第18話【真相を知るのは、計画を立てた者達だけ】
ウテナがミウリアを経由して、エンゲルにあることを頼んでから三日後。
「ゲヴェーアさん……今回の件……誘拐、薬物実験をしている方が…………一体誰なのか、分かりました……」
ゲヴェーアを人気のないところに呼び出すと、予定通りミウリアを調べた内容を口にする。
“薬物実験に関わっている連中が誰なのかについて調べて欲しいんだよね”
エンゲルは三日で調べ上げると、それらの情報をすぐにミウリアに渡した。それらをウテナ達に共有すると、「コイツらとゲヴェーアを始末する方法思い付いたわ」と、ファルシュがある提案をした。
彼女はその提案のために、動いている。
「……私達は、彼ら彼女らを、打倒しようと考えています……数度襲われていますので……強制は致しませんが……その、ピストーレ様も、協力して、頂けないでしょうか?」
「協力??」
「はい……このまま放置すれば、私達も実験動物扱いされるでしょうし……ピストーレ様も……」
それは彼にとっても望ましくない筈だ。好きで死にたい相手は少ない。例え死にたいと思っていたとしても、実験動物扱いされた末に死にたいとは思わないだろう。それなら首を吊った方がマシだ。
「お願いします、ピストーレ様……あのようなことがあった後に……このような頼みごとをするのは、非常識だと思いますが……」
これに乗るか乗らないか。計画の要だ。
ゲヴェーア・ピストーレは、これまでで一番長い思考に浸る。
ミウリアは急かしたりせず、それをただ待ち続ける。
「…………………………………………………………………………協力する」
彼は乗った、自分が殺されるために立てられた計画に。
薬物実験を行なっている者達に、嘘の情報を流し、囮と用意し、誘き出す──シンプルで単純なものだが、嘘の情報であっても引っ掛かる人間はいる。深読みしてしまう傾向がある者は特には。
囮役のミウリア、ケヴェーア組のところに、嘘の情報に踊らされた者達が接近し、攻撃しようとしたタイミングで、異能力を使ってその場に溶け込んでいたファルシュが攻撃する。敵の攻撃に紛れる形で、遠距離から攻撃したため、敵も自分達が殺したと錯覚しただろう。
真相を知るのは、計画を立てた者達だけ。
ファルシュの異能力、
己を自然な様子でいるように見せる異能力。限界はあるが、ある程度ならば、己が発している違和感や不自然さを相手に感じさせないようにすることが出来るというもの。
この異能力のお陰で、ファルシュ・べトゥリューガーに成り代わってから、ファルシュ・べトゥリューガーの親類縁者に疑念を持たれずに過ごせている。彼がファルシュではないと疑っているのは、世界でただ一人、リューゲ・シュヴァルツだけだ。
敵は五人。
内一人は、短気なユーベルによって斬り殺されている。
身を隠している場所を離れ、敵の前にファルシュとユーベルが立つ。ミウリアは二人の後ろに隠れる。戦いという点では全くと言っていいほど役に立たないのだ、彼女は。やることがないため、ケヴェーアの生死を確認する。脈はなく、完全に死んでいた。
「お前だな、この人の手に傷を作ったのは」
そう言って、もう一人の胴体を斬る。上半身と下半身が斬り離され、また一人死亡する。ゴミみたいに人が死ぬ。
「対策しているのに……どうして⁈」
対策。防刃ベストでも着ているのだろうか? 対異能防刃をきこんでいるのだとしても、ユーベルの異能力の前では無意味だ。
ユーベルの異能力、
服は切れる。人間も切れる。だから斬れて当たり前だと認識し、それが対異能防刃ベストといった特殊な物であっても、容赦なく斬ってしまう。思い込みの激しい彼だからこそ、良くも悪くも強い効果が現れる異能力だ。
向こうも容赦なく殺しに掛かるが、ファルシュとユーベルによって、呆気なく殺されてしまう。
アインツィヒとウテナが囮役を務めているチームも、無事、全ての敵を殺したらしく、ただ一人を除いて、エンゲルから貰ったリストに載っていた者達の息の根を止めることが出来た。
「へぇ、そっちから来てくれるのね」
弾の装填をしながら、ストラーナがある方向に視線を向ける。
「ただの学生如きがここまでやるとは思わなかったわ」
残り一人の敵、薬物実験を行なっていた集団のリーダー。
美しい容貌は徐々に正気を失うような悍ましい外見に変化する。化け物と呼ぶに相応しい外見になると、無数の触手の振り回した。
「ッ‼︎」
ミウリアから借りた異能力を使用し、咄嗟に防御をしようとしたが、シールドは破壊され、ユーベルは攻撃を食らってしまう。ミウリアを庇うように立っていて良かった。
「一応訊いておくけど、何でこんなことしているの? お前の目的とかはどうでもいいんだけど、知れたら知りたい程度の興味はあるからさ」
「ウテナ・ヴォルデコフツォ。大した異能力を持っていない癖に、随分と態度が大きいわね。まあいいわ。今、私、気分が良いから教えてあげる。異能力者が嫌いだから殺したい。ただそれだけ」
「つまんねぇ理由だな」
心底つまらなさそうに、アインツィヒは吐き捨てる。
「どうせ私に殺されるから、特別に色々教えてあげるけど、異能力を暴走させる薬、異能力者じゃない人間に投与すると、肉体に秘めている異能力を使用することが出来るようになる作用があるのよね。あくまでも一時的にだけど」
「異能力って、後天的に発現することもあるものね。それを薬で強制的に、一時的にとはいえ発現させるのか……将来医者を目指しているものとして、是非研究してみたいねぇ」
「ストラーナさん、貴方は本物の医者に謝った方がいいですよ」
「という訳で、お前も輸血パックにしてやるよ」
ストラーナはサイレンサー付きの銃の引き金を引き、化物に変化した敵を攻撃する。全く効いていない訳ではないが、普通にピンピンしている。人間ならば死んでいてもおかしくないダメージであるというのに。
「お喋りはもう良いな」
「は?」
瞬間移動の異能力を使用し、化け物に変化した人間ごと、ユーベルは研究棟の屋上へ移動する。
「僕は貴様を殺したくて殺したくて仕方がないんだ。貴様のせいであの人が怪我をするところだったんだぞ。あの人を傷付けようとした罪、その身で償って貰う」
そう言いながら、化け物を異能力で斬り付け続ける。
先程の場所よりも人目を気にすることはなく、事故でミウリアを斬り殺す心配がないため、思う存分異能力を発動出来るのだ。
「あああああああああああああああああ‼︎」
斬り付けられながらも、相手は攻撃しようとするが、全て避けられ、或いは防がれてしまい、地面を抉るだけで、彼の肉を抉ることはない。
「……ぁ、ああ……あ、ああっ」
「煩い」
と、トドメの一撃を振るえば、呻き声すら上げない。
苛立ちのままに異能力を使ったせいで、屋上が悲惨なことになっているが、彼にとってはどうでも良いことなので、死体だけ回収し、いつもの日常に戻って行った。
後日。
「どうして事件のことを隠蔽なさったのですか! これだけのことが起きているのに、ひっそりと処理されることになるなんて、おかしいです。これでは、被害に遭って亡くなった方達があまりにも可哀想です! ウテナさんも、襲われたりしたのでしょう? ウテナさんだけでなく、ウテナさんと仲の良い友人も、襲われ掛けたのですよね? どうしてこんなことが」
全てが表に出ないことをしたシエルが、ウテナに突っ掛かって来る。
「まるで私が隠蔽したみたいに聞こえますね」
興奮する彼女に反し、ウテナは涼しい表情をしていた。
「ヴォルデコフツォ家の権力を使えば、可能ですよね……」
「その通りだったとして、私の友達は死んでいませんし、関係ありませんよ。それに仮に死んでしまったとしても、生きている身内のために同じことをするかもしれませんね。あくまでも仮定のですが」
シエルのことを心底馬鹿にするように、せせら嗤う。
「ちゃんと証拠を掴まないと駄目ですよ。私はそんなことをしていませんので……証拠が見付かる筈ないですが、リュミエール様はやったと思っているみたいですからね。必死になって頑張れば、それらしいものは掴めるかもしれませんね?」
男爵令嬢如きでは無理だろうが。
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