夢をおもう

石動 朔

桜の樹の下には想いが詰まっている

 朝に雨が降っていたとは思えないくらいひらけた空には、雲が一つもなく、肌を撫でる風はどこか心地が良かった。

 なんて、小説を読んでいた割には昔からこんな事しか言えない。実際、これ以上に清々しい気分になれる天候はないだろう。本当に花粉アレルギーがない人がうらやましい限りだ。


 昼下がりの公園には、近くの保育園の子供たちが笑いながら遊んでいる様子を見る事が出来た。

「泥団子とか作ったりするの楽しかったよね」

 そう隣に腰を掛ける彼女は言う。

「あいにく、俺は一日で断念したよ。上手く作れないうえに手も汚れる。それにそれを見せる相手も...」

「夏向のコミュ障はそこから始まってるんだね...」

「コミュ障じゃなくて、然るべき友達と付き合ってるだけですー」

 軽いチョップを頭に食らわすと、彼女は何がおかしいのか食らったところ抑えてケラケラ笑っている。

「なんか最近私の方が叩かれてると思うんだけど?」

「今までの分を返していると思って頂ければ幸いです」

 そう言うとまた一つ、忍び笑いが騒がしい公園に吸い込まれていった。


 園児が乗るお散歩カーが保育士に連れられ、公園に残るのは俺らだけになった。

 先程までの明るい雰囲気から、なんとなく落ち着いた空気になり、俺は目を閉じて長い伸びをする。

 数秒経って伸びを終えると、隣の彼女も真似して伸びをしていた。


「別にここで時間つぶさなくても良いのに」

 そう言うが、彼女は一向に首を縦に動かさない。

「良いじゃんか、夏向の地元を満喫したって。あ、それとも早く私を家に入れたいとか~?」

 口元を手で隠し煽ってくるのでまたチョップしてやろうと手を上げるが、寸でのところで踏みとどまる。

 頭の上で手を制止させていた俺を見て、目の前の女性ははきょとんとした顔になった。


 少しの間で様々な表情を見せる彼女は、昔より自分に打ち解けてくれている証なのかなと思いながら、俺は掲げていた手を下ろして立ち上がる。

 歩き出す俺に、彼女は慌ててついて来た。



 一本の若木の桜の前に、俺らは立つ。

「この公園さ、俺が小学校の時の登校班の集合場所だったんだよ。

 ちょうど俺が入学した時にこの早咲きの桜の苗木が植樹されて、六年後の卒業式には俺よりも少し背を伸ばして、花を結んだんだ。それ以来、通学路が変わってあんまりここに来なくなって」

 視線をずらし彼女の様子を確認するが、俺の次の言葉を待っているらしく、目の前にある満開寸前の桜を見上げていた。

「今日久しぶりに来てみたら、もうこんな大きくなっちまって。なんだか、感慨深いな...と」

 そう言い切って、俺は彼女の次の言葉を待つ。


 ややあって、見上げてた視線をこちらに移す。

「私に、この景色を見させてくれてありがとう」

 言葉の一つ一つを噛みしめる様に、彼女は言う。

「この桜の樹は、想いの根が張ってあるんだね。それが今も、この場所で卒業生を送る役目になっているんじゃないのかな。

 そんな素敵なものを...私に見せてくれて、ありがとう」

 目線が下に移る。さっきまでとは打って変わって、今度は申し訳なさそうな表情になる。


「本当は、私じゃない人に見せたかったんでしょ。なんとなくわかるよ」

 呟く彼女に、俺は声をかける事ができない。


 嘘でも、そんな事はないと言いたかった。なんなら彼女と見たかったという気持ちも少なからずあったはずだ。

 ただ、俺の心の隅にに隠していたはずの本音を見事に彼女に見破られ、喉が思うように機能しない。そんな自分を、今はただ悔やむことしか出来なかった。


「いつか夏向の望む人になれるように、頑張るね」

「それは違う!」

 衝動的に、俺は雪さんの手を掴む。


「俺は今のままで居てほしいと思っているんだ。君とあの人は違う。そして、そんな君の事を、俺は大切に思っているんだ。だから、もうそんな事は言わないでくれ、俺が悪かったから」

 突っかかっていた言葉が溢れる様に出てきて、俺は早口になりながらも彼女に訴える。  

 勘違いで引き起こされるすれ違いがどれだけつらいか、俺はわかっているつもりだった。


 呆気にとられる彼女は、俺が話終わり息を荒くする姿を見て小さな笑みを浮かべた。

「来年は、みんなも誘ってここでお花見をしよう」

「...そうだな。今度はちゃんと事前に連絡入れて、無理やりでも来させるぞ」

 呟く俺に釣られ、雪さんはまるでいたずらっ子の様に笑って、「いいね、それ」と便乗してくる。


 澄んだ青と春を告げる桜に、二人のささやかな笑い声が響いている。


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