コンビニで割り箸をもらい忘れた

八百十三

不覚

 安藤正春あんどうまさはるには三分以内にやらなければならないことがあった。

 そして同時に、数分前の自身の判断ミスを大いに呪った。

 「どうせ家に割り箸の一本や二本があるだろう」と思って、コンビニで今日の夕飯にするカップラーメンとおにぎりを買う際に、割り箸を貰わなかったのが数分前。

 割り箸があるかどうかを確認せず、漫然とカップラーメンに湯を注いでタイマー三分を作動させたのがつい先程。

 そう、ここで湯を注がなければ、まだ彼には救いがあったのだ。否、逆にこのタイミングで気がついたからこそ、微かな救いがあったのやもしれない。


「あっ?」


 彼は気付いた。ふと視線を向けた、湯を注ぎ終えて空になった電気ケトルのその向こう、いつも割り箸の余りを立てている紙コップが、空だ・・

 目を見開く。見間違いではない、一本もない。

 さ、と血の気が引く感触があった。


「やべえ!」


 慌てて玄関にかけてあるジャンパーを手に取った。既に部屋着に着替えてしまったが、今から着替えている余裕はない。むしろ部屋着はフリース素材、外に出ても暖かいはずだ。

 スマートフォンと自宅の鍵だけをひっつかんで、クロックスに足を突っ込んでアパートの外に飛び出す。最寄りのコンビニまでは徒歩二分、走ればギリギリ間に合うか。足が寒いのなんて気にしている余裕はない。

 自宅の鍵をかける。アパートの階段を駆け下りる。道路に飛び出そうとして、一瞬左右を確認、車のライトはない、よし。

 そこからはコンビニに向けて走るだけだ。周囲を気にする余裕なんてこれほどもない。しかしこれで交差点に飛び出して事故でもしたら大惨事だ。さすがに、車の存在には気を配る。

 とにもかくにも最寄りのコンビニ。息を整えて店内に入って、はっと思った。


「あ」


 そう、コンビニに入店した以上、何も買わずに・・・・・・出ていくのは客としてどうだ、ということだ。

 視線を巡らせる。先程向かったカップラーメン類が置かれているエリア。どうせ今日に食べなくてもいいのだ、ストックとして買っておけば問題はない。

 コンビニのプライベートブランドのカレーヌードルを手に取る。そのまま引き返して入り口付近、セルフレジへ。正直スタッフさんのいるレジに並ぶより面倒ではない、間違いなく。

 コンビニのアプリを読み込ませ、即座にカレーヌードルのバーコードを読み込ませる。アプリの読み込みやら袋の購入有無やら、そうしたいちいちの時間ですらも今は腹立たしい、が、我慢だ。

 そして購入ボタンをタップ、スマートフォンに入れてあるQRコード決済アプリを立ち上げ、バーコードを読み込ませ――


「えっ、マジか」


 安藤正春、一生の不覚。チャージ金額が足りない。先程の夕飯の購入でちょっとお高いおにぎりを買ってしまったからだろう、残高が僅かに足りなかったのだ。

 頭をかきむしりたくなるが、しかし彼は冷静だった。即座にチャージボタンをタップ、携帯電話キャリアのまとめて決済で1,000円チャージ。こうして急いでいる最中は、連携させている銀行口座からの引き落としすらもどかしい。

 チャージ完了を確認して、改めて。決済が完了してスマートフォンからピロンと音が鳴ったのを確認してから、ようやく彼は息を吐き出した。

 あとはもう家に帰るだけだ。購入したカレーヌードルと、セルフレジに配置されている割り箸を、どうせだからと2本掴んでコンビニを飛び出す。スタッフさんの「ありがとうございましたー」の声が遠い。

 ひた走る。家までの道をひた走る。とにかく走って、クロックスが脱げかけるのをなんとか堪えて、そして彼は自宅アパートの階段を駆け登った。

 自宅前、鍵を開ける。手が震える中なんとか鍵穴に鍵を差し込み、回してドアの中へ。


「はぁ、はぁっ……」


 息が大変に荒い。このまま玄関に倒れ込んでしまいそうだが、しかしそんなことをしている場合ではない。

 クロックスを脱いで、ジャケットはそのままにキッチンに置きっぱなしのカップラーメンを見る。既に大変暖かく、湯気が彼を出迎えてくれた。そしてタイマーは、無機質にアラーム音を響かせていた。

 愕然とする、がしかし。まだそんなに鳴り始めてから時間は時間は経っていないはずだ。あまりに時間が経ちすぎていたら、アラームは勝手に止まるのだから。

 息を整えながら手に掴んでいたカレーヌードルをキッチンに置く。割り箸も置いて、代わりに割り箸一膳と一緒にカップラーメンを取った。

 キッチンを抜けたら、電気が点きっぱなしの洋間に入って腰を下ろす。座卓にはずっと放置されていた、ちょっとお高くていい具合のおにぎり。そして手にはカップラーメン。

 もう、何を思い悩むこともない。


「いただきまーす」


 そう微笑みながら発して、安藤正春はカップラーメンの蓋をすべて取り払った。

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