終わりましたよ

見鳥望/greed green

 正直心霊スポットなんて行きたくはない。

 何せ自分は怖がりだ。そんな俺からするとわざわざ自分から怖い思いをしに行く意味が全く分からない。だがこと不良という奴らはそういった場所に行きたがる。そして俺の周りにいる奴らもその手の類だった。


“何だよ、びびってんのか?”


 この一言をくらってしまったら、俺の学生生活は終わりだ。俺にとってはそっちのほうが恐怖だった。


 そのせいで俺は嫌々あいつらに付き合わざるを得なかった。そのせいで信じられないような本当の心霊体験を何度もする羽目になった。


 これはそんな数ある中の一つ。

 あいつは笑っていたが、俺は全く笑えなかった。

 あまりにも全てが恐ろしいほどに繋がっているように思えた。

 

 ーーもしあれが自分だったら。


 さすがにそうなっていたら、彼らとの関係を切ってでも、もう心霊スポットには訪れなかっただろう。







「**病院ってとこがあってよ」


 くちゃくちゃとガムを嚙みながら孝一は気だるそうにしながらも不敵な笑みを浮かべていた。


「何それ。聞いたことねえけど」


 侑吾が携帯を見ながらも反応する。


「特段噂らしい噂はねえんだけどよ、所謂”穴場スポット”ってやつ? 知る人ぞ知る的な。有名所は行き尽くしたし、逆におもろいかもよ」

「へぇーいいじゃん」


 本当にいいと思ってるのかよく分からない平坦な声で侑吾が答えた。


「隆は?」


 孝一が俺を見る。俺は何てことない顔をして「いいんじゃない?」とだけ答える。

 だが内心はもちろん全く良くはなかった。なんでまたそんな所に行かなきゃいけないのか。暗いし怖いし時間は遅いし。だいたいこういう場所に行く時は深夜なのがお決まりだ。何一つメリットはないのだが、断った時のデメリットが怖くて俺は嘘を重ね続けてきた。

 

 不良と言うのはとにかく根性を試される。そんなグループの中で幽霊が怖いだなんて口が裂けても言えるわけがないのだ。それ以外はわりかし愉快で面白くて良い奴らなんだが、それだけが嫌な所だった。


「じゃ、決まりだな」


 そして今日も俺はよくわからない心スポを訪れる事になってしまった。







「イイ感じじゃん」

「なー」


 余裕しゃくしゃくといった感じの孝一と侑吾の横で、俺は早く帰りたくて仕方がなかった。廃墟というものはおかげさまで見慣れてきた。だが見慣れたといっても恐怖が消える事はない。真っ暗な闇の中に佇む廃れた建物。それだけでもやはり雰囲気というものがある。

 建物も人間と同じで生死がある。生前血流が流れていた姿が何かしらの理由をもって命を終える。目の前にあるものはいわば死体だ。だが心霊スポットとなるとここにもう一つ被さってくる。

 

 霊体。死に絶えた後もこの世に未練を残したかのように残り続ける姿は霊体と同じのように感じられた。機能を一切止めているはずなのに淀んだ気が流れ続けている。この空気にはいつまで経っても慣れない。


「さ、行くか」


 そんな俺の気持ちなど露知らず二人は中に入って行ってしまう。


 ーーあぁーマジで嫌だ。


「ふぁああ……」

「何、眠いの?」

「いや、何か急にすげえ眠くなってきた」


 そう言って孝一はまた大きくあくびをした。深夜だから眠たくなるのも自然な事だろう。俺だって何もなければ家でぐっすり寝ているはずなのだが。許されるならこの場から一刻も早く逃げ出したい。だが結局俺は二人に続くしかなかった。

 入ると当然ながら中もボロボロだった。懐中電灯で中を照らしながら歩いていると色んな物が散乱していた。


「おいマジかよ」


 孝一が床に明かりを向ける。そこには当時使われていたものか、注射器が転がっていた。


「こんなもん残ってるってどういう事だよ」

「普通片していくだろうけど、なんか事情でもあったのかね」


 二人の言う通り普通ならこんなもの残っていないだろう。だがそんな事情が自分達に分かるわけもない。俺は横並びで彼らの様子を見ながら、自分も探索している風を装って周りを照らす。気味が悪い場所だ。廃病院という響きも相まって恐怖が増幅される。

 そこまで大きな施設ではないようだったが、それでもゆっくり見て回っていたらそれなりに時間はかかるだろう。


 しばらく三人でいつものように中を散策していた。特に何か奇怪な事が起こる事もなく時間は過ぎていったが、


「あれ? 孝一は?」


 ふいに侑吾が言った。侑吾は不思議そうにきょろきょろと周りを見ている。


「孝一いねえじゃん」


 その時になって初めて気付いた。孝一がいない。ついさっきまで一緒にいたはずの彼の姿が忽然と消えていた。


「孝一!」


 侑吾が呼びかける。だが反応はない。悪戯かとも考えたが、孝一はそういった悪ふざけが嫌いな奴だった。


「おいおい洒落になんねえぞ」


 珍しく侑吾の声に焦りが見えた。そんな彼を見て一気に恐怖が高まった。

 実は他の心霊スポットで似たような事を一度経験していた。とある有名なトンネルに入った時、単車の後ろに乗っていた筈の奴がトンネルを抜けるといなくなっていた。そいつは一時行方不明になったが、数日後無事に発見された。ただ発見された場所が何故かそのトンネルの上の雑木林で、彼自身はトンネルに入ってからの記憶が一切なくなっていた。

 

 そういう事が実際にこの世にはあり得るのだ。それを知ってしまったから本当にこういう場所に来るのは嫌だった。

 罰が当たった。悪ふざけでこんな所に来るからだ。


 俺と侑吾は孝一を探した。元病院なだけに部屋数が多い。いくつもの扉を開け彼を探した。


「……は?」


 正直最悪の事態も頭に過っていた。このまま神隠しのように孝一が消えてしまうかもしれない。そうなったらと思うと血の気が引いた。だが幸いにも彼はすぐに見つかった。


「……何してんだよ、あいつ」


 ただ彼の姿を見た時、二人して唖然とした。

 

 ーー廃病院だぞ、ここ。


 孝一は廃病院の一室で、台の上に寝そべっていた。


「おい何やってんだ孝一!」


 侑吾は叫びながら近づいた。孝一は目を閉じて眠っているようだった。そんな彼を侑吾は荒々しく揺さぶった。


「ん……んあ?」


 どうやら孝一は本当に寝ていたようで、目をこすりながらぐっと上体を起こした。


「何してんだよお前」


 侑吾が呆れたように言うと、


「いや、すまん。何とか我慢してたけど、無理だったわ」


 孝一が言うには、眠気の限界だったらしい。そんな時にぱっとこの台が目につき、ちょうどいいと思い少しだけ寝る事にしたのだそうだ。


「だったら一声ぐらいかけろよ」

「悪い悪い」


 言いながら台から降りた孝一はまだあくびをしていたが、改めてそこからまた三人で散策を続ける事になった。


 

 結果、俺としてはありがたい事にその後一切何も起きる事はなかった。二人はおもしろくなさそうだったがこれ以上散策しても仕方がないので、そのまま家に帰る事になった。






 廃病院を訪れたのが土曜の深夜。日曜日を挟んで週明けの月曜、学校に行くと孝一を見つけ声を掛けた。


「あんなとこで寝る奴いねえよ」


 雑談の流れで先日の廃病院の話になった。俺は軽い調子で孝一をいじると、


「いやお恥ずかしい」


 と笑いながら頭をかいた。


「あ、そういえばさ。おかんがすげぇ変な事言ってきたんだよ」


 孝一はにやにやしながら言い出した。


「変な事?」

「ああ。マジ笑っちまうんだけどさ」


 孝一がそう言ってにやつきながら話始めた。



* 



 廃病院から帰った日曜日、一旦睡眠をとって目覚めると既に昼前で、リビングで母親はテレビを見ていた。


「あんた昨日どこ行ってたん?」


 起きてきた自分を見てそう声をかけてきたが、「どこでもいいじゃねえか」と軽くあしらった。それで終わりかと思ったが、


「昨日変な電話家にあったで」


 そう言われてぴたっと足が止まった。そして改めて母親の方に向き直った。


「変な電話?」


 そうそう、と母親が首を縦に振り話し始めた。

 




 プルルルルルルルル。プルルルルルルルル。


「……んん?」


 深夜に鳴り響く家電の音で母は目を覚ました。時間を見ると深夜の二時頃。ちょうど自分達が廃病院を訪れている頃だった。そんな事などもちろん知らない母は、こんな時間にかかってきた非常識な電話を無視しようとした。

 

  プルルルルルルルル。プルルルルルルルル。

 

 しかし電話は鳴り止まない。苛立った母は起き上がり、仕方なく電話をとる事にした。


「もしもし?」


 普段より少し強い語気で電話にでた。


『………………………………』


 無音だった。母はさらに苛立った。


 ーー最悪。イタズラ電話か。


 こんな時間に無言電話。物好きな奴がいるもんだ。どういうつもりかと怒りが湧いた。


「もしもし?」


 もう一度だけ母は呼びかけた。これで反応がなければ電話を叩き切ってやろうと思った。

 すぐに返事は返ってこなかった。しかし、電話を切ろうと耳から受話器を離そうとした瞬間、声が聞こえた。

 男性の声。知らない声だった。だがはっきりと彼はこう言った。



『おたくの息子さんの手術終わりましたよ』



 それだけ言うと、ぷつりと電話が切れた。

 

 ーーどういう事?


 気味の悪い電話だ。だがしょうもないイタズラだと思い、母は深く考えずに布団に戻りすぐ寝入った。




「あんた、昨日どこ行ってたん?」


 





「ーーって事があったんだけどよ」

 

 話し終えた孝一はまだ笑っていた。


「なんだよそれ。そんな事あるわけねえじゃん。俺が夜遊びするの止めさせるためにビビらそうとでも思ったんかな。マジ笑えるわ」


 ケタケタと孝一は笑い続ける。でも俺は全く笑えなかった。


『おたくの息子さんの手術終わりましたよ』

 

 思い出してしまったのだ。

 

”おい何やってんだ孝一!”


 台に寝そべっていた孝一。

 彼が寝ていたその台は、紛れもなく手術台だった。


 これは偶然なのだろうか。だが考えると嫌な思考の連鎖が繋がっていく。


“ふぁああ……”

“何、眠いの?”

“いや、何か急にすげえ眠くなってきた”


 それまで普通だった孝一が急に眠気を訴えだした。それは廃病院に入った瞬間からだった。

 

 ーー手術。


 急な眠気。手術台。

 あの眠気は、深夜に出歩いてまで起きているという事だけから来たものだったのだろうか。

 

 もしかして孝一は、麻酔をかけられていたんじゃないか。

 だから急な眠気に襲われたんじゃないか。


 孝一はたまたまちょうどいい台を見つけたと思っていた。だがそれもひょっとしたら、導かれていたんじゃないだろうか。

 あの病院に入った瞬間に、彼は患者として扱われていたんじゃないか。


 孝一の母親の発言が彼の言う通り冗談や嘘だとしても、あまりにピンポイント過ぎるし冗談にしては気持ちが悪すぎる。そうなると本当に電話があった事になる。そして会話をした人物がいる。それが生きている者なのか、そうじゃない者なのかも分からない。考えれば考える程気持ちが悪くなった。


 ーーやっぱり心スポなんて行くもんじゃない。


 そう思ったが、結局在学中は彼ら含めて色んな心スポを訪れる事になる。

 一つ良かったのは、その後孝一の身に何も起きなかった事だ。ひょっとしたらあの手術で何かを取られたんじゃないか。そんな風にも考えたが彼の身体に異常はなかった。


 一度冗談で、「お前あの時何取られたんだろうな」と言ったら、


「強いて言うなら、倫理観かな」


 と笑って答える彼とは、もう心スポを訪れる事はないが、今でも変わらず友人の一人だ。

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