13:独

 ガタガタガタっと窓枠が揺れて、体が強ばる。ヘッドホンをして大音量でゲームをしているというのに聞こえてくる音を無視して、俺は目の前で繰り広げられる試合に集中する。

 こういう日に限って、普段から一緒に遊んでいる友人たちは予定があるようで、Discordのサーバーを覗いてみても、一緒に遊ぼうと書き込んでみても反応一つありはしない。

 仲間運にも恵まれないのか、どうもゲームをしていても負けが込んできた。動画でも見て気を紛らわせるか……と思ったら読み込みが延々と続いて見たい動画は再生される気配が無い。

 回線運もどうやら最悪らしい。ヘッドホンを外してガタガタと揺れ続けている窓の方へ視線を向けると、カーテンがわずかに開いている。

 気が付かなかった振りをしてディスプレイに視線を戻すけれど、一度気になってしまうとカーテンの隙間から誰かが除いているような、そんな錯覚に襲われる。

 マダラは「オレが名乗るまで扉を開いたらいけねぇよ」と言っていた。それだけは、メモに書かれている内容と同じだった。

 もう一度、マダラから渡されたメモを開いて目を落とす。耳にはいかついピアスをいくつも付けていて、墨もおそらくガッツリ入っているへらへらとした男が書いたとは思えない綺麗な文字で、こう書かれている。


【宇田川 イツキは此所に書かれたことを守ること。誰が何を言ってきても部屋に入っていいとは絶対に言うな。返事もするな。明日の朝、六時に迎えに行く。一度扉をノックをした後に更に三度ノックをするから扉の鍵だけ開け。扉をお前の手で開くな】


 メモの下にはよくわからない幾何学模様が描かれている。お札みたいなものなのだろうか。

 ガンガンと窓が叩かれるように激しい音がした。見ないようにして、俺はスマホに目を落とす。

 ああ、そうだ。マダラと連絡先を交換すればよかった。そうしたら、きっといざとなったら助けてくれと頼れたのに。

 ネットの回線も調子が悪いし、このまま起きているのも怖い。普段は幽霊やおばけなんて一切信じていないのだが、今日見てしまったものを考えると少しだけ信じそうになる。

 霊とかそういう非科学的なものの類いではなく、清野ちゃんの兄を自称したあいつが結羽亜ゆうあを殺していてもどちらにしても怖いのだが……。

 結羽亜のことがニュースになっていたりしないだろうか。発見されたとして部屋に俺たちの痕跡は残っているはずだ。警察が来たらどうしよう……なんて考えていると、コンコン……コンコン……と控えめなノックが玄関の方から聞こえてきた。

 返事をしそうになり、慌てて口元を抑える。時間は二十三時過ぎ。誰かが来訪してくるにはおかしな時間だ。少なくとも配送会社の類いではないことだけは確実だ。

 ノックはすぐに止んだ。誰かが部屋を間違えたのかもしれない。気を紛らわせようとしてSNSを開きながらベッドに寝転んだ。

 もう寝てしまおう。怖いから灯りは付けたままにして、それから……アラームもかけて。

 しばらくはエアコンの音がやけに大きく響いて聞こえるくらい静かな時間が続いていた。集中してマンガを読んでいたからかもしれない。

 チカチカと部屋の電気が明滅し始めて、画面から顔を上げた。

――バンッ!

 何かが思いきり叩き付けたような音が窓から響いて、部屋が揺れる。

――バンッ! 

 再度、音が鳴ったかと思うと何か重いものを引きずる音がバルコニーの方から聞こえてきた。わずかに開いているカーテンへと、自然と視線が引き寄せられていく。

――バンッ!

 大きな音がもう一度鳴って、青白い顔が窓に押し付けられた。虚ろな目をした結羽亜がこちらをじぃっと見つめている。視線を逸らせば良いのに、彼女のすっかり白くなった唇が動くのを見てしまう。


『たすけて。いれて、へやに』


 そう言っているように見えた。結羽亜は、小さな手に似つかわしい弱い力で窓を叩いている。ぺたりだとか、ぺちりという音は、俺の体に染みこんで体を鉛を入れたみたいに重くしてくる気がした。


「なぁ、びっくりしたかい? 結羽亜ちゃんと協力したどっきりでした!」


 コンコンと玄関から硬いノックの音がして、明るいマダラの声が聞こえてくる。

 時計を見る。まだ時間は夜中の三時。時間の感覚が狂う。


「おい、開けろよ」「開けてよ」「入れて」「開けて」「なあ、入れろ」「入っていいだろ?」「おれだよ開けてくれよ」「わたしを入れて」


 耳を塞いで布団の中に潜り込む。それなのに、声はまるで近くで囁いてくるみたいに頭の中に響いてくる。

 まるで声の渦が部屋の中に現れて、ずっとぐるぐると部屋中を巡っているような感覚に襲われた。窓という窓が叩かれて激しい音がする。早く開かないと窓を割られて入ってこられてしまうんじゃ無いか? チカチカと電気が点滅していて、マダラから貰ったメモもよく見えない。

 結羽亜とマダラの声がまざりあって、ずっと俺を責めてくる。このまま何時間も耐えるより、ここで開いてしまった方が楽になれるかもしれない。

 手が汗ばんで動悸がしてくる。もうダメだ。楽になりたい。そう思って布団から出ようとしたときに、カツンと爪の先が何かに当たった。それは、小さな古ぼけた缶の箱だった。清野ちゃんとやった日に、彼女が持っていたもの。置いていってたのか。

 箱を見ると少しだけ心が落ち着いて、冷静になってくる。時計を見ると時間は朝五時だった。何時間も部屋の外にいるってことは、俺が扉を開けたり、許可をしない限り、ここには入ってこられないということなのだろう。

 俺が圧倒的に有利な戦いだからこそ、部屋に入ろうとする何かは必死に俺を弱らせようとしてきているんだ。

 清野ちゃんが残していった缶の箱を抱きしめながら、俺は布団を頭から被り直して、再びギュッと目を閉じた。

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