メイクス・タイム・スリーミニッツ
kie♪
メイクス・タイム・スリーミニッツ
“くるみる”とは今をときめく超売れっ子モデルの
事実、朔夜も学校の合間に必死でアルバイトをしてコツコツと貯めたお金で彼女が手掛けたメイクグッズを買い漁ったりファッション誌を購読しているくらいだ。
そんな人気絶頂の彼女の大ファンであるからにはいつか偶然街中などで会って少しでも話す機会があればいかに自分がくるみるのことが大好きで推しているかを伝えなければならないと朔夜はずっと考えていた。しかし相手は自分とは住む世界が全く違うので、そんな簡単に会うことは出来ない。ファッションショーなどで公の場に姿を現すことはあれど、遠くから眺めるだけで直接話をするなど夢のまた夢の話だと思っていた。そう、彼女が先日出した写真集の特典としてのサイン会に当選する直前までは。
「ど、どうしよう……。あのくるみると話が出来ちゃう日が来るなんて」
高鳴る心臓の音を極力無視しようと努力をしながら朔夜は会場の長い行列の1番後ろに並ぶ。この列の先には自分の推しがいるのだと思うと緊張で吐き気すらしてくる。
「くるみると会話出来るお時間はお一人様3分までとなっておりまーす」
会場のスタッフが拡声器越しに集まったファンに向かって呼び掛けている。さ、3分⁉ あまりにも短い制限時間を告げられてファンたちの間では何を話そうかとブツブツと唱える声があちらこちらから聞こえてくる。もちろん朔夜もそのうちの1人だ。くるみるを好きになったきっかけ、彼女が出演したドラマの感想、プロデュースされたメイクグッズは全て買って使っていること、これからも全力で推していくという決意――。話したいことは無限にあるが短い時間の中でいかに効率良く伝えられるかが鍵となる。
そうこうしているうちに長かったはずの列が進み、朔夜の番が近づいてきた。チラリと数人の頭越しに憧れのくるみるの姿が見えた。
「ああ、今日も一段と可愛い~♡」
同性の朔夜ですら思わずとキュンとしてしまうくらいの完璧な笑顔と声と態度で彼女はファンと接していた。その横にはスタッフと思しき人がストップウォッチで時間を計り、時間が来ると
「すみませんがお時間でーす。次の方どうぞー」
と事務的な態度で誘導している。隣で紙対応をし続けているくるみるとはあまりにも酷すぎる落差だと朔夜は思った。
「はい、お時間でーす。次の方どうぞー」
スタッフに誘導されてついに朔夜の番が回ってきた。対面にはくるみるが笑顔を浮かべながら綺麗な字でサインを書いている。
「こんにちは。今日はわざわざ来てくれてありがとねー」
自分とくるみるを隔てているのは僅かな長机だけ。ほんの数十センチほどの距離、まさに目の前に推しがいる。一瞬現実だということを忘れて朔夜は立ち尽くしてしまっていた。時間が勿体無いので早速何か話さなくてはと思い、口を開こうとするがそれよりも先に目が潤んで涙が止まらなかった。
「く、くるみるのこどが大好ぎです……! これがらもがんばっでぐだざい」
半ば
「お時間でーす」
と告げる声が耳に入った。
ああ、なんてざまだろう。伝えたかったことはあんなにも沢山あったはずなのに結局ほんの少ししか話すことが出来なかった。この雪辱は次の機会、なんて悠長なことは言えない。もしかしたらこれが最初で最後の機会になったかもしれないのだ。こんなことになるなんて思いもしなかった。目の前で号泣するなんてみっともない姿を大好きなくるみるに見せてしまった。
恥ずかしさと後悔でその場から逃げるように立ち去ろうとした朔夜の耳に思いがけないくらいの優しい声が届く。
「思わず泣いちゃうほど私のことをずっと応援し続けてくれているんだね。ありがとう。また会ったら今度はいっぱいお話ししようね」
慌てて泣き腫らした目で見るとくるみるがにっこりと笑いかけながら小さく手を振ってくれていた。
たった3分という限られた短い時間だったが、確かに朔夜にとってはこの上ないくらい有意義な時間だった。さすが、メイクの達人くるみるだ。彼女はプロのモデルとしての自分の顔や生活をメイクするだけでなく、ファンの心や楽しくて思い出に残る時間までメイクするのが上手いようだ。
朔夜は次に会ったときは彼女にもっと想いを伝えられると良いなと思いながら写真集のページをめくる。そこには会場で見たときと同じくにっこりと笑ってカメラに向かって手を振ったくるみるの姿が写っていた。
メイクス・タイム・スリーミニッツ kie♪ @love_tea_violin
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