【KAC20241】とある町人の戦い

きんくま

とある町人の戦い

とある町人には三分以内にやらなければならないことがあった。


新進気鋭のブラン商会が販売する『カップラーメン』。

先日、幸運にも行商人から二つ手に入れた。


コレを最高の状態で食す準備をすること。

一つは今、もう一つは夜に。


彼は以前に一度だけこの魅惑の食べ物を口にしたことがある。

常識が崩れていく音が聴こえた。

いつもの黒パンとスープが石ころと泥水に思えた。


この世界では誰しもが使える”生活魔法”。

それを行使し、鍋に水を張り、薪に火をつけ湯を沸かす。


不思議な感触の容器に、これまた不思議な感触の蓋を半分だけ開ける。

そこに沸かした湯を注ぎこむ。

当然、行商人に言われた注意事項を忘れるワケがない。


「湯は内側の線まで…完璧だ…」


机に至高の食事を置き、食器を傍らに用意する。

彼はゆっくり、そして少し気取って席に着く。

今だけは貴族か豪商のような気分なのだろう。


カップラーメンと併せて購入した”砂時計”。

この砂が落ちきったら調理が完了した合図。


高鳴る胸の鼓動がファンファーレのパーカッションに聴こえる。

落ちる砂一粒一粒が見えるようだ。


食事に必要な物は用意した。

後は心を静め、最高のコンディションに整えるだけ…


しかしそこで彼はあることに気づいた。

”もよおした”…彼は葛藤した。


このままでは食事に集中できない。

かと言って用を足している間に時間が過ぎてしまえば元も子もない。

一瞬の逡巡の後、彼は立ち上がった。


走れ走れ走れ。

いかずちの如く用を足して戻れば間に合う。


そうして歴戦の戦士のような体捌きで全てを終え。

部屋へ戻る、さながら英雄の凱旋だ。


しかし戻った彼は愕然とした。

彼の愛する妻が席に着き、ズズズと音を立て麺を啜っている。


「これ美味しいわね~」


「あ、あぁ、そうだろう? ハニー」


動揺を妻に悟られないよう部屋を出て彼は膝から崩れ落ちた。

英雄の凱旋から一変、世界の終末だ。


いや、まだだ、まだ終われない…

そうして彼は次の三分に備えるのだった。

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