BUFFALOが駆け抜ける様に

アオヤ

第1話

 茜にはBUFFALOが全てを破壊して駆け抜けるが如く生きて欲しかった。

でもその夢は……


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 茜は小さな頃から動物が好きだった。

特にバッファローが群れになって突き進む姿をテレビで興味深そうに見ていた。

「私もあんな風に力強く走りたい。大きくなったらバッファローと一緒に走りたい」

テレビを見ながら茜は目を輝かせて私に語りかけていた。


 かけっこが好きな茜は小学校に上がると運動会の徒競走では常に一番で、リレーの代表になって上級生を追い抜いたりしていた。

「私は陸上のオリンピック代表選手になるんだ」

なんて夢に向かって努力していた。


 小学校高学年になると部活動は陸上部に所属し毎日練習に明け暮れていた。

脚力のトレーニング、早く走る身体の使い方なんてまるでもうアスリートになったみたいだった。

アスリートは身体を最高な状態に保つルーティーンで生活している。

茜はどこかで聞いたのかそのルーティーンを実践していた。

私は茜に「そんな事までしなくたって…」なんて言ってしまう。

でも、茜にとってそれは夢を叶える方法なんだから決して苦しい事では無いのだろう。


 今日も茜はみんなより早い時間に学校に向かった。

家から小学校まで歩いて3分位の距離だが、通りの激しい交差点を渡らなければならなかった。

私はいつもそこを何事もなく渡れるか心配で二階の窓からそっと見守っている。

茜は交差点の角で信号が青に変わるのをいつもの様に待っていた。

その時大きなトレーラーが茜を巻き込む様に曲がってきた。

私は自宅の二階の窓からそれを見ていて思わず「あっ、茜…」って叫んでいた。

慌てて私は一階に下り玄関を飛び出して茜の居る交差点に向かった。

トレーラーは何事も無かったかの様に通り過ぎてその場を離れていた。

だか茜はその場にうずくまり動けなかった。

茜は右足の甲をトレーラーの車輪に踏まれた様だ。

私は何も持たずに飛び出して来たので慌てて自宅に戻り救急車を呼んだ。

一輪でも数トンにもなる車輪に踏まれたのだから茜の右足の甲はドス黒く変色し、見ただけでもう足の甲はダメなのは分かった。

茜は病院に運ばれて足首から先の切除手術を受けた。


 目を覚まし起き上がった茜はポツリと「私の右足無くなっちゃたんだね…」とだけ呟いて俯いてしまった。

私も茜にどんな言葉をかけたら良いのか何も浮かばず、涙で目の前の茜が霞んで見えた。


 夢を失い、脚を失った茜は全てに絶望している筈なのになぜかリハビリには熱心に取組んでいた。

本人に直接聞いた訳ではないがリハビリに打ち込んでる時は何も考えずにすんだので楽だったのではないだろうか?


 たまに右足が無いのに右足の指先に激痛がはしるそうだ。

その度に茜は「自分の右足を確認して悲しくなる」と涙目で語っていた。

一人になった夜にはこっそり泣いているみたいだ。


 頑張ってリハビリしている茜にやがて脚に義足がはめらる。

見た目は普通の人と見分けがつかないが歩行はやっぱりぎこちない。

でも時間と共に茜は普通の人と見分けがつかない位自然な歩行になっていった。


 茜が退院の日、『家族でたこ焼きパーティーをやろう』という事になった。

茜を連れて家電量販店にやって来た。

パソコン売り場を通り過ぎる時、茜が「あっ、BUFFALOの群れがあそこに居るよ」なんて嬉しそうに言い出した。

私はTVの画面を確認したがどこにもバッファローの映像なんて映っていなかった。

「バッファローの群れなんて居ないじゃない」

私がそう言うと茜はパソコン売り場の片隅にあるWiFiルーター売り場を指差した。

そこにはBUFFALOというメーカーのWiFiルーターが沢山並んでいた。


 私は茜の真剣な顔した冗談につい「ぷぅ」と笑ってしまった。

「ママやっと笑ってくれたね。私、夢を諦めた訳じゃないから。いつか必ず違う形でも実現させるからね。だからそれまで私の事を応援してね」

ニコッと微笑む茜の姿を見て私は涙が止まらなくなってしまった。

だから泣きながらホットプレートを買って店員さんに変な目で見られてしまった。


 時は流れ、成人した茜はパラグライダーにハマり免許をとって空の散歩を楽しむ様になった。

そして……

「ママこれから夢を叶えに行ってくるね」

茜は今頃、バッファローの大群が走る上空をエンジン付きのパラグライダーで撮影しながら一緒に走っているはずだ。

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BUFFALOが駆け抜ける様に アオヤ @aoyashou

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