化粧品

西しまこ

週末は彼と

 彼の部屋に行ったら、見知らぬ化粧品の小さなボトルが置いてあった。

 あたしのじゃない。

 あたしは黙って、それを捨てた。そして、わたしの化粧品の小さなボトルを置いておいた。だって、ここはあたしの恋人の部屋なのだから。


 週末、あたしは仕事帰りに彼の部屋に行く。

 これは三年間の習慣だった。あたしたちは週末をいっしょに過ごす恋人同士。


「ねえ、ナナ。ボクのうちにキミの私物置くの、やめてくれる?」

 狭いシングルベッドの中でアツシは言った。

「……でも、化粧品のミニボトルがあると便利なの。いちいち持ってくるのも面倒だから」

「でもここはボクのうちであって、キミのうちじゃないよね?」

「うん、まあ、だけど」

「ともかくやめて」

「……分かった」


 アツシはあたしに背を向けて眠る体勢になった。

 今日もしないんだ。

 ……もう、何カ月していないんだろう?

 アツシの背中に触ったら「疲れているから」と言われた。

 つきあい初めのころは、あんなにしていたのに。


 翌日の土曜日、アツシとどこに行こうか考えていたら、彼は言った。

「ボク、今日は予定があるから。帰ってくれる?」

「え、でも。先週も土日は用事があるって言ってたから、今週は一緒にいたかったのに」

「仕事だよ。忙しいんだ。だから、金曜の夜には会ったじゃないか」

「だけど、夜会って……ごはんも一緒に食べていないよ?」

「忙しい中時間をとったんだよ。そんなこと言うなら、来なくていいよ。疲れているんだ」

「――ごめん。……帰るね」


 あたしは荷物を片付けて、家に帰ることにした。もちろん、化粧品の小さなボトルはそのまま置いておいた。捨てられても、何度も置く。

 帰るとき、玄関に送ってもくれなかった。ベッドの中で寝転びながら「じゃあ」と言うので、「鍵はかけないの?」と訊くと「鍵はかけなくていいから」と、アツシは応えた。


 あたしは重たいものが胸につかえていた。もうずっと前から。取り出したくても取り出せない。苦しい。

 あたしは、アツシのマンションの玄関が見える場所に車を停めて、彼の部屋のドアを見ていた。あたしが帰ってしばらくすると、若い女が彼の部屋のインターフォンを押した。すぐに玄関のドアが開いて、アツシが顔を出した。

 アツシは、最近あたしが見たことのないような顔で、彼女を出迎え抱き締め、それからキスをした。そして二人は部屋へ入る。

 アツシとキスをしたのは、いったいどのくらい前なのだろう? 

 あたしは車のエンジンをかけ、音楽のボリュームをあげた。テンポのいい曲が大音量で流れる。あたしは泣いた。何か、喚きながら泣いた。アツシもあの女も、死んでしまえばいいと思った。ぐちゃぐちゃに踏み潰されてしまえばいい。この、迫力のある低音のような足音が彼らの上に降り注げばいい。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、彼もあの女も踏み潰してしまえばいいのに。




    了

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化粧品 西しまこ @nishi-shima

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