進め! バッファロー!

豆腐数

〇の為に突っ走れ。

 彼には三分以内にやらなければならないことがあった。一度人間を辞めて全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに加わるのである。バッファローの群れは今も、障害物をなぎ倒す一つの巨大生物のように密集しながら、それぞれの目的地の為に、何処へかと走っている。あの波のひとしずくに加わりたいなら、三分以内に決断をして人間を辞めなければならないだろう。


 そして彼は人間を辞めた。


 一つのバッファローの群れはウルトラ大阪より産まれ通天閣を跳ね飛ばし、世紀末奈良の鹿の群れと衝突して馬鹿みたいな混戦状態になる。草食でも獣だからね。


『頼むここを通してくれ! ワシらにはやらなければならぬことがある!』


 バッファローの群れの長老が鹿の長老に交渉をするが、


『ここを通りたかったら鹿せんべい一京個献上するんだなぁ!?』


 鹿の長老の尊大な態度を前に、交渉は決裂した。


 冒頭の彼も鹿の長いツノをうまく交わしながら接近戦に持ち込んで戦っているが、いかんせん鹿のツノは長い。距離を取れるのは全体的に有利だ。器用じゃない牛達が次々グロイオブジェになり、鹿のツノで刺されたままたき火にぶち込まれ、あっという間に巨大ホカホカステーキにされてしまう。


『おい、そこのお前、ここは俺に任せて先に行け! 何がなんでも進まなければならないのだろう? そういう目とツノをしている、俺にはわかるんだ!』


 バッファローはどこか優しい、牛のつぶらなお目目で、冒頭の彼を見つめた。冒頭の彼はツノを突き合わせる簡単な挨拶を済ませると、背中を押してくれた見知らぬ牛を振りかえりもせず、四足走行でその場を去っていった。


 ネオ三重県に差し掛かる。県境にカラフルなモヒカン、トゲトゲ肩パットのネオ三重県民達が鉈と猟銃を持ってバッファローを出迎えた。


「ケーッシャッシャッシャッ!!!! ステーキと牛のネオ三重にバッファローの群れがやって来るとはなぁ!?」

「飛んで火に入る松坂牛ってなぁ!」

「ネオ三重で解体すりゃあ皆松坂牛よ!! ケーヒャッヒャッヒャッヒャ!!!!」


 モヒカン共の鉈と弾丸が飛び交い、バッファロー達は次々倒され、偽造松坂牛にされていく。残ったバッファロー達はスクラムを組み、モヒカンネオ三重県民を跳ね飛ばして一直線に進んで行ったが、伊勢湾が牛達の行く手を阻んだ。後ろにはモヒカン達の群れ。


『どうする!?』

『怯むなぁ! 我らはバッファロー!!水牛!! 水など屁でもないわぁ!!!』


 ツノと身体を傷だらけにしつつも生きのこっていたバッファローの長老が、群れに活を入れるとブモォー!!!! と船の警笛のような鳴き声が響き渡り、牛達が次々と海に飛びこみ、その上を優雅な船のように走り始めた。水牛なのでアメンボのように海の上を走れるのである。


「逃がさねぇぜ、ゲーッヒャッヒャッヒャ!!! ネオ三重を通った牛を無傷で逃がすなんざ、ネオ三重県民のプライドが許さねぇんでなぁ!?」


 負けじとモヒカンネオ三重県民も、牛で稼いだ金で買った豪華客船で牛の群れを追いかけた。豪華客船の船首につけられたツインのライフル的な砲に光の粒子が集まっていく。


「ターゲットロックオン! 砲撃開始ぃいいい!!!」


 このモヒカン共、見た目北斗の拳だけど90年代ガンダム大好きッ子だったみたいです。三重県民らしい調理器具程度にまで加減されたビーム砲が、避け切れなかったバッファロー達の何頭かを瞬時にローストビーフやステーキに変えていく。


『ブモー! もうダメだぁー!!』

『諦めるなぁー!もう三河湾に入った、もうすぐ愛知県だ、あそこまで行けば助けが入るはず!!』

「そうだぁー!!! ネオ三重県民なんぞに負けるなー!!我らが同士!!」


 でっかい戦艦に乗ってやってきたのは、牛のような角、筋肉粒々の身体の、社長って感じのスーツを着た初老の男である。


『こ、この声は……!? ネオハイパーバッファロー社の社長、牛田牛肉!!!』


 ネオハイパーバッファロー社とは、ネオハイパー愛知県を本拠地とするメチャクチャスゴイパソコン周辺機器メーカーである。バッファロー社というだけあってバッファローとは古くからの仲良しなのである。そんな仲良しメーカーの戦艦から飛び出て来たアームが、牛達を次々と捕まえては持ち上げ、救出していった。


『牛田様、機密書類、無事に持って来たですじゃ』

『ご苦労だった、バッファロー長老』


 牛の反芻をうまく利用して吐き出した書類の入った筒を、牛田社長はつつがなく受け取った。一流腹心の部下のツノを撫でていたわると、背後の牛の群れ達に振り返る。


「ここまでついて来てくれた君達もねぎらわなければ。しかし、その前に目の前に降りかかるステーキくさい火の粉を振り払うのを手伝ってくれ」


 了解したバッファロー達がブモー!!! と牧場みたいに鳴くと、ネオハイパーバッファロー社の社員達が無線LANを使って牛達に強化データを送っていく。闘牛のメンタルとパワーを一時的に植え付けられたバッファロー達がネオ三重県民の豪華客船に突進していき、船底に深刻な穴を開けて行った。


 冒頭の彼も後に続き、散って美味しいステーキになっていった長い旅路(ここまで2000字くらい)、の中の戦友達の仇とばかり、もはやハチの巣状態の船にトドメを指す。


 勝利の雄叫びをブモーブモー上げる牛達の群れの中、冒頭の彼だけが一頭、落ち着かなげに四肢を踏み鳴らしていた。


『そこのお前、まだやる事があるんだろう? 早く行きなさい』


 バッファロー長老の気づかいに礼を言う間もなく、冒頭の彼はハイパーネオ愛知県にある、とある病院へと急いだ。


 病院内はバッファローが入ってきた事で軽い騒ぎになった。そんな騒ぎをよそに、冒頭の彼は一時的に強化された肉体能力を全駆使して、迷いなく目的の部屋に入っていく。


 部屋の中では女の人が看護師と医師に付き添われ、叫んでいる。医師たちはバッファローを見てギョッとしたが、取込み中なのでそれどころではない、と一蹴して患者に目線を戻した。バッファローが部屋の隅でそっとうずくまり、心配そうな目をしていたせいもあるかもしれない。


 ひときわ女の人が大きな叫び声をあげたと同時、それ以上に大きな生命の声が病室内に響き渡った。そこで初めて女性は部屋の隅のバッファローに気づき、一瞬驚いたが、すぐに優しげな目をして言った。


「元気な男の子ですって、あなた」



 彼には三分以内にやらなければならないことがあった。バッファローの群れになってでも、出張先の大阪から愛知の妻のいる病院まで駆けつける必要があったのである。


 ぬるま湯できれいにされ、おくるみに包まれた赤子を抱き上げた時、冒頭の彼は元の人間の姿に──父親の姿に生まれ変わっていた。

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