誕生日は要らない

そうざ

I don't Need a Birthday

 僕にも人並みに誕生日がある。年にたった一度だけ巡って来る特別な日、らしい。二月二十九日生まれの人はどうなるんだ、という素朴な意見は横に置かせて貰いたい。僕の誕生日は閏年の影響を受けないからである。


 ご多分に漏れず、僕にもかつて小学校に通う日々があった。定刻に登校し、定刻に下校するという決められた毎日を生きていた。

 或る日、僕は何人かの同級生の前で或る告白をした。

「今日、誕生日なんだぁ」

 現在の僕ならば、それがどうしたと言い返される事を恐れ、口が裂けても言えない筈なので、あの時の僕と現在の僕とは別の延長線上に存在しているのかも知れない。

「じゃあ、放課後にお祝いに行こう」

 誰かがそう言い出すと、それはたちまち決定事項になってしまった。

 なんちゃってぇ、今の告白は真っ赤な嘘、と直ぐに誤魔化すべきだった。僕は友達を家に呼ぶ事すら抵抗を覚えるような内弁慶のいじけた一人っ子で、先の告白にしても何の期待もせず単に口が滑っただけに過ぎなかったのだ。

 そもそも我が家には誕生日を特別視する習慣がなかった。お中元やお歳暮はあっても、プレゼントなどと称されるファンタジックな贈り物は存在しなかった。

 因みに僕の誕生日は十二月だが、サンタクロースすら盲信した事がない。そんなものはクリスマスと共に存在しない習俗にされていたのだろう。


 授業が終わると、一旦帰宅した数人の同級生が本当に僕の家へやって来てしまった。自分を祝いに来てくれた人間を渋々自宅に招き入れるという、何とも滑稽な光景だった。

 但し、急に開催が決まった子供だけの誕生日会だ。大した事が出来る訳もなく、皆が持ち寄ってくれたのは駄菓子や安価な文房具の類だったと記憶している。

 ところが、その中に何やら大き目の箱を差し出す子が居た。

 その中身は、スポーツカーのプラモデルだった。

 皆がわぁっと感嘆の声を上げた。ついさっき買って来てくれたばかりの新品だった。

 皆の羨望の眼差しを感じながら開封すると、通常のパーツの他に、透明な部品や細かなデカール、ゴム製のタイヤにモーター等がお目見えした。どうやら乾電池で自走するらしい。

 如何にも高価なプレゼントに驚きながらも、僕は完成したらきっと見せる事を約束した。


 組み立て作業は、早速その夜に始まった。

 手先の器用さに自信のある内弁慶にとって、プラモデルはぴったりの玩具だった――のだが、いつものようにははかどらなかった。

 当時の僕の興味は専らアニメに登場する架空のマシンにあり、現実の船やら飛行機やら車にはまるで無頓着だった。モーター内臓のキットも初めてで、勝手が違ったのだ。

 それでも、完成品を見せる約束をしたからにはちゃんと作らなければならない。好い加減な仕事はプライドが許さなかった。

 ランナーから部品を切り取り、あらかじめ組み方を確認し、モーターを配置、そして接着剤を手にする。

 当時のプラモデルには接着剤が必須だった。歯磨き粉のチューブを小さくしたような接着剤が付属していていて、先端に針で穴を開けて使用する。後年はプラモデル専用の瓶入り接着剤を用いるようになった僕だが、この時はまだうぶな工作者に過ぎなかった。

 ――そして、惨劇が起きた。

 ぐっと力を込めたチューブから、接着剤が一気に溢れ出した。まるでダムの決壊だった。

 針の穴から適量を絞り出すのにコツが要る事は、普段の作業で理解している筈だった。それなのに、この時はどういう訳か必要以上の力を入れてしまったのだ。

 ドロリとした透明な液体は、独特の臭気を放ちながら車体の上にボトッと落ちた。

「あーっ!」

 人間が声を上げた時、大抵の事柄は後の祭りである。

 慌てて宛がったティッシュペーパーは、接着剤と部品とモーターに張り付き、事態を悪化させた。水で洗ったところで埒が明かない事くらいは理解していたが、他に正しい処置は思い付かなかった。僕の経験値では、絶望する以外に何も出来る事はなかった。


 惨劇の夜から数日が経とうとしていた。その間、幾度となく同じ質問をされた。

「プラモ、完成した?」

 その度に僕は、まだ、もう少し、色々と忙しくて――とやり過ごした気がする。

 完成させてはいた。例の過失は車体の内側で起きていたので、見た目上は格好良く出来上がっていたかと思う。但し、誕生したのは駆動部がカチコチになった永遠に自走しないポンコツカーだった。

「上手く作れそう?」

「……何とか」

「走るんだよね?」

「……うん」

 その後はどう言い逃れたのか、結局プラモデルの話題は忘れ去られたと記憶している。

 僕はどうして素直に白状しなかったのか。虚栄心、罪悪感、無責任、軟弱、姑息、下劣――当時を思い返す度に色んな言葉が浮かんでは消える。

 僕はくだんの子の顔や名前を全く思い出せない。特別に仲の良い友達ではなかったように思うのだが、だとしたら何故あんなに立派なプレゼントをくれたのだろうか。同窓会に顔を出す事もない僕にとって、永遠に解決しない謎になってしまった。


 僕は今でも誕生日が苦手だ。

 祝われる側は勿論、祝う側であっても居た堪れない心持ちになる。

 縷々るる語った体験が未だ僕の心に影を落としているのか、自分ではよく解らない。

 いずれにしても、あの一件以降、僕が自分の誕生日を不必要に他人に明かさなくなったのは事実である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誕生日は要らない そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画