第11話「今後の意気込みと最低限の覚悟」

 次の日。私立開祈学園・特殊調査活動部にて、葛城かつらぎ結人ゆいとたちは一同に集まっていた。


『昨日、夜交市やこうし輪祢町りんねちょう市民体育館で不良グループによる暴力事件が発生し、複数人が重軽傷を負いました。警視庁は半グレ愚連隊グループによる抗争によるものとして、重軽症を負った少年たちの意識が戻り次第、事情聴取をする予定です』

「っとまぁ、こんな風にニュースになっていますけど、実際には草薙機関傘下の病院に入院してもらって治療を受けています。意識が戻り次第、尋問を受けてもらう予定ですが」


 表向きは空き教室となっている部室に置かれているテレビには、昨夜の市民体育館での一連の出来事が報道されていた。


「やっぱり、こういうパターンは嘘の報道とかするわけ?色々とバレないように隠蔽工作をするってこと?」


 結人は頭をかきながら言った。


「オレも最初はよくわからなかったんだけどさ、こういう魔術とかが絡むような事件は草薙機関が全面的に対応しているらしいんだよ。知らなかったのか?」


 頼孝が学校の自販機で購入した缶ジュース(オレンジ)を飲みながら言った。


「特に興味なかったしどうでもよかったからな。術の使い道も特にあったわけでもないし」

「葛城君、どうでもいいじゃ済まないことはこの世にはたくさんあるんです。そこはちゃんと聞き耳を持ってくださいね」


 魔術世界における常識をどうでもいいと一蹴され、環菜はため息をつきながら注意した。


「いいですか、魔術は基本的には科学技術などでは説明がつけられない法則ルールなのです。基本原則として、“魔術は神秘であり神秘とは隠匿・秘匿されてこそ神秘である”といういにしえより伝わる掟があります。科学とは両立しえないものであること、才能によって大きく左右されるもの、そしてそれ以上に科学で成り立っている今の社会では人の世に在らざるべきものであるため、魔術の存在を隠すことは魔術師だけではなく社会を混乱から守ることに繋がります」

「あー、わかった、わかった。ようはルールに従って、周囲に自分が魔術師であることをバラしたりしなければいいんだろ? その言い分だと、掟を破ったら口封じで暗殺者とかそういうのが送り込まれるってのが見え見えだ」

「ご理解いただけたようでなによりです」


 環菜の長い説明を簡潔に解釈し、結人はスポーツドリンクを一気飲みした。遠回しにことをあえて明言しなかったのは、大筋を理解していればヨシと考えたからである。


 現代において、神秘ではなく科学技術によって成り立っている現代社会において、魔術とは一般人からすれば完全にオカルトの世界で科学や理屈などでは説明をつけることが出来ないものだ。

 あらゆる化学式を持って現象を起こす科学とは全く異なる理屈、即ち神秘で現象を起こす魔術とでは基本的に相いれない。人の世界が科学によって成り立ち始め、神秘は否定され、表に出ない不可視の人智となった。

 それ故に古今東西問わず、魔術師という存在は自分たちの有する神秘の力・学問を内側で完結させ、科学では対処しきれない事象・事案を片付けるために「掟」を敷いた。


“魔術は神秘であり神秘とは隠匿・秘匿されてこそ神秘である”


 この言葉が現在にまで伝わる魔術師たちの古の鉄の掟となり、最低限の常識として知られるようになったのである。


 人間は自分たちにとって説明をつけられないものを“異端”などと呼び、排斥する生き物だ。自分たちの理解の及ばないものに対する不信感や猜疑心というのは、いつどの時代であっても変わることはない。


「というか、そんな認識でよく隠せましたね。大体、『帰還者』のほとんどは魔術師じゃない人の方が多いから、どこかでうっかり漏らしたりしているものかと」

「逆になんで好き勝手に使おうと考えると思うんだ。手から糸を出したり、何もない所から武器を出したりするようなヤツは一般人から見たら化物だろ。そうなったら厄介事しかやってこないんだから」

「……まぁ、確かに葛城君の言う通りではあるわね」


 遠回しに魔術師のことを化物呼ばわりしているのが気になるが、環菜はそこはスルーした。


 ここ僅かな数日間の付き合いで葛城結人という男が、自分にとっての利益不利益を深く考慮して行動する、効率的かつ合理的な人間であることを理解したからだ。同時に、そこに個人的な感情を入れない所も。


「それで? 今回の集まりは今後の活動方針についての話し合いなんだろ。あの連中について調べとかはついているのか?」


 今日の集まりは昨日の市民体育館に現れた、自分たちを「怪帰者フォーリナー」と自称した集団に対する今後の活動方針について検討するためだ。


「それについては草薙機関にある既存のデータベースなどを照合してある程度調べはついています。もしかしたらと思って資料とかを借りているから、目を通してください」


 環菜は手に持っていた封筒の中から資料を取り出し、それを机の上に並べる。


「まずは昨日の連中が自称した怪帰者フォーリナーについて。これは、『帰還者』たちの特異状態のことです。正確に言うと、『帰還者』の肉体が異世界に転移していた時とに変異した状態のことを指します」

「なに?」


 彼女の言葉に結人は驚きの声を漏らす。


「まず『帰還者』たちのことについて。結人さんのように、肉体そのまま異世界に転移してしまったパターンA。多々見君のように、パターンBがあります。つまり、怪帰者フォーリナーのほとんどは異世界に転移していた影響を色濃く残す精神と魂の影響を受けやすい肉体になっている、パターンBの人が怪帰者フォーリナーになりやすいのです」

「つまり、肉体が徐々に異世界にいた頃の自分の体になるってことなのか?」

「恐らくですが。国内でも似た事例は非常に少なく、世界各地の魔術組織からの報告やデータも少ないのですが……。それを踏まえた上で連中が怪帰者フォーリナーを名乗ったのは間違いなく意図があるでしょう」

「あのイカれた思想を考えると十分にありえるだろうな。『全人類の生殺与奪の権限を手にする』……。これとどう繋がるのかはわからないが、そうやって自称する以上はロクなことはないのかもしれないな」


 環菜の説明を聞いて、結人は昨日の蝶の仮面をつけた男、ルーラーの語った目的を思い出し、大きなため息をつく。


 過酷な戦乱の異世界オクネアの経験を持ってしても、彼の語った目的の意味がわからなかった。話の規模が大きすぎるというより、その内容が斜め上すぎて理解が出来なかった。それと怪帰者フォーリナーというその在り方がどう繋がっているのかがわからない。


「オレが異世界に行った時はパターンBだったんだ。交通事故に遭った時に異世界に精神と魂だけが渡って、現地の肉体に転生していたんだ。そこで50年以上生きて病気で死んだんだけど、目が覚めたらこっちの肉体……。事故に遭って5カ月経った後に目が覚めたんだ。異世界での記憶とか能力の一部を引き継いだ状態でな」

「つまり、今のお前の肉体も異世界にいた時の状態に近づく可能性があるってことなのか? そこら辺の原理がよくわからないが……」


 見た所、頼孝の見た目はどこからどう見ても今時の高校生らしい見た目をしているし、とてもじゃないが50年以上生きた人間には見えない。


「それはオレにもよくわからねえんだよなぁ。記憶とか能力は引き継げてはいるんだけど、体が変わったみたいなのはオレ自身聞いたことがないし。ま、逆に今の体が力に振り回されないように日々トレーニングしているんだけどな。いざという時動けなかったら話にならないからさ」

「そうか」


 少なくとも頼孝自身に何かしらの変化が起きているというわけではないということで結人は一安心する。


「まぁ、それについては今後の課題の一つね。話を戻すわ。もう一つ、あの連中の事についてなんだけど、組織的に行動をしている可能性などから絞り出した結果、とある組織の名前が浮上したわ」


 そう言って、環菜はもう一つの資料を出す。


「名前は『灰色の黎明会』。ここ数年で急速に勢力を拡大している組織よ。ヨーロッパやアメリカ各地で活動している魔術組織で日本国内でも構成員の一部が活動しているという情報が入っています」


 資料には「国際魔術組織・灰色の黎明会に関する報告書」と書かれており、なぜか日本語で書かれたものと英語で書かれたものが一緒にテーブルの上に置かれた。

 

 ……よく見ると、資料の端っこをよく見ると「公安委員会」と書かれた文字が結人に見えたが「まぁ、そういうことがあるのだろう」と見ないことにした。


「欧米で活動している魔術組織が日本に? いや、そもそもあの連中とアイツらになんの関係が?」

「昨日貴方と会話をしたルーラーの特徴が『灰色の黎明会』に関する情報と一致していたのです。もしかしたら、あの連中は全員が『灰色の黎明会』の可能性が非常に高く、いずれにせよこれまで以上に警戒を強めなければならないでしょう」

「……いよいよ話のスケールがデカくなってきたな」


 どんどん話の規模が大きくなっていく内容に結人は頭をかく。


「なに、やることは決まっているだろ。その『灰色の黎明会』とやらに属する連中、一人残らず殺す。世界中で影響を及ぼし始めているというのなら、早急に殺さなければ面倒なことになるだろ」


 気を持ち直すように結人はハッキリとそう言った。

 あまりにも危険極まりない目的を掲げている組織であると判明した以上、結人からすればすぐに殺すべきだと考えている。


 そしてなにより、あのルーラーという男が結人にとって不愉快な存在だったからだ。もしも邪魔が入らず、環菜の言葉がなかったらを使ってでも殺しにかかっている所だった。


「葛城君の言いたいことは確かにわかります。ですが、相手は世界中に影響を及ぼし、多くの魔術組織を始め様々な被害を及ぼしている以上、組織とその首魁を公に裁かなければなりません。ですので、草薙機関の方針として生け捕りにすることを目的としています」

「おい、本気で言っているのか? それで裁くって相手は魔術師だろ? 基本的に表に出ない魔術師を司法の場で裁くのか?」

「いいえ、魔術師の世界における法で裁きます。彼らがこれまでに犯した事件のことを考えると死刑になる可能性が非常に高いですが、それでもそのように生け捕りにして捕らえ、裁くことに意味はあります」


 確かに、それは彼ら魔術師にとって意味のあることなのだろう。現代社会の秩序を人知れず守るのが彼らの使命だという意味では、それは確かに正当性はあるのかもしれない。


「バカバカしい……。別に付き合ってはやるが、そんな悠長な事を言って納得がいく形になるといいな。だが、念のために言っておく。―――――お前、いつかそれで後悔するぞ」


 結人は大きくため息をつき、環菜を睨みつけながら言った。


「わかっています。これは、私たち『防人』のお役目のようなものですから。それに私は……。貴方に言われなくても、後悔しない道を選びます」


 結人の問いかけに対して、環菜は力強くそう答えた。


「……」


 そのように言われては何も言えないと結人はそれ以上何も言わない。それを頼孝は静かに見守るだけで、彼からも何も言わなかった。


「おっと、そうだ。せっかくだ。こんなダルい気分じゃ事件解決に身が入らない。飯食いに行こうぜ!」

「? なんだ、藪から棒に。俺は別に―――」

「いいですね。それじゃある程度まとめて片付けたりしたら、帰りにどこかで食べて帰りましょうか」

「って、おい! なに勝手に話を進めている! 俺はまだ何も言ってないぞ」


 突然の頼孝の外食の誘いに環菜も便乗し、結人は抗議する。


「そんな固いこと言うなよ。色々大変だろうけど、これからオレたちはみんなを守るための戦いを本格的に始めるんだ。お前さんだって、時期的に帰ってきたばっかであまりこっちで楽しめていないだろ? イイ機会だと思って、行こうぜ」

「……はぁ。わかったよ」


 頼孝にそう言われ、結人はため息と共に渋々と了承する。


 本当は帰りに別途で用事があったのだが、少しの時間なら後回しにしても問題はない。事前に報告の連絡だけしておけば、少しズレても問題はないからだ。


 この後、ある程度情報のまとめをした後、3人はそのまま外食へと向かうのだった。

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