部』はこの2つの霊地とそこの管理者たちの家で何が起きているのかを調査しないといけないということになります」

「……霊地に何かしらの細工をしている可能性を考えると、先に霊地を抑えて街に出現する怪異の発生を抑えておかないと『灰色の黎明会』の連中を捜査することも出来ない。そういう考えなんだな?」

「はい、葛城君だいせいかーい! 物分かりの良い子は大好きよ!」


 要点を的確に応えた結人に柚希はあからさまにテンションを上げて言った。そんな彼女の態度に結人は更に眉間を皺に寄せて表情が険しくなる。


「とにかくな。あのイカれた連中が霊脈をメチャクチャにしょうとしている可能性があるから、そいつらを皆ごろ……じゃない。一網打尽に捕まえて問題を解決しようってことなんだろ。簡単な話じゃないか」


 あくまで合理的な考えで結人は言った。


 本当ならその霊脈で何かをしようとしている不埒者を殺そうとは思っていたのだが、それを環菜は許さないだろうと考えてのこと。

 感情論で動くのは自分の柄ではないし、最も戒めるべきことだと理解している結人は今後の憂いを断つという意味で環菜たちと出会わなかったら、昨日の市民体育館での戦いでクリュサを無惨に殺していただろう。


「うんうん。その考え、お姉さんの好みよ。環菜ちゃんもそれでいいでしょ? なにしろ今回ばかりはばかりがたくさんだし、出来ることは少ないけど」

「もちろんです。今代の『防人』として、此度の事態解決に全霊を注ぎます」


 冷たい、鋭利な目を真正面で受け止めながら環菜は至極真剣な眼差しと表情で柚希からの言葉を受け止める。


「これは、大変なことになったのかもしれんなぁ」


 そんな間の抜けた声を漏らしつつも、頼孝はその目つきを年相応の少年のものから、歴戦の勇士戦士を思わせる目に変わっていた。


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