みちづれ

 がくりと首が落ち、私は目覚めた。

 周囲を見回す。

 商人は荷物を両手で抱え込み寝た振りをしている。

 軍人くずれの若者は大きく両足を開いた格好で寝ていた。

 赤い髪の少女は窓の外を見ている。

 また戻ってきた。私は困惑する。

 少女はきれいな顔をしていた。ひとり旅をするのに護身の方法は必要なのだろう。しかし躊躇なく私を含めた三人を葬ろうとしたのだから案外これまでに何人もの殺しをしてきたのかもしれない。

 それを商人は鑑定眼で見てしまったのだ。おそらく何か利用価値があると考え、私が若者と車室を離れた際にアプローチをかけた。どのように話しかけたのか知る由もないが彼女の秘密に踏み込んでしまったのだろう。

 私は目を閉じ、心の中で溜め息をついた。

 不条理な死を回避して時を遡るのは良いがどうしてこの「時」なのだ?

 どうせなら彼女たちに出会う前に戻って欲しい。それともこの「出会い」は私にとって意味あるものなのか?

 とにかくもう彼らにはかかわらないようにしよう。寝た振りを続け、フローラに近づいたら荷物を手にして通路で待機だ。それでこのループから抜けられれば幸いだ。もう誰が死のうと知ったことではない。


 フローラに近づく頃合いを見図り、私は荷物を手にして車室を出た。そして小用を足す。こればかりは我慢できるものではない。

 すっきりして通路に出たら、そこに窓の外を見ている赤髪の少女が立っていた。

 少女は私を振り返ると、何やら意味ありげな笑みを浮かべた。

「どうかしたのかね?」私は訊ねた。

「何か契約を始めたから席を外したんだ」と少女は言った。

「契約?」

「フローラの街を歩くときに護衛をしてほしいとか言っていたね」

 初老の商人が軍人くずれの若者を用心棒として雇ったのだ。

「フローラは栄えているけれど、裏道に入ったら物騒だからね。あの男はそういうところに行きたいのかもしれない。何か用事があるのだろう」

「あのお兄さんは腕が立つのかな?」

「体は鍛えているみたいだから、一緒にいるだけで護衛になるだろう」

「じゃあ僕もついていこうかな」

「僕?」私は呆けた顔をしてしまっていた。

「やっぱり男に見えないかな」彼女は笑った。

「うん、そうだね」私は苦笑いした。

「女の一人旅は危ないからね。できるだけ男の子っぽくしているんだよ」

「そうなんだ……」

 危ないのはきみのまわりにいる人間の方だろうと私は思った。

「何だ、もう下りる準備か?」

 驚いて私は声のした方を見た。

 軍人くずれの若者と初老の商人が揃って荷物を手に通路に出てきていた。

「良かったら食事を一緒にせんかね。フローラなら良い店を知っている」商人が言った。「彼女にもそう言ったんだ」

 私がいないうちに三人の間で何やら話がまとまっていたようだ。

「あんた、物書きらしいじゃないか。何なら俺の冒険譚を語ってやるよ。取材費はもらうが」若者が笑い、商人に「余計なことを言うな」とたしなめられた。

 今回私は彼らと話をしていない。私が物書きであることは商人が鑑定眼で知り、若者に話したのだろう。しかし私はそれを咎めることはできない。商人が鑑定眼を持つことを今回の私は知らないからだ。

「ごはんはおじさんの奢りだよ」少女は商人に言った。

 私は彼らにつきあうことを余儀なくされた。

「旅は道づれだな」若者は高らかに笑った。

 私は困惑した。彼女と出会ったのが運の尽きなのか?

 みちづれ。それが彼女の異能なら、私たちは死ぬまで彼女から逃れられないのだろう。

 私は先に進むことができるだろうか。

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さまよいびと ――みちづれ―― はくすや @hakusuya

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