映画にならない恋

百藤キリ

第1話 人間関係

「前川さん!私!」

声がして後ろを振り向くと前職の経理でお世話になっていた平(たいら)さんが小さい体をゆらしながら近づいてくる。

「え〜全然変わってないねぇ!元気?前川さんが辞めてから制作部署が全然活気がないって話よ〜」

平さんは月に数回私のデスクや制作部のみんなの経費を集めに来てくれて、その度私を気にかけてくれていた。50代前半だろうか、一人娘と愛妻家の旦那さんがいていつも明るい印象だった。

「いえいえ、それは平さんの方です、私は全然・・・」と話してる途中で

「あの事だけど・・・私は仕方ない事だと思ってるわ。だって人間だから。でもタイミングと状況が良くなかったわね・・・私は前川さんの味方よ!あなたの事も入社当時から知っているし、純粋なのも知ってる。会社側はこんな結果を下したけど・・・気にしないで!あなたならやっていけると思ってるわ!困ったことがあったらいつでも声かけてね」

そう言って足早に、制作部に配る経費を下ろしに行くであろういつもの銀行に向かって行った。


私が会社を辞めたのは約1年半前、大学からずっと入社したかった広告関係の"Y制作会社"。倍率も高く、諦めろと言われていたがなんとか新卒で入社。

所謂ブラック企業と言われる会社の一つで、休みはほとんどなく、プライベートなんて皆無。

それでもしがみついて10年働いた。7年目には最初のハードさはなく,自分のペースで仕事もできるようになり部下も出来て働きやすい環境になっていた。


それまでは無我夢中に働いていた私は余裕もなく、唯一の月の休みには仲間内で遊び、男の影すらなかった。

入社2年目になる頃、要領も掴めてきたのか、知り合いが近くにバーをオープンしたからと普段飲まないのに、行くようになった。

そこで今の彼に出会ったのだ。

「おーー!りんちゃん!今日も遅いねー!ちょっとちょっと!紹介したい奴がいるんだよー!

こっちに座って座って!」

「お疲れ様です〜」(席に座る)


バーのマスターは大学時代お世話になったバイト先の先輩のお兄さんのタツローさん。紆余曲折あり、K大学を主席で卒業したというタツローさんは親の反対を押し切ってバーテンダーになる事を決めたのだそう。在学中からドバイやスペインなど、様々な国へ行きカクテル修行に励んでいた。

そんな中、帰国してまもなく、Y制作会社への入社に頭を抱えていた私を見かねて先輩が紹介して指導に入ってくれたのだった。


「こんにちは」

彼は少し人見知りな雰囲気があり、目線を少し斜め下に落としながら挨拶をしてくれて、第一印象は爽やかな黒髪、笑顔が可愛いらしい口下手な方だなと思いながらタツローさん含め色んな話をしてくれた。


年齢は私の5つ歳上の30歳。仕事は自営業のエンジニア。アメリカやフランス、オランダなど旅行をしながら仕事をする、今で言うノマドワーカーだ。


私が一番憧れているスタイル。

そんな彼の話は刺激的で全てが面白くキラキラと輝いていて、自然と気持ちが緩むのがわかった。

タツローさんも私たちが話している時、横目でニヤニヤとしているのがわかるくらい。


そこで彼と出会って何度か仕事の後バーで一緒に飲んだり、休日に食事をしたりと全て近所だけど、充実して満足したデートを繰り返して、私から告白して付き合うことになった。


彼はノマドワーカーだったけど、私と付き合ってからはあまり旅行には行かず、在宅で仕事をしてくれるようになった。

旅先で出会ったというアメリカ人の元カノと日本で暮らしていた痕跡の残る彼の部屋。

少しチクリとするけど、気にしない気にしない。


私は中々会社の休みが取れなかったので彼の家に入り浸る事になった。

彼は在宅だけど事務所を構えており、家は2人の憩いの場所になっていった。

休みの日は私がご飯を作り、なるべく手料理を作ってあげたいと思い一生懸命だったのを覚えてる。


仕事が早く終えた日には一緒に映画やゲームをしたり、クリスマスには彼が手作りの料理を用意して仕事の帰りを待ってくれていた事もある。

とても優しくて、少し天然で、面白い彼。


そんなとき家でくつろぎながら新しい映画が出たから見よう!と誘ってくれ、テレビの前の2人掛けソファーに腰掛けた。

「これこれ!知ってる?!ステファニー!」


私は一瞬時が止まった。

名前を呼び間違えられたんだ。今。

1ミリも合致しない名前なのに。

悲しくなって泣きながら外に飛び出した。

でも、こんな事で悲しんでても・・・と自分を説得しようにも、今まで積み上げてきた信頼が一気に崩れるのを目の当たりにして(今までもしかしたら私のいない時に会ってたのかも・・・まだ続いてる・・・?まだ連絡取ってるのかな・・・)

そんな自分らしくない束縛的な気持ちが湧いてきた。


しかし彼は追いかけてはしてくれなかった。

家に戻ると困った顔で「ごめんね・・・ごめんね・・・会ってないし、気が抜けてただけなんだ・・・」

それでも私は悲しいよ?

空いた不安と不信感は消えなかった。


それが半年後に2回目があった。

もう呆れて涙は出なく、私はバスルームで泣いたふりをしていた。

そのまま帰り1週間連絡をとらずに彼からの連絡を待った。

そこで初めて彼から向き合おうと言う姿勢と行動を見せてくれて、私は受け入れてしまった。

本当に恋は盲目というものだ。


彼の友達も含めて仲良くなり、再び信頼関係が築けるようになった2年の秋彼にプロポーズをされた。

赤い薔薇を片手にキザで不器用な彼らしいプロポーズで。もちろん返事はYESで、私はずっと「結婚そろそろしないと私もアラサーだからなぁ〜」なんて匂わせてきたので・・・言わせたような感じだったのだが。


そんな流れを経て、入社4年目には大変な状況をずっと支えてくれて癒してくれていた彼と結婚。

何も問題はなかった。何も文句はなかった。

ただ、少し彼との相性や馬が合わないくらいだろうか・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

映画にならない恋 百藤キリ @momofujikiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ