三分とバッファロー

待居 折

三分とバッファロー

 私には、三分以内にやらなければならないことがあった。

 …と打って、手を止める。


 嘘だ。

 私には、三分以内にやらなければならないことなどない。


 例えばこれが平日の朝なら、寝坊しかけたばっかりに、バス亭目指して三分以内に駆け込まなければならない事態もあるかもしれないし、ちょっと小腹が空いている休日の昼下がりなら、カップ焼きそばのお湯を捨てるまでの三分を、そわそわと待つ事だってあるのかもしれない。

 だが、今は午前四時半を回った深夜……いや、朝方か。休日を控えたこんな時間に、一分一秒を争う事態などあるはずがない。


 寝そびれたのを良い事に宛てもなく徘徊して、見つけた企画に手を伸ばしてみたのだけれど、一切の飲み物なく最中もなかの皮だけを1㎏完食する程度には高い難易度に思える。勿論、そんなに最中を食べた事もないし、「もなか」とルビをふりながらの何やってるんだろう感は凄まじい。

 そして更に、このただでさえ高い難易度を各段に跳ね上げているのが、自由課題の以下の一文。


『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』

 もはや大喜利ですらあると思う。


 にも関わらず、ちらりと覗いてみると、あれやこれやで破綻なく物語に組み込んでいる書き手様が多いのには驚いた。一体どういう思考回路をされているのだろう。何にせよ、カクヨムの未来は明るい様で安堵している。


 さて。


 この厄介きわまる課題の「バッファロー」という呼称、偶蹄目ウシ科の大きな草食動物がそう呼ばれる事が多いそうで、アメリカ合衆国に生息するアメリカバイソンや、アフリカ大陸に生息するアフリカスイギュウを指すとの事。

 直訳では「水牛」を意味するそうなので、アメリカバイソンをバッファローとするのは厳密には誤称だけれど、アメリカではアメリカバイソンをバッファローと呼ぶらしく、英語圏が事態をややこしくしてくれている様だし、既に「アメリカ」がゲシュタルト崩壊を起こす直前だ。


 あまりに暇を持て余していて、フローリングの木目を目で追うぐらいしかやる事のない方、ちょっと双方の写真を調べてみて欲しい。外見に結構な違いがある事が分かっていただけるかと思う。つけ麺と油そばを「ラーメン」と呼ぶ様なものだ。呼ぶ様なものか?


 そして、アメリカバイソンは十から三十頭、アフリカスイギュウは多いもので千頭以上の群れで生活し、前者は主に草を、後者は水場を求めて移動するそうだ。三十人分の食事はギリギリまだしも、千人の飲み水確保を任されるとなれば相当なプレッシャーじゃないだろうか。アフリカスイギュウは胃腸をやられている個体がさぞや多いに違いない。


 両者は共に草食動物だ。言うまでもなく好戦的ではない。もっとも、群れの子供が肉食動物に狙われた時には猛然と立ち向かう気質もあるし、アフリカスイギュウに至っては、ライオンなんかよりも遥かに多くの人間を落命させてもいる。どこまで嫌われているんだ、人間。


 こうして調べれば調べるほど、バッファローと呼ばれる動物は、猛獣ではない事が分かってくる。大規模な移動も、種族の存続を賭けて生きる為。課題にあった様に、全てを破壊しながら突き進む…などという終末めいた光景は、どうにも温厚な彼らに似合わない。


 けれどもバッファローは、「眠れない私」を見事なまでに破壊してくれた。ふわふわと眠くなってきたので、夢の中で、自由に大地を駆け巡る彼らでも眺められたら良いなぁと思う。

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 三分とバッファロー 待居 折 @mazzan

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