第8話 明かされる伝説を《鳥男子》でやってみるとこうなる。

 わたしたちがやってきたのは、地元の山の中。以前、オオタカに連れさらわれてやってきた因縁の地だ。けれども今日は、広場のほうじゃなくて、森の中にある神社へ来ていた。


「オオタカ? この場所に、わたしとトキがもとに戻る方法があるの?」


 小学校の遠足とかで何度か来たことはある。大きな神社は歴史があるみたいだけれど、古びた姿でぽつんと建っているだけ。あとは太い木々に囲まれていて、しんとした静けさが漂っている。

 前を歩くオオタカが立ち止まり、やしろの上に広がる夕暮れの空を見上げながら話し始める。


「かつて、この地には森の生き物と心を通わせる巫女がいたという。巫女は満月の夜、この場で特別な儀式をおこない、心を通わせた生き物と意識を取り替えることで、森の変化をいち早く察知していたという」

「ちょっ、ちょっと待って。そんな話、わたし、聞いたことないんだけど……」


 いちおう地元民だから、町の歴史なんかは学校で習ったり調べさせられたりした。でも、この神社に巫女がいたって話も、そんな儀式がおこなわれていたって話も聞いたことがない。

 オオタカはこちらへ振り返り、無表情で返してくる。


「年代も著者もわからん古文書に書かれていた話だ。オカルトのたぐいとして、一部の物好きなヒトにしか知られていない」

「オオタカは、なんでそんな話を知っとるんや?」


 いっしょにやってきたミサゴさんが訊く。

 オオタカが少し眉を歪めると、視線をそらして話し出す。


「しずくがネットで見つけて、熱心に調べていた。引っ越したあとに、おれで試そうとしていたからな」


 しずくさん、そんな怪しい儀式を企んでいたんだ……。

 ミサゴさんが無言で頭を抱えている。


「で、ななはどうすればもとに戻るんだ? 早く教えやがれ!」


 カーくんが答えを急かすように声を上げる。

 オオタカは一瞥もせずに、また社を見上げた。


「満月の日、この周囲には特殊な気が発生する。意識と身体にわずかなズレが生じ、ごくまれに、心を通わせた相手と意識が取り替わる現象がおこるそうだ」

「なるほど。だから、俺とななは入れ替わったのか」

「今日は満月だからねー」

「お前ら、わかってねぇで納得してるだろ……」


 オオタカの見上げる先には、森の中から顔を出した満月が昇っている。

 騒ぐ鳥たちを無視して、オオタカはわたしへと視線を移した。


「満月が南中になる時、この場所では特に気の発生が強くなる。それを知った巫女は、生き物と意識を取り替える儀式を自ら編み出し、おこなっていたという」

「じゃあ、ここで、その儀式をすれば、わたしとトキの意識が入れ替わって、もとに戻るってことだね?」


 オオタカはわたしへ鋭い視線を向けながら、軽くうなずいた。

 真偽はどうであれ、他に戻る方法が思いつかないんだから、やってみる価値はある。


「えっと、満月の南中時間って……、あっ、二時間後だぜ?」


 カーくんが持っているスマホで検索して、満月が南中になる時間を教えてくれた。


「で、その儀式ちゅうのは、どうするんや?」


 まだ二時間は余裕があるけど、なにか必要な物とかあるのかな。

 ミサゴさんが訊くと、オオタカはあごに手を添えて、思い出すように話し出す。


「巫女は儀式の方法をいくつか編み出していたらしい。容易な方法から複雑な方法まで、生き物や環境の変化によって、使い分けていたという」

「儀式の方法は、何種類かあるってことだね。一番簡単な方法は?」


 長い呪文とか覚えられないから、できれば簡単なほうがいい。

 オオタカはちらっとこちらへ視線を向けたあと、あらぬほうを見て答える。


「最も容易な方法は、満月が南中になる時、互いの陰部を押しつけ、体液を混じり合わせ……」

「「「却下っ!!!」」」

 

 説明を始めた横から、カーくんとカワセミくんとミサゴさんの声が割って入った。

 おかげで話がよく聞こえなかったんだけれども。インクを押して、液を混じり合わせる……? お絵かきするの?

 隣で話を聞いていたトキが、顔を赤らめてそっぽを向いたのは気のせいかな。


「ほか、ほかだ! ほかのを教えろ!」

「カーくん、落ち着いて?」


 カーくんがオオタカにつかみかかる勢いで詰め寄ってくる。

 わたしはカーくんをなだめつつ、オオタカへまた視線を送った。


「少し複雑になるが、今からでも準備すればできる方法がある」

「その方法は、大丈夫なんやろな?」

「貴様の考えているようなやり方ではないのは確かだ」


 念を押すミサゴさんを横目で睨み、オオタカはわたしを見つめ返してきた。

 「どうする?」と訊かれているようで、わたしは大きくうなずいてみせる。


「とにかく、やってみよう! トキも、いいですよね?」


 隣に立つ、わたしの姿をしたトキも、こくりとうなずいてくれる。


「あぁ。今はやるしかない」


 トキも覚悟を決めた眼差しで答えてくれた。


「なな、ゼッテェにもとのななに戻してやるからな!」

「お嬢ちゃんがもとに戻るためなら、ワシもなんでもするわ」

「よーしっ、ななをもとに戻す作戦、始めるよーっ!」


 「おーっ!」と、満月の浮かぶ空を目指して、五つの拳が突き出された。みんなの気持ちがひとつになった瞬間。このピンチも、みんなとなら乗り越えられる気がする。


「……ところで、さっきからななばかり言われているが、俺ももとに戻れるんだろうな?」

「一方の意識だけを移動し、もう一方の意識はそこらへんの石へ移し替えるという禁忌術もある」

「おい、オオタカ! 詳しく教えろ!」

「そっちのほうが、やりがいがありそうやな?」

「この石、トキっぽいからこれにしようよー?」

「ちょっとみんな、違うこと考えてない!?」


 本当に大丈夫かな? やっぱり心配しかない気がする……。






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