第12話:シン・トラノコ

もう日は暮れただろうか。洞窟の中だからわからないが。あれから這う這うの体で奴の追撃から逃げおおせて、死者もなんとか出さずに済んだが...状況は絶望的だ。ウッディから聞いた話によると食料、水、弾薬はもう尽きかけておりろくな物資が残っていないらしい。

そんな中、虎の子の作戦であった先の作戦も失敗した今、俺たち討伐隊は大洞窟にある小さな洞穴に身を寄せていた。ここであれば奴に見つかることはそうそうないだろうということだ。みんな疲れたのであろう、壁にもたれ、ぐったりしており、話し声は全く聞こえなかった。

そんな中、レンがそっとすり寄ってきた。

「ちょっとは落ち着いたか…?」

「え…ああ、レンさん。……そうですね…。」

まあ心配するのも無理はないだろう。さっきまで自分一人では歩けないほど疲弊していたのだから。あれから大分経ったおかげか体はもうピンピンしており疲れも緊張も大分とれたようだ。まあこの状況ではだから何だという話なんだが...。

「ふっ、そうか…。それは良かった。まあゆっくり休め。」

「はい……。」

軽く言葉をかけたあと、レンは立ち去っていった。レンもどこか取り繕っているような顔をしており不安がにじみ出ている。奥ではどうやら長とアーゲンが話しているようだ。まあ慌ただしかったからろくにアーゲンの生還を喜んでいる暇はなかったもんな。

「そうか……。トクメルも……。」

「はい……。」

だが話の内容はアーゲンの生還をねぎらうようなものではなかった。

トクメル...アーゲンの仲間だろうか...。こんな絶望的な状況なのにも関わらず知り合いの死亡報告を受ける長が不憫に感じてしまう。しかし両者沈黙するのではなく会話はまだ続く。

「しかし君が生きていてくれて本当に良かった。」

「……。状況は絶望的ですか…?」

「……ああ、そうだな。あれでも倒せんとなればいよいよ厳しくなってくる……。」

「……でも長のことですからまだ策はあるのでしょう…?」

「ふっ……まあな。だが……」

まだ策がある...俺はてっきりあれが最後の策だと思っていたがどうやらそうではないらしい。長の名は伊達ではないということか。やり手であることは間違いないな。で、肝心なのはその策だ。あの策をも上回る策...気になって仕方ないな...。そう思い二人の会話に耳を傾けていると二人の会話がそっと途切れ、一つの足音がこちらに近づいてくるのがわかった。俺は何事かと思い、身構えてしまう。そっと耳を傾けていた方向に振り向くと俺の目の前に長が立っていた。長はこちらを見つめており、驚いた俺も目を見開いてしまう。そして長はそっと口を開けた。

「ユーギリ君……。君に頼みたいことがある。君にしか頼めないことだ……。」

なんだなんだ...急に改まって...。俺にしか頼めないこと...。なんのことか全然わからない。というか急なこと過ぎて頭が全然回らない。なんかヤバいことでも頼まれるのだろうか...?そして長は俺が思ってもいないことを口にした。

「囮になってくれないか…?」

「え…?」

俺はその場を凍らせてしまった。



「なるほど……そちらの準備が整うまでの陽動ということですか…。で、その適任がパーソナルロボットが使える僕だったと……」

なるほど...長が考えた真の虎の子の作戦...それは


「目には目を、奴の硬い体には奴の硬い体を」だ...。


もっと具体的に説明すれば先の攻撃の際に奴に致命傷を与えることはできなかったが奴のからだは大きく欠けてしまったらしい。奴のからだ自体はすぐに再生され、欠けた部分も治ってしまったのだが奴のからだから分離した奴の断片、とりわけ骨は残っているだろうということだ。それを先の鍾乳石落とし作戦の時の容量で、うまく加工した奴の骨をロープか何かで上につるし上げて奴が頭上に来た時にロープをうまく切り、奴の頭を奴の骨だったもので貫こうという作戦だ。

でもその作戦においての一番の障害はやはりあの怪物だろう。奴のからだは硬く、それは加工も困難だということも同時に示していて、相当手間取ることが予想されるらしい。そんな中で奴の襲撃に遭ったらそれこそ全滅ものだ。

で、この問題を解決するのに俺へ白羽の矢が立ったというわけだ。俺はなんといってもベニ坊を持っている。だから生身で走って逃げるよりかは断然逃げることが出来るだろう。その準備が整うまで俺に時間稼ぎをしてくれという要望というわけだな。

「そういうわけだな……。どうしても嫌というのであれば断ってもらってもいい。この話は急に持ち上がったのだ。出発前にこうなることを話してはいなかったしな。」

嫌というのであればか...俺にはいまたくさんの目線が集まっている。それはどこか期待に満ちた眼差しというか...はっきり言って圧がすごい。絶対に長の頼みを断るなという圧がする。こんな状況で断る判断を取るのは中々苦労するだろう。長も中々意地汚いと思う。本当ならこういう話は人目に付かない 1 対 1 でするものじゃないのか...?まあどちらにせよ容易に断れる雰囲気ではないのは確かだろう。

...どうしようか...。確かに合理的な作戦だとは思うが...奴の咆哮を目の前で受けただけで腰が抜けてしまった俺にそんな重要な大役が務まるのか...。でも俺にしかできないことであるのも確かだ。

…正直めちゃめちゃ逃げたい。もともと運よく奴と出会わずに洞窟を抜けれたらいいな思っていたくらいだからろくな覚悟が出来ていない。討伐隊の一員としての自覚がたりなか

ったことを今、痛感した。そんな生半可か覚悟でこんなところに来るなと自分に言いたくなるがもう今更だ。でも覚悟が出来てようが出来ていなかろうが俺は討伐隊の一員だ。こんなところで断ってしまえば長の虎の子の作戦は実行不可になり俺たちの怪物討伐の任務は失敗に終わるだろうし、それ以上に俺は自己中でおびえることしかできない昔の自分に戻ってしまうだろう。

それは嫌だ。所詮、こんなことは気持ちの持ちようでしかない。そんなことはわかっている...

そうやって悩んでいると俺にもう引き下がるという選択肢は徐々に見えなくなっていく気がした。こうなってしまえばもう俺の答えはもう決まっているようなものだった。

「結論を今すぐに出せとは言わん。だがいつまでもここで隠れていることもできない。それだけは頭に入れておいてくれ。」

「あ、あの……」

「……ん…?」

長は俺を不思議そうに見つめている。この感じ...こんな場面...前にも同じようなことがあったな...。そう...俺はその時、勇気を振り絞って覚悟をし、決断をし、そして宣言することが出来たんだ...それをしたのは俺であり俺以外の何者でもないはずだ...!だったら...今回だって言い切れるはずだ...!

「や…やります……やらせてください…!」



討伐隊が居座るこの薄暗い洞窟は深夜に入ったせいで松明の明かりは消され、各々は壁にもたれて一夜を過ごしていた。俺は明日の大役を任されたせいか中々寝付けず、焚火を焚いて、チリチリの燃え続ける火を眺めていた。火というものは心を落ち着かせる効果でもあるのだろうか。精神安定剤と比喩してもいいくらいだろう。横ではテトラが寝ている。すやすやと気持ちよさそうな顔をしている。前も思ったがこの人...どこででも寝れるよな...昨日だって一昨日だってぐっすりだった。その柔軟さにはただただ驚くばかりだ。

もともと俺は一人で寝るつもりだったがなぜかテトラは俺の隣で寝ると言って言うことを聞かなかった。俺的にはあまりとなりで寝られると落ち着かないから一人で寝たかったのだが...まあ多分あんな大事なことをあまり考える時間を設けずに決めてしまったもんだから心配してくれているのだろう...。

まあ自分でももう少し悩んでから決めればよかったと少し後悔しているのも事実だ。さすがに勢いで決断してしまった感が残る。そんな不安を無意識のうちに顔に出していたのだろう。まあでも結果的にはこの判断は間違っていないような気がする。どちらにせよ頼みを断ることは考えられないしな。

そうやって脳内反省会をしていると誰かが近づいてくるのに気付いた。まあこの足音の感じ...もう相場は決まっているようなものだな。

「本当に大丈夫か…?」

「少し勢いで言ってしまったかもしれません…笑」

「え…?じゃあ…!?」

「い、いや……大丈夫です。何とかします。」

「気が変わったらいつでも辞退していいからな。」

「はい……。」

レンもテトラと同様俺のことを心配してくれていたみたいだ。そうじゃなきゃこんな深夜に尋ねてくることもないだろうしな。いやまあそれか俺と同じように寝付けなかっただけかもしれないが...。

「ほれ。」

会話が途切れたと思って気を抜くとレンは手に持っているものを俺に見せつけた。それはどうやら木のお椀だった。

「え…?これ……」

「覚えているか…?ユーギリと初めて出会ったときに食べたスープだ。少しグレードダウンしているがな。」

ああ、そういえばそんなこともあったな。経過した日数としてはまだ1か月も経っていないくらいだがそれでもここ最近があまりにも濃すぎたせいか大分昔のことに感じる。

このスープ...孤独で...ろくなものを食べることができていなくて心身ともに疲弊していた俺のからだをよく癒してくれたのを鮮明に覚えている。今思えばこれを飲んだことがこの星にきて初めて温かみを感じることができた瞬間だったと思う。それくらい記憶に残っている。そんな懐かしいスープをレンは俺に差し出している。これを受け取る以外の選択肢が俺には思い浮かばなかった。

「は、はい……。じゃあ……いただきます……。」

俺は素直にスープを受け取り、少しスープを眺めた後、お椀を両手で包み込むように持ってそっとスープを体に流し込んだ。具材が違うせいかあの日食べたスープと完全に味が一緒というわけではないがそれでも不安な俺のからだにスープがしみわたり、多大な幸福感が感じられた。これを飲んでいるとあの時のことをやはり思いだす。俺の表情は徐々に和らいでいった。

「……おいしいか…?」

「はい…。」

俺の表情の変化を感じ取ったのかレンは優しくそう尋ねてきた。レンさんはこんなに優しい人だったんだな...と再認識することができた気がする。

「ふふ…そうか……。……まあ…そうだな……。無責任かもしれんが……少しの間だが俺はユーギリのことをよく見ていたつもりだ。…だから…お前なら大丈夫だ。」

その言葉には微塵もお世辞を感じなかった。なんだかんだ集落に来てからはレンと一番行動していた気がするし、そう言われてもそんなに嫌悪感はしない。大分打ち解けてきた証拠だろうか。そんなレンが俺なら大丈夫って言っているんだ。その言葉だけでもだいぶ安心できる。

...しかし出会ったころはレンの言葉なんて全く受け付けなかったのに...今では見違えるように素直になったと自分でも思う。

俺はそんなことを考えながら黙々とスープを胃に注ぎ込んでいた。そして言っている間にお椀はきれいさっぱり空になっていた。そしてレンが再び手を差し出してきたので俺は素直に空になったお椀とスプーンを手渡した。

これでは完全に構図は保護者だな。...いやまあ実際そうとも言えるのだが...。

「今夜は早く寝ろよ。……おやすみ。」

「おやすみなさい。」

その後レンはそう簡潔に言葉を済ますと自分の寝床の方へ戻っていった。突然の訪問だったが少しほっこりできてよかったと思う。こういう時こそ助け合いだもんな。

...まあレンに助けてもらってばっかなんだが...。

...とにかくこれで少しは寝付けそうだ。俺はそう思いながらそっと瞼を閉じた。



あのレンの訪問のおかげかあのあとすぐに寝付くことができた。

そうして準備万端の状況で迎えた作戦当日。俺たちはうまく奴に気付かれることがなく奴の残骸が散乱している地点に着いた。長が予想した通りそこには残骸とともに奴の背骨の断片が残っており作戦の実行は可能だということだ。ウッディたちは早速骨の加工に取り掛かっていた。どうやらしばらく時間がかかるらしい。

となると重要性が高まるのが俺の役目だ。今は大丈夫でもいずれ奴は俺たちの存在に気づき、襲ってくるだろう。遂にその時が迫ろうとしている状況に俺は緊張を隠せないでいた。長の合図で俺は陽動作戦を始める手はずになっている。

そんな中その時が近づいている中で俺はその場で棒立ちして準備をしている隊員たちを眺めることしかできず、ただ俺の出番の時を待っていた。

「本当に大丈夫…?」

そんな俺を心配してかテトラは神妙な面持ちで話しかけてきた。

「うん……。」

正直大丈夫ではない。緊張で...不安で頭がどうかしてしまいそうだ。

「どんな時も自分の命を優先してね…!」

本当にピンチになれば自分の命を守るために必死になるだろう。だからその点に関しては心配する必要はない。人間というものはそういうものだ。

「うん、わかってる。」

俺は「うん」と返事することしかできなかった。いまや他人に構っている暇はない。

「咆哮がする……来るな。」

と長の声がかすかに聞こえてきた。確かに奴の咆哮であろう奇妙な声が聞こえる。いつ聞いても気色が悪い声だ。するとゆっくりと長がこちらに近づいてきた。

...遂にその時が来たのか...。

「ユーギリ君。準備はできているか…?」

「はい。」

からだの準備ならもう万端だが心の準備はいつまでもできなさそうだから俺はおとなしくそう答えた。まあもう引き下がれないな。俺は覚悟を決めた。

「……頼む…。」

長は絞り出したような声でそう言った。長だって俺一人でこんな危険な任務をさせるのは気が引けるんだろう。俺はしっかり長の目を見つめ、決意の意を示した。テトラも何とも言えない表情をしている。不安なのか...期待なのか...俺にはわからない。

俺はベニ坊を一瞥して任務の準備を始めた。



俺は奴の的、つまり囮になるために中々急勾配な坂を下っていた。俺たち討伐隊がいたところは小高い台地のような場所だった。そこで昨日は鍾乳石を奴の脳天にお見舞いしたわけだが今回は昨日とは違い、奴の抜け殻をその台地から落としてその下におびき出した奴に浴びせようという目論見だ。

だから俺は奴の囮になるために元居た台地から下に降りるために下へと続く坂を下っている。

意気揚々と飛び出してきたのは結構なんだがこうやって奴のうめき声がする中、一人で行動するのは流石にきついな...。まあ厳密には一人ではないとも言えるかもしれないが...。

「フウフミタイダッタナ、サッキ。」

俺の踏み台であるベニ坊が生意気な発言をする。その発言を聞いた俺は一瞬のうちに顔を赤くした。

「……はあ…!?なんでテトラなんかと…!?」

俺は咄嗟に恥じらいを隠すような形で言い繕う。

「オレハテトラノコトトハ、イッテナイゾ。」

「この状況でテトラ以外あるかよ!?」

くそ...こいつ、主人である俺をからかいやがって...どこでそんなブービートラップの仕掛け方を習ったんだ...。ロボットのくせに生意気な...。

しかもこの討伐隊には女性はテトラしかいない。だからそう思ってしまうのも無理はないだろう?

別に俺は特別テトラに気があるというわけではないからな。

「マアソウナンダガ。デ、スキナンジャナイノカ?テトラノコト?」

「ブゥゥゥ!!!、はあ!?んなわけないだろ!?……信頼する仲間の一人だよ…。」

あまりの直球な質問に俺は思わず吹き出してしまった。こんな大事な局面なのに緊張感があまりにもなさすぎると認めざる負えないな。

そりゃ...異性なんだから多少なりとも意識はする。でもそれは俺が男でテトラが女である限り当然なことだろう。でもそれ以上の感情は持っていない。持っているとすればさっき言った通り信頼する仲間の一人といったごく普通の感情だろう。

「フン、ソウダッタンダナ。」

ベニ坊は興味がなさそうにそう返事をする。まして恋愛感情なんて...ほど遠いものだ。そう自己暗示するかのように呪文のようにそう唱えた。...大事な場面だというのに俺はなんでこんな雑念を抱いているのだろうか...。ばかばかしくなってきた。

とりあえず今は目の前のやるべきことに集中しよう。そう思い直し、俺は先を急いだ。



俺は何事もなく下に降りることができた。そこはどこか幻想的な雰囲気を醸し出していて、どこか不気味さも感じる。反響しているのかどこからともなく奴の咆哮であろう声が響き渡っている。俺はその音が聞こえるために背中を指でなぞられたかのように背中がビクッといった感覚が走る。

本当に大丈夫なのか...。いざ俺がこれからモルモットのように走り回るであろうフィールドを眺めるとやはり気が狂ってしまいそうになる。でも心が言うことを聞かなかったとしても引き下がるわけにはいかない。

一時の心の揺らぎに惑わされる俺ではない...。

「テキ、500m サキ、チカイゾ。」

「ああ。」

俺は淡白に返事をするだけに留まった。今は余計な口を叩かずに目の前のことに集中するのみだ。

「……いた。準備はいいか?ベニ坊?」

遠目に奴のシルエットが見えた。思ったより早かったな。...まあ想定の範囲内だ。俺は一言、目下の相棒にそう尋ねた。

「オールラジャーダ。」

...粋なことを言うようになったな。大分俺の相棒っぽくなったじゃないか。こんなところでこいつの成長を感じるとは...。

まあいい...。

「ブウォォォ!!!」

遂に奴が俺たちの存在に気付いたのか俺たちを遠目で睨み、咆哮した。完全にロックオンされたのか奴はのっそのっそと近づいてくる。

俺は意を決した。

「よし……行くぞ…!」

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