本編

 ――もう三十年も昔の話だ。


 お盆に祖父母の家にやってきた子供の私は、ジッとしてるのに飽きて蔵の中に入り込む。

 そこで道具箱を見つけて開けた。


「なんだろこれ?」


 手作りの玩具が入っていて、気になったのは二つの結び目がある紐。

 何も知らない私は、ズボンのポッケに紐を突っ込んで出かけることにする。


 とにかく遊びたかった。


「公園にいってくる」

「遅くならないうちに帰ってくるのよ」

「はーい」


 母に返事をして私は駆け出す。かけっこは楽しい。足音が小気味良いリズムを奏でていた。

 景色が流れ、グングンと公園が近づいてくると心が躍る。


 遊具で早く遊ぶのだ!


 あれ⁈


 突然、目の前に霧が現れて何も見えなくなってしまう。


「えっ、どうなったんだ?」


 私はびっくりして走るのを止めた。

 あたりを見回すと、人がいない、道も空も見えない……ただ白い霧があるだけ。


「だれかいませんかー⁈」


 恐くなって大声を上げるが、待っても返事はなかった。音も聞こえない。

 わけが分からないまま、私はそろそろと歩くしかなかった……。



 音声スポット 広場



 どこまで行っても、いつまで経っても霧からはでられなかった。

 私は疲れて座り込んでしまう。すると、ゴーと風が吹き付けてきて霧が晴れた。


「ここはどこ……?」


 私がいたのは広い原っぱ。一面に草が生い茂っている。


 公園に向かっていたはずなのに、知らない場所に来てしまっていた。

 祖父母の家の近くに広場はなかったはず。今までに見たことはない。


 心細くなってあちこちに目を向けると、遠くに人影が見えたので私は一目散に向かう。


「はあ、はあ、はあ」


 向こうも気づいて近寄ってくる。そこにいたのは同じ年頃の子供が二人。


 男の子と女の子。

 ただ着てる服が私とは違っていた。


 ちゃんちゃんこに黒の絵羽織の着物。足に履いてるのは色あざやかな草履。


 明らかに昔の装いで変だったが、私は気にしている余裕はなかった。

 とにかくうちに帰りたくて、大声を出してしまう。


「ここはどこなの⁈ 教えて!」


 二人はニコニコしながら言った。


「やあ、おいらは良太」

「私は絹恵です」


「あっ、僕は……」


 私は挨拶するのをすっかり忘れていた。今はそれどころではない。

 それでも礼儀は母から教えられているので、なんとか名乗った。


「大丈夫だよ。なーに、時がくればお家に帰れるよ」

「それまで一緒に遊びましょ」


「……う、うん」


 そう言われてもまだ不安だったが、誘われるままに遊ぶことにした。

 私は気を紛らわしたかったのだろう。良太君はポケットからはみ出ていた紐に気づく。


「おっ、紐を持ってるじゃん。独楽こまはあるかい?」


「持ってないよ……そもそもこれは何に使うの?」


「そっか、じゃあ教えるよ。その紐でベーゴマを回すんだ」


 良太君は懐から八角形の小さな独楽を二つ取り出し、一つを渡してくれた。

 そして遊び方を教えてくれる。


「こう結び目にひっかけて巻くんだ。巻き終わったら紐の反対側を小指に巻いて、親指と人差し指でベーゴマをつまんで、持った手を胸に引いて素早くベーゴマを投げる」


「おおっ!」


 ベーゴマは下に敷かれたゴザの上で回っていた。窪んでいたので、地面を掘って作ったのだろう。

 私も見よう見まねでやってみる。


「やった!」


 初めてで上手く回せて嬉しかった。


「なかなかやるな、じゃあ勝負だ。ベーゴマのぶつけ合いをするぞ」


「うん!」


「私もやるー!」


 うなりを上げて回るベーゴマに私は夢中になる。独楽がぶつかり合うと思わず声が出る。


「いけえー!」


 勝ったらうれしくて、負けてはくやしい。勝負は白熱して楽しかった。

 ただ三人同時だと予測がつかないのでいまいち。まあそれはそれで面白かった。


 飽きたところで、良太君は別な玩具を出してきた。



「今度はたこ揚げをしよう」

「うん」


 これも初めてのことだった。それは長方形の凧で、下には二本のしっぽがついてる。

 良太君が凧を持ち上げて、私は糸巻きを持つ。


「よーし、手を離すぞ。後は走るだけだ」


「分かった!」


 タイミングを合わせ糸を持って走ると、風に乗ってバサバサと凧があがっていく。

 そのまま糸を伸ばしていくと、ドンドン高く、遠くへ凧が飛んでいった。


 私は足を止めて凧を操るが、糸を持った右手が引っ張られ、体が持っていかれそうになる。


「おっと危ない」


 そこを二人が支えてくれた。風は強いものだと、私は知る。


「上手くいったな、大成功だ」


「ありがとう良太君」


 二人と遊ぶのが本当に楽しくて、不安はどっかに飛んでいった。



 それから交替しながら一緒に凧をあげ、また別の遊びを始める。


「そーれ!」

「次いくよー!」


 パシパシと、手のひらから音が鳴る。


 今度は絹恵ちゃんの手鞠てまりを、投げあって遊んでいた。

 両手で投げるキャッチボール。


 本来は手でついて遊ぶ玩具だけど、三人で遊ぶにはこれでいい。


 投げ損なうと、


「そりゃあー!」

「ナイスキャッチ!」


 良太君が素早く飛び込んで鞠を捕球し、地面には落とさなかった。

 運動神経がかなりいい。ただ、倒れ込んだので私は心配になる。


「大丈夫⁈ 良太君。怪我してない?」


「平気平気、草むらになってるからね」


「そっかー良かった……どうしたの?」


 良太君の顔つきが変わり、どこかを一心に見ていた。

 私も視線を向けて見るが何もない。ただ辺りが暗くなってきたのは分かった。



「……見つかった。とうとう時間がきたね。もう、お家に帰るといいよ」

「楽しかったわ」


「うん、ありがとう二人とも。また会える?」


「ああ、またいつか」


 私達は再会を約束する。そして良太君は真面目な顔で言った。


「ベーゴマをあげるよ。これを持ってあっちへ行けば家に帰れるよ。ただ、絶対に振り向いちゃ駄目だ。前だけを見て、真っ直ぐに走っていくんだ」


「分かった約束するよ。二人はどうするの?」


「ちょっとやることがあるから、おいら達のことは気にしなくていいよ」

「うんうん」


「それじゃーバイバイ、またねー!」


 私は二人に手を振り、良太君が指した方向へと駆け出す。

 少し走ると景色がいきなり変わった。光と闇が現れておどろおどろしい音が聞こえてくる。


 私は恐くなったが、良太君の言うとおりに前へ前へとただ走った。


「えい、えい、えい!」


「こっちにくるな! あっちにいけ!」


 後ろからブンブンと、何かを振る音と二人の声が聞こえてきて、思わず振り返りそうになったが我慢した。


 友達との約束は守らなくちゃいけない。これも両親の教え。

 短いような長いような時間を走ると、やがて何も聞こえなくなる……。



 ジジジジジ――ツクツクホウシ――

 

「えっ⁈」


 気づいたときには私は鎮守の森にいた。目の前にはお社があって、周りからは蝉の合唱が聞こえてくる。


 広場からどうやって神社にきたのか分からない。ぼんやり考えていると、


「おーい!」


 声がした方向を見れば、白衣と袴姿の人が近寄ってくる。神主さんだ。

 私が名乗って挨拶すると神主さんは驚く。


「君がいなくなって大騒ぎになり、みんなで探してたんだ。もう三日も経っている」


「ええっ!」


 私もびっくりした。自分の感覚では三時間くらいしか過ぎていないのに。

 親切な神主さんは、私を祖父母の家へと送り届けてくれた。


 家族は私の顔を見るなり慌てて駆け寄ってくる。本当に心配をかけたようだった。


「ありがとうございます、神主様」


「みんなに迷惑をかけて! どこに行ってたの!」


「まあまあ、お母さん。息子さんの話を聞いてやってください」


 母は怒ったが、神主さんが取りなしてくれた。


 私は正直に霧に入ったことと、広場での出来事を語った。二人のことも話す。


「良太に絹恵だってー! そりゃあ、お袋と親父の名前だ! お前のひい爺さんと、ひい婆さんだよ。とっくに亡くなっているが……」


 目玉が飛び出しそうなくらい祖父は驚いた。どうやら私は先祖に会って、遊んでいたらしい。


 神主さんが言った。


「おそらく、お孫さんは隠世かくりよに迷い込んだのでしょう。隠し鬼にさらわれずに良かった。もし連れていかれたら、命はなかったでしょう。御先祖様が守ってくださったのかもしれません」


「……そうですか。貴重なお話をありがとうございました」


 父が頭を下げると家族全員がならう。いえいえ、と言って神主さんは帰っていった。



 あとで知ったが私は偶然、死門から隠世に入ってしまったらしい。


 奇門遁甲きもんとんこうにおいて生門をくぐらねば、現世うつしよには戻れない。


 あの時良太君は生門の場所を教えてくれたのだ。さらに私のために隠し鬼と戦ってくれた。


 その証拠はある。


 あれからまた道具箱を開けて見たら、ボロボロになった羽子板があったのだ。

 普通の遊び方をしてたらこんなに傷はつかない。羽子板を振り回して戦ったからだ。


 私は心から二人に感謝した……。


     ◇


「……というわけでお父さんは、ひいおじいちゃんと、ひいお婆ちゃんに助けられたんだ」


「そっかー、お父さんが助かって良かった。御先祖様は大切にしないとダメだね」


「そうだな、生きてることに感謝しないと」


 これで私の昔話は終わった。


 さて良太君との再会の約束だが、すでに果たされている。


 息子の顔は良太君にそっくりなのだ。もしかしたら、生まれ変わりかもしれない。


「お父さん、早く遊ぼうよ」


「ああ、公園に行こう」


 私も息子にベーゴマの回し方を教えねば。


 少しでも思い出になってくれればそれでいい。そして自分の子へと伝えてほしい。

 玩具が消えても、思い出はいつまでも心に残る。それは未来へと続いていく……。


 子孫こそが私の宝物である。

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未来に続く宝物 夢野楽人 @syohachi

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