【KAC20241】創世記:補遺

有明 榮

キューピッド☆ヤハウェ

 神には三分以内にやらなければならないことがあった。


 そう、原初の人間として果たすべき務めのアレを、アダムとイヴにやらせることである。


 神にエデンを追放され、荒野をさまよって幾星霜、突如として二人の目の前に現れた神はやきもきした表情でこう言った。


「お前たちはせっかく知恵の実を食べて色々なことを知ったのだろう」


「ええまあ、そのせいで我々はあなたにエデンを追い出され、荒れ野を耕す羽目になったのですが」とアダムは言った。


「そうだ。それはお前たちの間違いない罪だ。だがこれ以上罪を重ねることは許さんぞ」


「罪? わたしたち、これ以上に何か罪を重ねることがあるのですか? 知恵の実を食べただけでも大罪というのに」とイヴは神に問うた。


「まったく、知恵をつけすぎたせいで生物としての原初の力を忘れたようだ」


 神は悠久の時を経てすっかり髪の薄くなった頭をやれやれと撫でた。しかし、その手はうら若い乙女のようであった。神は、よいか、と未だにイチジクの葉一枚で股間を覆っているだけの二人を指し、神妙な顔をして言った。


「よいか、お前たちは何のためにこの地上にもたらされたと思っている。海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてをわしのかわりに支配し、世界を安息の地として永く続けるためにあるのだぞ」


「たしかに、それはそうでしたが」とアダムは小首を傾げた。神はなおのこと眉間にしわを寄せ、


「であればこそ、お前たちにはなすべきことがあろう。この地を支配すべく、増え、拡がり、地に満ちるべきであろう」と言った。イヴもまた「たしかに、そうですね」と言った。


 神は「じれってえな!」とついに本音を漏らした。人間は知恵をつけすぎたようである。


「アダムはイヴを知る。イヴはアダムを知る。こうして人の子らは増え、地に満ちる。ドゥー・ユー・アンダスタン?」


「神よ、その言葉はまずいです」とアダムは言った。エデンから流れ出る川は四つあり、そのうちの二つはティグリス川とユーフラテス川であった。これらが流れる土地は後にイラクと呼ばれたのである。


「とにかく、お前たちはさっさと汝自身を知れ。話はそれからだ」


 神は言うだけ言って立ち去ろうとした。イヴは話の流れが皆目わからなかったので、


「主よ、わかるようにみ言葉をお与えください」と言った。


「クソッ、じれってーな。いやらしい雰囲気にしてやるぜ」と神は珍しくファンクになった。


 人の情緒は混沌であって、情欲が深淵のおもてにあり、理性が情欲のおもてを動いていた。神は言われた。


「エロスあれ」


 そうして、彼女は身ごもってカインを産み、またその弟アベルを産んだ。


 神は親指を静かに立ち上げ、よしとされた。

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