第6話 錬太郎(3)

 会社の事業全体を見渡してプランを立てる。そんな業務に「端くれ」として参加して、仕事の面白さがわかってきたとき、会社が大企業に吸収合併された。

 そこの大企業は人脈とか学閥とかが根を張っているところだった。吸収合併された企業の社員を活かしてくれる場所などどこにもない。

 俺は穏やかな人間だから、左遷されてすぐに部長にケンカを売った俊三としぞうのようなことはできない。

 大震災の後、長期休暇を取り、ボランティアに行った。

 スマートさを気取り、体面を気にする企業だけあって、震災後すぐに災害ボランティアのための長期休暇の制度をすぐに作った。それを社会にアピールするために、実際にボランティアの人数を揃えなければならない。社内で募集があり、俺は真っ先に手を挙げた。

 俺は、まったく自慢ではないが、このときまでボランティアの経験などまるでなかった。

 そう言う人間が、何か所かの被災地を転々とし、さまざまな種類のボランティアを経験して、この国に、この国の企業に、あれだけの技術が、あれだけの可能性がありながら、この状態をどうにもできないのか、というもどかしい思いが積み重なって行った。

 あの会社に戻っても、また、上司の顔色をうかがい、人脈と学閥の力関係を考えて、自分の言うことやることを決めなければいけない。そんな日々に戻るのかと思うと、とても会社に戻る気にはなれなかった。

 おまえは将来の幹部候補だ、などと、白々しく引き留められたので、さらに引き留まってやる気もちが失せた。

 俺はボランティアに通う拠点として家を借りていた。かつて、俺が大学院で「研究対象」というのにした文学者がかつて住んでいた街という縁もあった。

 その街で、地元の若者たちや、同じようにボランティアに来てここに住み着いた人たちといっしょに会社を立ち上げた。

 事業は幸い軌道に乗った。

 東京や関西の経済界の事情にも通じている、という、本人にまったく心当たりのない理由と、たぶんメンバーのなかでは歳を食っていたことが理由だろう。俺が会社の「代表取締役」に選ばれた。

 それから数年が経って、その街に独立リーグの球団を作る話が持ち上がり、俺にもそれに関わってほしいという話が来た。

 野球に独立リーグというものがあるのは、恥ずかしながら、初めて知った。「日本野球機構」、いわゆる「日本のプロ野球」からは独立した球団が組織するリーグなのだそうだ。

 いや、おれには野球はわからないから、と断ろうとした。

 しかし、と、そのとき思った。

 この地方からは、アメリカのメジャーリーグで活躍し、全国ニュースでもその名がたびたび報道される野球選手が何人か出ている。その出身校がこの地方にある。甲子園の強豪校だ。

 続けて、あっ、と気づいた。

 甲子園の強豪校は全国各地、いろんな地方、いろんな都市にある。

 しかし、その強豪校の分布と、プロ野球球団のフランチャイズの分布は、一致していない。もちろん、球団のある都市にも強豪校はいくつもあるが、逆に強豪校がある都市で球団のないところもいくつもある。

 強豪校は全国からメンバーを集めるから、その学校のある地方で野球が盛ん、とは言い切れないけれど、それでも、全国ニュースに毎日と言っていいほどよく登場して日本中の関心を集めているあの選手はまぎれもなくこの地方の出身だ。

 野球の強い学校があるエリアと、球団が本拠を置いているエリアが一致しない。

 それは、野球が盛んだから、野球に関心の高いところだから、という理由ではなく、資金の出し手の企業の都合で、球団のフランチャイズが決まっているからだ。

 そう思ったとたん、あの日、阪堺はんかい電車の横の焼き鳥屋で、つくね串の串のタワーを作りながら焼酎をあおっていた俊三の横顔を思い出した。

 とくに、一分だか三分だか、すっかり沈黙してしまったときの、あいつの横顔を。

 そして、いま、あいつの会社「ベーリング」は、全国に名の知れたIT企業になっている。

 だから、球団の設立趣意書を持って来た連中に、俺はまず、わざとこう言った。

 「そうは言うけど、球団設立にかて先立つもんが必要やと思うんですが、その出資者の見込み、いうのはあります?」

 いやなやつだ。しかし、何度も「資金の壁」というのにぶち当たってきた中小企業の社長、いや「代表取締役」としては、やっぱり言っておかなければいけないことだった。

 趣旨説明に来ていた連中は、顔を見合わせて、いや、どこどこの会社が検討してくれてます、とたどたどしい説明を始めた。目途が立っていないのははっきり見て取れた。

 そこで、それを遮って、俺は言った。

 「いや。東京と関西を拠点にしとる気鋭のIT企業で、カネ出してくれそうなところがある。呼びかけ人にもなるように、そいつにちょっと当たってみるから、その趣意書、預からしてくれ」

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