【短篇】荒野のガンマン

笠原久

銃声は五発

 荒野のガンマンには三分以内にやらなければならないことがあった。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを仕留めねばならないのである。


 荒野の出現は、いつだって唐突だ。大都会のど真ん中だろうが、田舎の限界集落だろうが知ったことではない。


 幅一〇〇メートルの荒野が出現し、およそ三キロメートルにわたって伸びる。そして、まるで滑走路のようにバッファローたちが突撃してくる。


 建物のなかにいようが、車のなかにいようが関係ない。荒野の範囲内にいた人々は全員、押し込められるように荒野の終わり――すなわちバッファローたちが突き進む終着点に集められる。


 荒野には現代文明の利器が持ち込めない。


 荒野と化すと同時に、建物や車といったあらゆるものが消滅し、着の身着のまま人々は荒野に――迫りくるバッファローの前に引きずり出されてしまう。


 だが、希望はあった。ガンマンである。


 なぜ荒野が出現するのか、バッファローたちはなんなのか、そんなことはどうでもよいのだ。神の試練、某国の実験の失敗、異世界あるいは宇宙からの侵略者……なんだってかまわない。


 大事なのは、今目の前にバッファローたちが迫っていて、そして自分がガンマンに選ばれた、ということなのだ。


 ガンマンは、誰が選ばれるかわからない。年齢、性別を問わず、怪我人や病人かどうかさえ考慮されない。


 ただ、選ばれたものは射撃の天才となる。怪我や病気をしていれば快癒する。身体能力も上がる、オリンピック・メダリストになれるほどに。


 そして、装備も共通していた。


 ガンマンらしくウエスタン・ハットをかぶり、ブーツを履いて……西部劇さながらの恰好をしている。


 銃は、全部で三丁あった。


 ライフル、ショットガン、そしてリボルバーだ。ショットガンに装填されているのは散弾ではない。スラッグ弾だ。


 ガンマンに選ばれたものは、これらの銃を駆使して、バッファローを仕留めねばならない。


 失敗すれば――自分の背後にいる大勢の人たちが死ぬ、バッファローの突撃によって。


 もちろん、ひとりですべてのバッファローを仕留めるなど夢のまた夢だ。


 なにせ相手は全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れだ。何千、いや下手をすると何万といる。


 だが、仕留めるのは五頭だけでいいのだ。


 たった五頭、バッファローを正確に仕留めさえすれば……群れは消滅する。人々は守られる。


 ガンマンは息をついて、ライフルを手に取った。焦ってはいけない。今の自分は、銃のスペシャリスト。冷静に撃てば、絶対に仕留められるはずなのだ。


 そう、これは精神力の戦いなのだ。


 動揺すれば、いかに射撃の天才といえどもしくじる。


 心を落ち着けて、普段どおりの――といってもガンマンに選ばれるまで銃など触れたことすらなかったが――パフォーマンスを発揮すること。


 それが、このミッションを成功させる秘訣なのだ。


 まず、ライフルを取る。射程距離からいっても、最初はこれだ。


 すでに、辺りには地響きがとどろいている。姿こそ見えないが、バッファローたちは、もう目前までやって来ているのだ。


 ガンマンは、ちょうど荒野の真ん中に配置される。必ず、だ。


 うしろを振り向けば、荒野に連行され、為す術もなく狼狽え、戸惑う人々の姿が目に入る。


 前を向けば――ただただ荒涼とした大地が広がっている。距離は、おおよそ一五〇〇メートルだ。


 バッファローは素早い。奴らは時速六十キロメートルで走る。奴らが荒野を突っ切るまで、三分しかない。


 いや、自分のいる位置は中間地点。つまり――ここに来るまで、一分三十秒。


 ガンマンは、ライフルを構えた。


 すでに荒野の先が砂煙で見えなくなっている。バッファローの群れが近づいてきている証拠だった。


 猶予はない。迷っている時間も、考えている時間も。自分がやらねば、うしろにいる人々が死ぬ――それだけだ。


 大地を揺るがしながら、バッファローの群れが現れた。


 まだ、撃たない。ライフルに込められた四〇五ウィンチェスター弾は、この距離でも軽々と届く。だが、命中しなければ意味はない。


 レバーアクション式のライフルには、弾が二発しか込められていなかった。外すことは許されない、決して。


 まだだ、まだ――もっともっと、ちゃんと引きつけてから。


 バッファローたちが近づくほど、地響きは大きく、蹄の音が激しくなる。草食獣のはずなのに、人を喰い殺さんばかりの獰猛な表情すら見えるようになる。


 震えそうになる心を落ち着けて、ガンマンは引き金を引いた。素早くレバーを操作し、次弾装填。


 一、二。


 二発の弾丸は、バッファローの眉間に突き刺さり、二頭を仕留めた。距離は六〇〇メートル。バッファロー到達まで、あと三十六秒――


 ガンマンはショットガンを手に取った。


 水平二連式のショットガンだ。その名のとおり二発しか撃てない。残り三頭――無駄玉を撃つ余裕はなかった。


 引き寄せる。まだ、引き金に指をかけない。スラッグ弾の有効射程は一〇〇メートルを切る。確実に仕留めなければならないのだ。


 十分にバッファローが近づいたところで、ガンマンは引き金を引いた。一発、二発……命中した。


 これで、残りは一頭――あと一頭仕留めれば、バッファローの群れは消える。


 ガンマンはシングル・アクション・リボルバーをホルスターから抜いた。ショットガンを撃った時点で、一〇〇メートルの距離しかなかった。


 バッファローの突撃まで、残り六秒を切っている――いや、五秒もない。


 リボルバーは、ライフルやショットガンに比べて命中率が低い。威力も低かった。込められた四五ロング・コルトの鉛玉は、ライフル弾やスラッグ弾とは比べ物にならないほど弱々しい。


 正確に急所を撃ち抜かねば、間違いなく殺される。


 引き寄せる――二十メートル以内に。


 バッファローたちが突撃してくるまで、あと一秒ちょっとだ。


 だが、臆することなくガンマンは引き金を引いた。照準を合わせ、自分ならできると信じて。


 四発の弾丸が、ガンマンに自信を与えていた。


 リボルバーには、六発の弾が入っていた。だが、必要なのは……一発だけだった。


 ガンマンの放った弾丸は、猛然と突き進むバッファローの額を直撃し――命を奪った。


 バッファローの群れが、すべてを破壊するように突き進む。撃たれたバッファローが倒れ込む。


 群れはガンマンのところまで来ると、実体を持たない幻と化した。


 ガンマンと衝突するが、半透明の体はすり抜けてしまい――まるでガンマンを境界線にするかのように、透明になってバッファローの群れは消えていった。


 背後から絶えず響いてきていた悲鳴が、聞こえなくなる。泣き叫ぶような怒号も、今はない。


 バッファローがすべて消失し、荒野そのものが少しずつ小さくなっていく頃になって――ようやく歓声が聞こえてきた。


 ガンマンは、成し遂げたのだ。(了)

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